裏表

 波止場小依の研究室、通称裏理科室は学校を完全に逸脱していた。

 自室の無秩序さと図書室の静謐さと職員室の機能性を全部混ぜた部屋で、混沌としている。カオスの中に調和があって、どれもこれもが目に留まる。しかし最も印象深いのは、1つ除いて塞がれた窓だった。

 こういうのは嫌いじゃない。微妙な閉塞感がかえって安心する。


「どうかな。あ、靴は脱いで上がって欲しいんだ」


 クリーム色のカーペットが引かれていて、ソファが1つ置かれていた。右端に彼女が正座したので、俺は左端に座って右を向いた。油断ならない以上、向こうにペースを握らせるべきではない。何か言おうとしたのを制し、こちらから切り出した。


「さっそく本題に入りましょう。どうして助けてくれたんです?」

「長刀君を助けたのは――ごめん、瞬君って呼ばせてもらっても良いかな。呼び辛くて」


 応じると、彼女も頷き返した。心なしか距離が縮まった気がした。


「ありがとう。さて君を助けた理由については簡単だ。放っておけなかったのさ」

「赤の他人でしょう。放っておくのが普通では?」

「しかし手紙を受け取った以上、手助けしないと気分が悪い。道端で倒れている人がいたら救急車くらい呼ぶだろう。君には共感してもらえると思っているけど、勘違いだったかな?」


 ぐうの音も出ないとはこのことか。これ以上の追求は言い掛かりになる。ただ1つ反論できることがあるとすれば、これだけだ。


「それは手紙じゃないです。SOSって砂浜に書いてあるのとも訳が違う。助けてほしかったわけじゃないんです」


 言ってから気づいたが、失言だった。これだと『よくも助けやがって』と言っているように聞こえる。とにかく訂正しようと言葉を探していると、あっけないほど不思議そうな声が聞こえた。


「ボトルメールってあるだろう、あの手紙を瓶詰にして海に流す奴だ。紙飛行機もあれと同じさ。普通の手紙ではないが、もしかして誰かに届けば……なんて淡い期待の存在を否定できるかな。どうだい?」


 これだけ衝撃続きで20分前なんて細かく覚えているはずがない。つまり悪魔の証明だ。

 彼女は余裕の笑みを浮かべた。どうやら罠に掛けられたらしい。両手を上げて降参した。

 どうやら俺は、助けられる理由がある人間らしいのだ。そこまでして助けて、彼女は俺に何を望んでいるのだろうか?

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