Episode:16 The concept of mother

「監視されている?」


 モナに言われ、初めて気づく。確かにこちらを窺う視線があり、何度か見た顔がある。


「本当だ。気づかなかった。」

「ええ。相当な手練れです。しかも、こちらに敵意はないようです。あればもう少し早く気づくこともできたとは思うのですが…。」

「なるほど。敵意はないのか。ならばとりあえず放置するか?落ち着かないというのであれば、排除も視野に入れるが。」

「私は気にならん。というか言われるまで気づかなかったからな。」

「私も放置で構わないと思います。あちら側に私たちの力量を量れるものがいるのならば、私たちは潜在的な強敵です。監視はある種仕方がないかと。」

「そうだな。じゃあ、とりあえずは無視で。」


 町中を散策。必要なものがあれば買うが、今日は買い出しではなく、散策、および情報収集をもとにしている。あまり不自然な動きをすれば監視者に疑われかねないが、俺たちの欲しい情報は近くの町のことと、あとはこの町の名物くらい。その程度では疑われないだろう。

 その辺の屋台で買い食いをしながら、話を聞く。


「おばちゃん。この町の名物って何かあるの?」

「おかん焼きが有名かねえ。」

「おかん焼き?」

「ああ。肉まんに似た料理なんだけどね。野菜が大きめに切って入ってるんだ。この‟母の町”が発祥だからおかん焼きとも、お母さんがよく作るからおかん焼きとも聞くねえ。」

「なるほど。ちなみにおすすめの店は?」

「向こうに見える屋台だね。」

「あれ?」

「そうそう。あの屋台。」

「ありがと。」

「お安い御用さね。また来てね。」


 おかん焼きは、確かにお母さんがよく作りそうな味がした。食い盛りの子供のために作ったおやつのような味。お店によって味が異なり、そのどれもがおいしいこともあって、この日はおかん焼き食べ歩きの日になってしまった。

 日も暮れかかってきたので、最後に冒険者組合に向かい、近くの町のことについて聞く。この近くだと、農村が近くに二つ。町が一つあるらしい。農村に立ち寄っても物資の補充もできないだろうし、立ち寄るうまみが少ない。次は町を目指すことになるだろう。


 二日ほど町の散策にあてて、思うことがある。この町はうまいものが多い。といっても美食の町というような雰囲気ではない。高級な素材を使い、一流の料理人が作った料理ではなく、料理の上手い人が多く、料理のレシピが広く流通しているがゆえの競争の激しさが相まって、必然的にうまい料理だけが残ったという感じ。将来的に定住するなら、エンデールではなくここがいいな。

 この数日はカリストはお留守番が多い。ということで、そろそろ狩りに連れて行こうかと思っていた。のだが、俺宛に招待状が届いた。夕食ではなく昼の招待だ。この招待を受けるのならば、今日もカリストはお留守番。そして、受けないメリットより受けるメリットのほうが圧倒的に大きい。というわけでカリストよ。すまんな。 


 というわけで昼。指定された場所へ向かう。そこは領主の館に負けず劣らずの邸宅だった。


「ようこそおいでくださいました。カタリーナ様がお待ちです。どうぞこちらへ。」


 通された部屋では、一人の貴婦人が俺たちを待っていた。


「ゼロ様ですわね?まずはお座りになって。」

「失礼します。」

「私たちの要件を聞いていただきたいところではありますが、まずはお食事を用意いたしましょう。話はそのあとでも遅くはないでしょうから。」


 食事は、非常においしかった。非常においしい庶民料理を、一流の料理人が一流の素材を使ってアレンジした感じだ。幸いにもマナーを意識しなければならないような雰囲気や料理ではなかったので、純粋に料理を楽しむことができた。そこまで意識した配慮であるのならば脱帽ものである。


「さて、そろそろ本題に入らせていただきます。」


 ようやく本題に入るようだ。俺も食事から話に頭を切り替えないと。


「今回、あなた方を招待した理由は大きく分けて二つ。一つは、あなた方を見極めるため。もう一つは、勧誘、または敵対の阻止です。」

「なるほど。となると、ここ数日の監視もそちらの手のものかな?」

「やはりお気づきでしたか。すみません。こちらとしても素性を知らないものを招待するわけにはいかなかったものですから。」

「いや。まあ、謝罪するというならこれ以上蒸し返したりはしない。こちらとしても敵意がなかったからこそ察知しにくかったわけだし。」

「ありがとうございます。その監視の結果、潜在的な敵ではあるものの、現在の確定的な敵とは言えず、その力量から、敵に回った場合は、最悪のシナリオが想定される、と。」

「敵?確かに敵対する可能性があるのは事実だが、その言い方だとすでに敵対する組織があるようだが。」

「ええ。そこを聞かれるということは、やはり奴らの仲間ではないようです。お話ししましょう。」


 カタリーナさんの話によると、この周辺には定期的に盗賊が現れるらしい。カタリーナさんを慕ってくれる農民衆が町の外で警戒しているおかげで、この近辺では大規模な被害はないらしいが、少し離れたところではどうしても被害が出るため、物流に影響が出始めていると。盗賊の身辺を調べた結果、盗賊は近くの町を拠点にしていて、そこの領主は自分に被害が出ないうちは黙認する姿勢だと。つまり黙認されるようにその町への商人は襲わず、この町に流れてきた、と。


「近々、この野盗を根絶やしにすべく、掃討作戦を計画しております。二度とこのような浅はかな考えが起きぬよう、徹底的に、です。その後、領主がとなり町の領主に皮肉を込めた抗議をする予定ですが、あなた方が野盗側に与した場合、力関係が逆転する恐れがあります。ゆえに、できれば協力関係、悪くても不干渉を取り付けておく必要があるのです。」

「なるほど。ちなみに俺たちが協力する場合の報酬は?」

「不干渉を守っていただければ400万ゴルド。協力で4000万ゴルドをお約束いたします。」

「なるほど、それぞれ一人頭100万と1000万か。不干渉でもそれだけ払う、と。気に入った。協力しようじゃないか。」

「ありがとうございます。」

「俺たちは三人とも少なく見積もってAランク以上の戦闘力はある。モナは暗殺や諜報もある程度できるだろう。連れている一匹の従魔も血濡れ熊ブラッディベアだから、戦闘力は折り紙付きだろう。俺たちの仕事が決まったら、宿にだれか遣わしてくれればいい。ではな。」


 やはり面白い事件が起こりそうだ。館を出て、宿に戻る。俺はその間、そんなことを考えずにはいられなかった。

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