Episode:2 Re:Birth

 熊は俺についてくるみたいだ。鼻をこすりつけてくる。さっきまで殺し合いを演じていたというのに、よくもまあこんなになついたものだ。


「しかし熊よ。俺についてくるのに、いつまでも熊じゃ締まらねえよなあ。俺もちょうど名前がないんだ。一緒に考えようや。」

「グフッ!」

「じゃあまずはお前の名前からな。とりあえず候補を言っていくから、これだと思ったら吠えるんだぞ。といっても一つしか思いついていないんだが……。カリストってのはどうだ?狩猟の女神、アルテミスの従者。アルテミスの怒りを買い、美しきその身を熊に変えられた悲劇の女神から取った名だ。」

「グウ」

「おお。気に入ったっぽいな。じゃ、次は俺か。俺は…そうだな。記憶がないのをもじって愚者、フール…しかし自分からバカですというのもなあ。よし、愚者は0番目の大アルカナ。そこからとって、ゼロか。俺の記憶もほぼゼロだし、ちょうどいい。どう思う?」

「グゥゥゥッ!」

「やっぱりカリストも良いと思うか?よしよし。じゃあ決定だな。ところでカリスト、傷、残ってない?残っているなら試したいことがあるんだが…」


 そういうとカリストは、何も言わずに腕をこちらに伸ばす。腕の裏側には、切り傷がたくさんあった。何も言わずに腕を出してきたあたり、水臭いこと聞くなよな。といった声が聞こえてきそうである。俺は指先を小さく炎化した。


 俺の炎は血肉になる。ならばその炎で、他人の血肉を再現することはできないのか。戦いの中で何度か気になった。それが可能なら、俺は他人の怪我も治してやれる。確認だけはしておきたい。うまくいってくれよと、そう願いながらカリストの傷を炎が包む。炎の温度はできるだけ低く。四十度強くらいには抑えられているはずだ。多分。徐々に傷が癒える。


「よし、カリスト。やっぱ傷治せるらしい。全身見せてみろ。」

「グルゥ」


 カリストの全身をくまなく癒し、そして、気づいた。こいつ、雌だったんだと。まあいいや。じゃあ、カリストと共に、旅に出るか。



 ……。カリストに乗って移動中。カリストはここいらでは結構強いらしく、魔獣は遠巻きにこちらを見るだけだ。たまに襲ってくる奴も返り討ちにしていた。カリストは、内臓を食べた後は俺にくれるので、それを焼いて食うのが今の俺の食事だ。食べられそうな木の実や川で水は取った。体が炎みたいなものなのに水を飲みたくなるのは不思議だ。そんなこんなで旅を続けること十日ほど。ついに森を抜けた。とは言っても、生活は何も変わらないが。ただ、水は得にくくなるだろうな。まあ、二週間近く飲まず食わずで戦い続けられたんだし、多少は平気だろう。あの時は周囲の炎を少しずつ取り込んでいた感覚があった。ならばあの時は、炎が栄養源だったのかもしれないが。


 旅は続いた。行く当てもなく。ちなみに、カリストが無理やり引きはがした毛皮を腰に巻いているので、全裸ではなくなった。毛皮を体に巻き、入れ物を作り、戦利品を入れる。魔獣のコアはそこそこの大きさのものは回収するようにした。そうして、俺が動物から原始人へとグレードアップしたころ、ようやく俺たちは、最初の人間に遭遇した。


 馬車を見つけた。遠くてあまりよく見えないが、間違いないだろう。そう思うと少し涙が出てきた。生まれてから、人間とは接したことはなかったが、ここまで人を求めていたとは…。


「おぉおおおい!」

「グゥウウフ」


 カリストと共に馬車へ駆ける。どうやら狼型の魔獣に襲われているらしい。劣勢だ。許せんな。狼ども。蹴散らしてくれるわ!


「助太刀するぞ!」

「おぅ!…おぅ?どっからきた?まあいい。助かる!」


 カリストと狼の群れに突っ込む。炎化は使わない。反応が気になるからな。まあ、カリストに比べれば、何匹集まろうが雑魚だ。すぐにケリはつくだろう。


 数分後、狼のボスは、退散を選択したようだ。狼たちは散り散りに逃げていく。一息ついている護衛たちに話しかけてみよう。


「あー。えっと…。初めまして?」

「おう。助かった。素直に礼を言いたいところだが…。こっちも護衛を請け負っている身だ。信用するわけにもいかん。出身と名前を言え。」

「ちょっと。そんなに喧嘩腰に行かなくてもいいじゃない。機嫌を損ねたら絶対勝てないのよ?」

「まあいいさ。俺はゼロ。こいつはカリストだ。記憶喪失的な何かだから、出身は不明。目を覚ました場所はあっちに二十日ほど歩いた森だ。」

「何っ!?不帰の森か?俺たちははあの森に用があるんだよ。

 最近、ここいらで魔獣が増えてきてな。どうやら不帰の森から流れてきているらしいという結論になった。ということで、馬車で領主のところの息子を護衛中だ。本来なら無謀なんだが…。そこは政治の話らしい。そのせいで護衛の力量も中途半端になっちまった。まあ、奴らにとっては死んだらラッキーくらいの気持ちなんだろうよ。ただ、いいやつなのを知ってるからな。守ってやろうと思って志願したんだが、結果はこのざまさ。」

「なるほど。ならば俺がその森の様子を伝えればいいのか?いや、それだとぼろが出るか。なら、ついて行ってやるよ。雇い主さんに確認してきてくれ。」

「わかったわ。」

「おい!お前勝手に…。まあいい。俺たちじゃ不安があったのも事実だからな。ただ、寝る場所などは少し離れてもらうことになるかもしれんぞ。」

「まあいいさ。俺は人に会えてうれしいだけだ。」

「そうか。」

「ゼロさ~ん!直に会ってみたいって!」

「まあそりゃそうか。じゃあ行こう。お前らも来るだろ?信用されていないようだし。」


「お初にお目にかかります。私はゼロと申します。不帰の森なる場所で目覚め、放浪すること一か月ほど。初めて出会った人間があなた方だったので、手助けしたいと思いまして…。同行をお許しいただきたく思います。」

「なるほど。して、報酬は何を望むか。」

「私は戦闘には自信がありますが、解体などには精通しておりません。ゆえにそのあたりでご助力いただき、売った金額を山分けしていただければ、それで十分でございます。あとは替えの服を一着いただけたらありがたいというくらいでしょうか。」

「それだけでいいのか?ならば山分けではなく取り分は半分にしよう。服はこれを使えばいい。防護性能は皆無だが。」

「ありがとうございます。」


 よしよし。なんとか護衛に加わることができた。ここで街での常識などを確認しておきたい。そして何より…服!服を得た!ただの布が、なぜこんなにも愛おしいのか。聞けばこの一行はこれから野営準備にかかるらしい。ちょっと離れろと言われていたし…。カリストに寄りかかって寝るか。


 時折聞こえる話し声が、もう孤独じゃないよと語りかけてくるようだ。この日、俺は初めて、この世に本当の生を受けたのかもしれない。

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