本題?

 助けられる理由はわかった。ただ、それが無償か有償かはまた別の問題だ。出会った時、波止場先輩は『ちょっとした裏がある』と言っていた。

 案の定、彼女はパンと手を叩いた。


「頼みがあるんだ。君に手を貸す代わりに、君にも少し手を貸してもらいたい」

「それ自体は構いませんが、大したことはできませんよ」

「いやできるできる。大丈夫」


 即答すぎて怪しさが増した。簡単なことなら構わないが、何を吹っ掛けるつもりだろう?

 目だけ動かして出口を見た。鍵はあるが施錠はされていなかった。

 視線を戻すと、彼女は頬を桜色に染めて目を伏せていたが、意を決したように顔を上げた。


「あー……はは。話し相手が欲しかったんだ。それだけだよ」


 なんとも可愛らしい理由で、嘘にしか聞こえなかった。俺の性格を暴いて言いくるめた彼女が、こんなしょうもない理由で動くとは思えない。何とかして断れないだろうか。


「話し相手といっても、知識はありませんよ。医学なんてからっきしです」

「それは求めてない。むしろついてこれたらびっくりだよ。君には聞き役に徹して欲しいんだ」

「聞き上手でもありませんが?」

「なぁに誤解を恐れず言えば人形さ。話すと考えがまとまるって言うだろう?」


 それなら人形相手でいいのではと言いかけて、屁理屈だろうと諦めた。

 だいたい高校生にもなって人形と喋れとは言えない。数時間話に付き合うくらいなら、掃除が会話に代わっただけだし違いはない。恩もある。

 埋まったハードルを掘り起こしてまで否定する必要性もないし、期待の籠った眼差しが痛かった。肩を落として言った。


「わかりました。壁打ちの壁役くらいはやりますよ。お手柔らかに」


 理解できる話だと良いが。そんな淡い期待は、最悪の形で裏切られた。

 彼女はニィっとあくどい笑みを浮かべた。


「じゃあ前哨戦は終わりだね。さっそく本題の交渉に入ろうか!」

「……え?」

「わかりましたと言っただろう。まさか反故にするつもりかな? 私との約束を?」

「あ、いやそういうわけじゃ……」


 笑みが深まった。失敗した。

 ……前哨戦? 本題? 何の話だ。

 どうやら今までが本題だと思っていたが、実は前座だったらしい。これが彼我のスケールの差だろうか。物凄く嫌な予感がしたが、もう逃げられはしなかった。

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