Episode:19 Egoism

 ベースキャンプには、すでに二人の姿があった。しかし、少し様子が変だ。


「どうした?」

「…ご主人様ですか。私はむかし、襲ってきた仲間を返り討ちにしたことがあるから耐性がついていたが、モナの方は初めての人殺しだったようだからな。相当こたえているらしい。」

「……そうか。」


 確かに、モナは人を殺めた経験はないようだった。暗殺系の技術を習得していたから深く考えなかったが、精神的なケアを怠ったかもしれない。

 

 モナのほうへ行き、話を聞く。


「大丈夫か?」

「ええ。始まるまでは、こちら側が正しく、あちらが間違っているのだから、と深く考えませんでしたが、自分と同じ姿をした生き物を殺すのは、それだけでいろいろと余計なことまで考えてしまって。」

「そうか。モナは優しいからな。野盗の顔を見て、そいつの家族の顔まで想像してしまいそうなほどに。ただ、今回は格下が相手だったからよかったが、同格の相手に躊躇すると、それだけで命が危ない。本当なら、戦いの途中は何も考えないほうがいいんだが…。」

「逆に、同格以上の相手のほうがよかったのかもしれません。今回は、悪く言えば一方的な虐殺でしたから。」

「そうかもな。ただ、こちらが正義で、相手が悪だから戦える、という考え方は直したほうがいい。どちらかが一方的に正しい戦いなど、めったにないからな。」

「そうかもしれません…。しかし、私は、敵に正義がある状態で、全力で戦えるでしょうか?」

「そうだな……。自分に対して言い訳を用意するか、絶対的な信念を持つか、あるいは割り切るか、だな。例えば、俺から命令されたから、という言い訳を用意してやれば、少しは楽になるだろ?絶対的な信念はすぐには見つからないが…。戦いなんていうのは他人に自分の考えを押し付けることだからな。戦争がしたい人間。戦いの中にしか自身の才能を見いだせない人間に対して、平和を訴え、剣をとる。これだって、他者の意見を力でねじ伏せているに他ならない。他人からの意見というフィルタを取り除いてしまえば、Aという考えを持つ人とBという考えを持つ人が戦い、Bという意見が通った。ただそれだけだ。そう思えば、少しは割り切れるんじゃないか?」

「…難しいですが、結局、戦いを選んだ時点で、両者に正義や悪という考えを持ち出すのはおかしい、と?」

「そ。戦いという手段を選択した以上、そこで重要なのは実力だけさ。」

「なるほど。それならば、向かってくるものを相手にすることに対しては、抵抗が減るかもしれません。」

「まあ、人殺しなんて慣れるもんじゃないからな。いざというときの覚悟だけあれば、それで十分だ。」

「はい。話をして少し楽になりました。」

「そうか。よかった。」


 モナが人間と敵対したときに、相手を殺せるだけの覚悟を持った。それだけでもこの殲滅作戦に参加した意味があったといえるだろう。この世界は理想と優しさだけで生きていけるほど優しくはない。生きていることの尊さを、みんなが知っている世界ならば、必要のない覚悟。それは、この世界では、生きていくために必要な覚悟なのだから。


 けが人の応急処置が終わり、町に戻ることになった。今回は迂回路を使う必要もなければ、必要以上に周囲を警戒する必要もない。半日もあれば到着するだろう、というのがおおよその見解だった。

 しかして、その予想を裏切ることなく、日も暮れかかったころ、一行は町に帰還する。殲滅作戦は作戦の開始と同時刻ごろに町の人にも周知されたらしい。一行の出迎えは、さながら英雄の帰還だった。


 もう夜だということもあり、報酬は明日受け取りに行くことになった。モナもだいぶ調子を戻したようだ。宿に戻り、ベッドの上で、そんなことを思った。


 翌朝。朝食を済ませ、カタリーナの館へ向かう。ふと、早すぎたか?とも思うが、待たされるなら、それはそれでいいかと思いなおした。

 

 カタリーナはすでに起床し、準備万端といった感じであった。報酬を受け取るだけなので、玄関先でもよかったのだが、応接間に通される。


「このたびはご助力、ありがとうございました。」

「ああ。俺たちがいなくても勝利はほぼ間違いなかったろうから、なんとなく申し訳なく感じるが。」

「いえ。あなた方に先陣を切っていただかなければ、少なからず死者が出ただろう、というのが私どもの見解です。なので、遠慮なさらず。」

「そっか。じゃあ、遠慮なくもらっておくことにするよ。俺たちは、この後、王都を目指して旅を続ける予定だけど、冒険者組合にはたしか通信装置もあるんだろ?それで依頼でも出してくれれば、力にはなれると思うから。」

「ありがとうございます。少々名残惜しいですが。」

「ああ。またな。」


 宿でもう一泊し、次の日には町を出る。故郷の雰囲気を感じさせるこの町は、いればいるだけ出ていきたくなくなってしまう。その予感がある。


 宿を出て、町からも出る。埋伏部隊のみんなと別れの挨拶をしながら、振り返る。母の町。いい町だった。領主に権力が集中していないからか、無茶な税などもないらしいし。そのおかげで食文化が発展したのだろうか。カタリーナは素直に尊敬できる人間だったし。もし、本当に助力を求められたら、全力で駆けつけるだけの価値を見出している。それを再確認して、母の町との別れは成った。

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