Episode:25 Trial and error

 思いついたことを、試し、改良し、評価し、新たな発想を取り入れて。そうしてゼロの日々は過ぎていく。


 …既存の魔獣の死骸を用いた器の作成。失敗。ただし魂の定着時間の上昇を確認。

 …死亡直後の魔獣の魂を用いて用意された器へ定着。失敗。ただし同種を用いた器、または自身の死骸への定着には成功。魂には適した器の形があるものと思われる。

 …疑似魂に自我を持たせる試み。成功。名を与えることにより、世界から独立した個を認識する模様。……。


 こうして、時には食事すら忘れて、その研究に没頭する。極限の集中状態にありながらも、最低限の警戒は忘れていない。こうしたところこそ、ゼロのゼロたる所以である。この程度のことができなければ、全力での戦闘を行いながら新たな技術を生み出すような芸当ができるわけがないのだから。狩りの合間ですらその脳の一部を研究にあてているゼロは、もはや研究を行うシステムと言えた。


 ふむふむ。もはや何日たったかは覚えていないが、魔術研究はひとまず形になった。いまだ高性能の魔獣を生み出すには至らないが、疑似的に生命を生み出すというだけであれば成功している。半永久的に疑似魂を定着させるための必須事項は、「名前を与えるなどの方法で、個を確立させること。」「器が魂にふさわしい形を持つこと。」「魔力を回復する手段を持つこと。」「血、またはその代替品が全身に巡っていること。」だと思われる。よって、この条件をすべて満たすように配慮しつつ、持てる最高の生命を、いったん生み出してみることにする。


 全身の魔力を変化させ、魂の在り方に近づける。体内に隔離した精神世界を生み出し、そのうえで、意識を保てるギリギリまで魔力を使い、ひたすらに圧縮していく。俺の魂よりも濃密な気配さえ漂うその新たな魂に、願いを託し、名を与える。


「ゼブルよ。これから、俺の体を炎に変える。その炎を使い、身体にせよ。自身にふさわしい器に作り替え、受肉しろ。すべては俺に仕えられるように。」


 全身がほぼすべて炎化し、魔力の枯渇で苦しくなる。炎がひとりでに制御を離れ、その形を変える。炎の量が減り、魔力も枯渇状態であるため、一時的に小人族並みに縮んでいるが、まあ些細なこと。この状態で襲われれば逃げの一手となるが、今まで生み出した生物はそのすべてが従順だった。今回も大丈夫であってほしい。


 そうこうしているうちに、受肉が完了したようだ。ゼブルの見た目は、俺を縮めるほど大量の炎を利用したとは思えないほど小さい。この見た目は……蠅?そんな俺の心情を察したのか、蠅はみるみるその形を変化させる。その過程は少々不気味だったが、現れたのは燕尾服を身にまとった美青年だった。


「お初にお目にかかります。偉大なる我が主マイ・マスターよ。」

「ゼブルか?その姿と、蠅の姿。どちらが本当なんだ?」

「どちらも私でございます。が、ゼブルの、と言われるならばこちらです。蠅の姿は、私の蠅の王バアル・ゼブブの側面を、人の姿は、偉大なる王バアル・ゼブルの側面を体現しておりますので。」

「なるほど。お前の特技などあるか?生まれたばかりで、すべてを把握してはいないと思うが。」

「私は蠅の王としての側面を持っておりますので、蠅を生み出し、また、操ることが可能です。」

「ならば、蠅を操ることで周囲の探索及び可能であれば人の集落を発見することも可能か?」

「ええ。すべては偉大なる我が主マイ・マスターが、それを望まれるのであれば。」

「ならば、それをお前の第一任務とする。俺は狩りと食事を終えたら、少し仮眠をとる。周囲の安全を確保していてくれ。」

「イエス、マイマスター。」 


「さて、行動を開始しましょう。すべては偉大なる我が主マイ・マスターの御為に。」


 ゼブルは行動を開始する。その血肉から蠅が無数に生まれ、四方八方に飛び去っていく小指の爪ほどもある大きさの蠅たちは、やや隠密性に欠け、戦闘能力など皆無である。しかしその機動性。最高速度や回避運動に関しては、類稀なる実力を有する。しかしそれも当然のこと。ゼブルが、今回の任務に際し、最適な能力の蠅を生み出したのだから。蠅たちは、厳密に定義するならば生物ではなく、ゼブルの一部。ゆえに蠅たちの知覚した情報の全ては、ほぼ誤差なくゼブルに共有される。個々の思考能力が極めて低い蠅ではあるが、逆に死を恐れぬとみるのであれば、この任務には最適であった。


 蠅たちは、その速度をいかんなく発揮し、大陸を駆け巡る。数時間後には海に遭遇した蠅たちは、恐れを知らず、大陸を飛び出す。その情報を有するゼブルは、この大陸に人間が存在しないことを視野に入れ始めた。ゼロに生み出され、最低限の知識を共有して生まれ落ちたゼブルは、この大陸全土が人にとって生存に適さないことを知っている。ゆえに、そのさらに十数時間後、蠅たちがほぼ大陸の全土に行き渡ったことで、やはりこの大陸には人間が生存していないことを知った。ゼロに秘奥能力があることは知っている。自分も蠅の姿をとれば海を渡ることは可能だろう。その認識のもと、空の危険度を把握しておこう、とゼブルは考える。偉大なる我が主マイ・マスターを、自分の怠慢によって危険にさらすことなど、許しがたいことなのだから。

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