Episode:22 Dead or Alive
「カリスト!お前は二人を乗せて、距離をとれ。できるだけだ。行けっ!!」
カリストは、多少こちらが心配そうではあった。が、ためらっている場合ではないというのはわかっているのだろう。すぐに行動に移す。二人の表情は、心配そうで、悔しそうで、苦しそうだった。
竜を見る。今はまだ、俺たちを数多いる捕食対象のうちの数匹としかとらえていないのだろう。俺たちを認識しながらも、近くにいる魔獣に襲い掛かっていた。このままこちらに来なければいいが、そんなことはまずないだろう。竜種はしっかりとこちらを認識していたのだから。そして、戦闘の余波でも今の二人にとっては致命傷になりかねない以上、十分な距離をとるまで俺がここから動くわけにはいかないのだから。周辺の死体をあらかたむさぼった後、竜はこちらを見る。そして、まだ死んでいない餌がいたと言わんばかりに尻尾をふるう。巨体ゆえに動きは遅く見える。しかし、象が蟻より速いように、その尻尾もまた強力な攻撃なのだ。後退し、その尾を避ける。が、もはや衝撃波と呼べるだろう風圧で、身体が大きく吹き飛ぶ。
「……化物かよ。」
そう呟けるほどには、余裕があったのだろうか。そうではない。そうでも言わなければ、やっていられなかったのだ。こうして、世が世なら神話として語られたであろう戦いは幕を開けた。
竜は、俺を敵として認識したのだろうか。はたまた魚の小骨のような、ただただ鬱陶しい存在として排除したいのだろうか。真相は定かではないが、竜の戦闘方法が変化したことは確かである。竜は若干飛び上がり、空中でホバリングしながらこちらを攻撃する。空に留まるための羽の動き。そのたびに強風が発生し、体勢が乱れる。こちらは、竜の攻撃をかわした後、一瞬のすきを狙ってその部位を攻撃するしかない。逆に竜側は、尻尾の薙ぎ払い、脚による踏みつけや蹴り、たまに来る噛みつき。そのどれもが必殺の威力を持つ攻撃である。広範囲への攻撃であるから、炎化によって躱すのであれば全身炎化しかない。あれは一歩間違えばただの自殺だから、本来この状況で使うべきではない。しかし、もう一つの攻撃が、全身炎化を使わざるを得ない要因になっている。すなわち、細菌と毒である。
竜が羽ばたき始めたことで、毒の濃度は薄くはなっている。しかし、触れるたびに少なからず毒はまわるのだ。体の動きが鈍くなった、血を吐いた、体表が変色した。毒の影響が出るたび、慎重に全身炎化を行う。攻撃は、今のところ喰らってはいない。というか直撃したときは即死すると思われる。竜は、生まれたときから変わらず強者だったのだろう。攻撃は単調で、しかも苛立ちを隠しきれていない。それだけが、今のゼロの命綱と言えた。
空中にとどまり続ける以上、奴には致命的な攻撃が入れられない。俺には遠距離攻撃手段がないからな…。逆に奴の攻撃も、単調なままであれば問題ない。いや、死ぬほど集中してるし、結構ギリギリではあるけども。奴も竜だ。竜が低能なはずはない。じきに苛立ちを抑え、工夫を始めるだろう。そうなれば俺は終わりだ。逃がしてくれるとも思えない。これだけ俺に対して苛立っているのだから。であれば、竜を仕留める、あるいは撤退を選択させるだけの攻撃をこちらも用意しなければ。
ゼロは考える。ほぼ無心に竜の攻撃をかわし続けながら。こんな芸当ができるのも、カリストとの戦闘経験があったからこそだろう。生れ落ちて間もない、あの戦闘で、ゼロは戦闘中に成長する術を得たのだから。
遠距離攻撃。ぱっと思いつくのは、魔術を使うことだが…。魔術による遠距離攻撃を編み出すのは苦労しそうだ。俺の魔術は、その方向性では磨いていない。ならば、使い慣れた技術で奴に触れる術を得なければ。例えば、魔力操作。それから…。
ゼロは考える。ただ敵を倒す術を。今ある技術を昇華させ、新たな技術を生み出して…。あらゆる手段をもって、ただ目の前の脅威を排除するために。そうして、その思考は徐々に深く、沈んでいく。
竜は苛立っていた。たかが羽虫の一匹に、自分の食事の邪魔をされた。羽虫は、小さすぎるが故に攻撃が当たらない。当たれば終わると分かるからこその苛立ち。この竜の気持ちを、人間が代弁するとすればきっとこうなるだろう。家の中で見つけた蠅を、食事中に見つけたときのようだ、と。
竜は苛立っていた。本来、自分に向かってくるものは、等しく毒と細菌の餌食になるのである。それゆえに、竜は自分の体躯を駆使した攻撃すら、久しぶりに行っていた。自分の前に立ち、倒れない羽虫を不快に思い、疑問を抱え、怒りを覚えた。
竜は羽虫を観察していた。力任せに攻撃しつつ、どこかで、それではだめだと思う自分がいた。そして気づいた。このままでは、この羽虫を殺すことはできないと。惜しいと思っていた攻撃は、すべて奴が見切っていたのだと。
竜は憧れていた。竜は、自分以外の竜が暴れているのを見たことがあった。どの竜も、息を吐けばそれが災害をもたらしていた。他と違う。それは竜にとって、本来どうでもいいこと。しかし、この羽虫を敵として認識し、そして妥当する力が欲しいと望んだとき、思い出したのはそんな光景だった。しかし竜は、この感情の名前を知らなかった。
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