Episode:24 Knowing, feeling, and understanding

「ここは……」


 不帰の森での産声と、よく似通ったつぶやきとともに、ゼロは目覚めた。


 野生に特有の、断末魔にも似た騒音と、不帰の森よりもよほど濃い魔力を感じ、すでにこの地が尋常でないことは把握している。竜との一戦を経て、飛行能力は体得した。しかし同時に、飛行は疲労をためやすく、精神的な疲労も段違いになるということも分かっている。敵が竜という格上だったこと、そのために勝利を確信できぬ戦いが続いたこと、そして初めて飛行しながら戦闘したこと、明らかに疲労を誘う要因の揃った戦いではあったが、半月ほどの間カリストとの死闘が可能だった男が、さらにその体力を向上させたにもかかわらず、三日ほどで精魂尽きたのである。単純計算で地を行く場合の五倍の体力を使うと分かっている以上、何も考えずに空を飛び、帰還を目指すのは愚かだろう。そのうえ、正しい方角すらも把握できてはいないのだから。

 しかし、今この場に留まるのもためらわれる。尋常ならざる領域で、この場だけが安全である保障などない。むしろ、危険を感じさせる周囲の状況に比べ、異常なほど平穏なこの場所は、より濃密な危険を感じさせる。


 いったんその場を離れ、とりあえず歩き始めた。それはいいが…。どうやらこの周辺は、想像の数倍は危険らしい。できるだけ気配を消そうと試みているおかげで、いまだ魔獣との交戦はない。しかし、発見した魔獣は、単体でいるものは少なくとも国難級。群れているものも個々の実力でも都市難級はありそうだ。そのありえなさが、逆にこの付近には人間の集落は存在していないであろうことを雄弁に語っていた。


 まあ、なんとかなりそうか。それが数時間ほど付近を探索したうえでの結論である。国難級といってもピンキリだし、俺が単独ならば、種族特性も相まってこと生存においては圧倒的だという自負がある。それに、ここの魔獣は、野生の、俺の知る魔獣に比べて好戦的でないのだ。なんとなく理由はわかる。これほど高レベルの捕食者のみが集まった領域では、好戦的な魔獣なんて真っ先に死ぬか、奇跡的に生き永らえたならば天災級に至るだろう。ここでは、決して油断せず、生に貪欲であり、狡猾なものが生き永らえるのだ。


 生存することが可能であろうという予測が立つと、次に心配なのは二人のことだ。毒にやられて身動きが取れない以上、毒を何らかの手段で無力化しなければならないが…。しかしカリストもついていることだし、そう簡単に死ぬこともあるまい。カリストは魔獣ではあるが、いや、魔獣であるがゆえに、悪意に対して非常に敏感だ。うまく騙されて…なんてことにもならないはず。であるならば、俺は彼女らの生存を信じるのみ。もともとそれ以外にできることなどなかったのだが。俺はひとまず、あいつらとの再会のために奔走するとしよう。


 ひとまず目についた森に入り、食べられそうな植物を根こそぎ取っていく。

 この周辺での食物連鎖の最底辺は、草食動物ではなく魔力生命体である。それらは、きわめて魔力の濃い地域でなければ通常の生物と何ら変わらない。魔獣と比べるならば、むしろ貧弱と言える。そんな魔力生命体であるが、その一番の特徴は、高濃度の魔力を糧としての生存が可能である点である。極めて高濃度の魔力さえあれば、食事も、呼吸すらも必要としないこの生物は、通常地上ではその特性を発揮しえないため、めったに確認されることはない。余談ではあるが、この魔獣の主な生息地は深海である。

 そんな魔力生命体が食物連鎖の底辺を担っているおかげで、この付近の植物は、食用のものも残されていた。そんな幸運を認識せぬままに、ゼロは周囲の確認を行う。それでありながら、思考の深くでは休息などの際に周囲の警戒を任せられる相手、より大量の荷を運べる相棒、カリストがいない弊害を確認しては、憂鬱な気分に陥っていた。


「このままじゃ手が足らなくなるのは目に見えている。周囲の警戒や探索であれば俺だけでも可能だろうが、どちらを目指せばいいのかもわからないのでは話にならないだろう。となると、やはり疑似生命の開発を急ぐべきか…。」


 本来口に出す必要はないが、思考を整理するためにあえてつぶやく。疑似生命とは、ゼロの望む魔術の基礎でありすべてである。うまくいけばあらゆる問題に解決策を提示してくれ、どのみちそれ以外に有効な対処法を考え付かない。ゼロにとってできる事は、一刻も早く自身の魔術を実戦のレベルまで研ぎ澄ますことだけである。


 ゼロの今のところの予定は、そうして決定された。魂を司る魔術を極め、使い魔を生み出し、故郷を探す。この付近の魔獣は一体一体が強く、速く、鋭い。生半可な使い魔は、ただの餌に他ならないだろう。しかし、生存する術があり、生還する術を生み出せる可能性がある。それだけで、ゼロにとっては事足りた。どんな状況であれ、試行錯誤することはゼロの十八番なのだから。

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