Episode:21 Chain of calamities

 日の出とともに出発した一行は、一定のペースで歩を進める。いや、一定のペースで、歩き続けていると思っていた、とそう言うべきなのかもしれない。

 

「…ご主人様。少し、休憩をとりませんか…?」


 次はどんな訓練をしようか。こんな技はできないだろうか。そんなことを思っていると、モナが声をかけてきた。歩き始めて三時間ほど。いつもであればこんなタイミングでの休憩なんて取らない。どうしたのだろうか。そうして振り返ると、モナの足はわずかに震え、額には汗が浮かんでいた。否。モナだけではない。ローズも同様だ。明らかな異常。いつものように俺が先頭だったから、気づくのが遅れた。


「どうした?何があった?」


 いったん歩みを止める。二人を寝かせ、話を聞くと、どうやら、徐々に力が抜けていったらしい。初めは疲労が原因だと思ったが、その影響は加速度的に増えていった、と。この話を聞く限り、心当たりは一つあった。そして、確実にそれが原因だろうなという確信があった。つまりは、


「……地獄幻視蟻パラ・ポネラの毒か。きっと二人が運よく毒を受けなかったんじゃなく、毒を喰らったことに気づかなかったのだろう。」


 状況は理解できた。できたが……。俺の炎は毒には効果はない。喰らってすぐならば、患部を切り落とし、再生するといった手段も取れた。あまり取りたい手段ではないが。しかし、全身に毒が回っては手遅れだ。幸か不幸か、地獄幻視蟻パラ・ポネラの毒には致死性はないはず。筋弛緩によって身動きはとれなくなるだろうが、俺の身動きが取れる限り、守ってやることはできる。つまり、俺とカリストの全力をもってしても対処できない事態にならない限り、命の危険はないだろう。考えがまとまり、ならば次の街に急ぐのみだと決心が固まったところで、ソレはきた。

 

 日の光が遮られ、周囲が一瞬夜に還る。上空から無視できない風圧と、耐えがたい重圧を受け、恐る恐る見上げる。本来、フェニクスであり、国難級魔獣をものともせぬゼロにとって、あらゆる国の領土内は安全と言っていい。国難級を超える魔獣が巣くう国など、それはもはや滅びているに等しいのだから。しかし、今回のソレは天災にも等しかった。常に大陸上空を飛び回り、一度地に降りたならば、腹を満たすまで暴虐の限りをつくす、生きた災い。あらゆる生物の中での最強種の一つ。竜種の一匹。その脅威が、不幸にも今、この瞬間にゼロたちに牙をむいた。


 疫病竜ワイバーン。この竜種は、蝙蝠のような羽、鷲のような一対の脚、蛇のような尻尾を持つ。体から生えるとげには猛毒や細菌をまき散らす効果を持ち、ひとたび地上に降り立ったならば、その周囲は、うかつに近寄ることすらできぬ死の領域へと変貌する。強風を起すことが可能な魔術師の協力があれば、その毒素をまき散らし、影響を減らすこともできる。疫病竜ワイバーンが大陸上空を飛び回っているということは、この大陸全体が少なからずこの毒素に汚染されており、この大陸にすむ生物は、その耐性を多少なりとも有しているからである。体長は十メートルに迫ろうかとする巨体を持つこの種は、全身から常に毒をまき散らす代わりに竜種の代名詞ともいえる竜の息吹ドラゴン・ブレスを使用しない。そのことから、疫病竜ワイバーンを真なる竜ではないとする意見もある。しかしながら、この意見はごく少数派となっている。なぜか。それはこの竜が、他の竜と遜色のない戦闘能力を有するからである。

 竜種とは、すべての個体が同種を持たない。つまり、疫病竜ワイバーンも、この世にただ一匹しかいない。ゆえに竜種の誕生には、強力な魔力から生まれるという説や、異なる竜種でも交尾が可能であるといった説がある。が、そのどれもが確たる根拠を持たない。当然であろう。竜の誕生を目撃した人間など、歴史上存在しないのだから。あらゆる竜種にとって、降り立った場所の、ほぼすべての生物は捕食対象である。その傲慢なる考えを肯定させるだけの実力を持つからこそ、竜種たり得るのだから。付け加えるならば、竜種の行動原理はいまだ謎のままであり、今回のように国土に降り立つことも珍しくはない。このような場合に備え、人間は、国土の魔獣を完全には駆逐せず、むしろ森などを残すことで数を調整している。また、主要都市の距離を離すことで、竜種の降り立った地点に街があるという可能性を可能な限り低くし、町への被害および人的被害を減らすように工夫してあるのだ。

 

 つまり、何が言いたいかと言えば、竜種が降り立った場所の近くでは、速やかに住民が避難行動を開始し、できる限り距離をとる。竜種に近づく愚か者はおらず、討伐隊が編成されることもない。なぜならば、避難し、遠くで息をひそめておけば、竜種の被害を受けることはほぼないのだから。それはつまり、ゼロたちに対し、救援が来ることも、竜の意識が討伐隊に向くということもないということ。万全の状態であっても力不足がいなめない相手に対し、二人が行動不能という状況で、戦闘が行われることが確定した、ということである。

 

 こうして、人の身での、災害への抵抗が始まった。

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