Episode:15 Empress, also known as mother

 エンデールを出て数日。次の街が見えてきた。街というより町、村か?低い城壁に囲まれた生活圏とその周囲の畑。無いよりはましだと言わんばかりの柵は、害獣に対してはいくばくかの効果はあっても、魔獣に対してはあまりにも無力ではないかと思われた。

 柵の間を進む。農民はちょうど休憩の時間に入ったらしい。畑のほとりで食事をとり、水を飲み、近くの農民と話をする。時折目が合うと、あいさつを交わし、そのまま流れるように風景に溶け込む。それだけならばよくある農村だろう。しかし、ある一点だけが、この風景を農村ではないものと主張する。

 見える範囲すべての農民が、おおよそ農民に似つかない戦闘力を有していると思われた。前提が変わると、周囲の見え方も変わってくる。例えば、周囲の柵は農村に近づけるためのカムフラージュか、魔獣が近づいてきた場合に、少し時間を稼げれば十分という考え方の表れか。時折こちらを見てあいさつを交わす農民からは、俺たちの力量を観察するような視線を感じる。しかし、わざわざ蛇がいそうな藪をつつく必要はなかろう。あくまで農民に対する態度を維持する。二人も俺を見て、警戒を表に出すのをやめたようだ。

 双方が思惑を抱えた、無言の会話を交わしながらも、一行は町へ入った。


「町の中は平凡だな。」

「ええ。外のような剣呑な雰囲気は感じません。」

「しかし、完全に油断する必要はない。しかし、警戒心を表に出せば無用な諍いを招きかねない。そこらの兼ね合いには注意しろよ。」

「ああ。まずは宿をとるだろう?馬車を管理してくれそうな宿となると、少し探す必要があるからな。」

「ああ。そうしよう。」


 エンデールと違い、住居の並びは雑多で、宿や商店と場所が分けられているということもない。エンデールと違って、徐々に人が集まって町を作ったというところだろうか。町行く人々は裕福そうには見えないが、その表情を見る限り、余裕のない、悲痛さを感じさせる人はいない。その雰囲気は、最低限の安全と少しばかりの金銭的余裕を感じさせた。


 宿が見つかったので、部屋をとる。母の故郷亭だったか。少しふくよかな女将は、確かに母を思わせた。カリストの餌代は普通の馬の二倍ほどかかるだろうと思ったので、エンデールの時のように少し多めに料金を払った。


「何日ほどこの町に滞在しますか?」

「明日から少し散策して、おもしろそうなことがなければそのまま次の街に向かおう。といっても次の街の情報収集や買い出しをする必要もあるから、一週間入る予定だ。」

「なるほど。」

「まあ、外で農民もどきを見た感じ、この町は少し面白そうなことがありそうな気がしているんだけど。」

「そうだな。私もそう思う。少なくともCランクの人材をあの人数集めるのは尋常ではない。何かしらの理由はありそうだ。」

「そうだな。まあそれは明日以降のお楽しみということで。今日は少し早いが、休むことにしよう。」


 そうして徐々に、日は暮れていく。結局三人は、言葉通り早めに休むことができたのだろうか。それを聞くのは野暮という物だ。一つ言えることは、次の日の三人は、少しだけ起床が遅かったということか。



「カタリーナ様。至急の報告を要する件が。」


 夜更け。とある館でわずかに話し声が聞こえる。執事風の男と妙齢の女の会話には、期待を感じさせる声色と、警戒を隠そうともしない剣呑さが同居していた。


「それで、どういう話かしら?」

「今日、この町にとある旅人が訪れました。報告によると、この旅人は三人組。馬車を引いていた魔獣を含めて、全員がAランク相当の戦闘力を有しているだろうとのことです。埋伏部隊によると、奇襲に成功した場合でも返り討ちにあう可能性が非常に高いと思われ、埋伏部隊の存在にも気づいていた可能性が高いとのことです。」

「なるほど。その三人組が敵側の人間だった場合、こちらは相応の被害を負う。逆にこちら側についてもらえれば、決定的な戦力にもなり得る、と。」

「はい。ついては、今後の対応についてお伺いしたく。」

「そうねぇ。いっそのこと、この館に呼び出しましょうか。ただ、明日にでもというのはさすがに不用心だから、二、三日の間様子を監視しなさい。相手側に気づかれないようにね。もしばれた場合は真実をそのまま伝えればいいわ。そのほうが印象が悪くならずに済みそう。そのうえで怪しい所がなければ、正式な書状を出して招待します。いいわね?」

了解しました。我らが母よ。Yes, ma’am


 母の町。人々はこの町のことをそう呼ぶ。その理由を知るにはこの町の成立を語らねばならない。

 王都にある、とある孤児院は、とある女性によって管理されていた。その女性はすべての孤児に等しく愛を与え、第二の母になった。

 しかし、徐々に王都での税が上がり、王都は孤児院を運営していくののに不向きな地になった。孤児たちと共にとある農村に移住した女性に、孤児院出身の冒険者たちもその多くがついて行った。こうして農村は拡大し、孤児たちは冒険者衆に戦う術を習った。以来この村では、農民となった冒険者、孤児の家系は代々この村の由来とともに戦い方を教える。そうして恩義ある女性の子孫を手助けする。あくまで当人の意思として。

 代々農民の母として、また父としてかかわってきた一族。その一族への畏敬の念を込めて、人々はこの町を、母の町と呼ぶのである。

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