お菓子の家と子供たち

てふてふ

お菓子の家と子供たち

むかしむかし、ある森のはずれに、貧乏な木こりがいました。その木こりは、おかみさんと二人の子供と暮らしていました。子供の一人はヘンゼルという男の子で、もう一人はグレーテルという女の子でした。


 ある年のこと、夏だというのに酷い寒さがやってきて、畑の作物はすべて枯れてしまいました。貧乏な木こりは、その日に食べるものすらなくなってしまいました。

 その晩、ヘンゼルとグレーテルが寝静まった後、おかみさんが小声で話しかけてきました。

「ねぇ、このままだと私たち家族、みんな死んでしまうよ」

木こりは何か良い手がないかと考えましたが、何も答えられませんでした。

「ねぇ、かわいそうだけれど、あの子たちは手放してはどうだろう?子供はまた作ればいいじゃない。あの子たちだって私たちといるよりどこか裕福な人に拾われたほうが幸せだよ」

「それはそうかもしれないが、売られた子供がどんな目に合うか。俺には子供を捨てられないよ」

「じゃぁ、このまま皆、共倒れするのかい?!私はあんたがこのままやせ細って病気にでもなって死んでしまうんじゃないかと思うともう…」

おかみさんが声を抑えながら泣いているのを見ると木こりもひどく悲しい気持ちになりました。

「…わかったよ。でも、売るのではなく、森に置いていこう。ヘンゼルは昔から狩りも上手だし優しい子で人に好かれる。グレーテルも頭がよくて裁縫も料理も上手だからね。運が良ければ、森の中でも助かるかもしれない。それに、俺は子供を売った金で飯を食べれないよ。」



次の日の朝、まだ夜が明けきらないうちに、お母さんは子供たちを起こしました。

「今日は森に狩りに行きますよ。」

お母さんはヘンゼルに斧と弓矢を持たせ、グレーテルには裁縫道具とナイフを持たせました。

「お母さん、今日はずいぶんと大荷物ね。なぜ裁縫道具も持っていくの?」

グレーテルが尋ねました。

「もう食べるものがなくなってしまったから、捕まえるまでは帰れないからね。とても、時間がかかるんだ。グレーテル、あなたは狩りができないからその間、洋服を繕ったり、小枝を集めて焚火の番をしてなさいね」

四人はずんずん森の奥へ奥へと行っていきます。

「お父さん、ここから先は僕は行ったことがないよ。」

ヘンゼルが言いました。

「家の近くはもう獣も木の実も食べつくしてしまったからね。もっともっと奥に行かなければいけないんだよ」

お父さんが答えました。

それを聞いてグレーテルは、糸を一つ取り出して、木の枝に括り付けておきました。

行ったことのない道ならば、迷っては困ると思ったからです。

木こりたちは、どんどんどんどん奥に進んでいきます。それに合わせて、グレーテルの裁縫箱の中で糸巻きがカラカラカラカラ転がる音がしましたが、虫の鳴き声がそれを隠してくれました。

洞穴を見つけ、そこを拠点に狩りを始めます。

「父さんたちはもっと奥に行くから、おまえらはこの辺で見つけるんだよ」

そういって木こりとおかみさんは遠く離れて行ってしまいました。

ヘンゼルとグレーテルも近くで狩りをはじめますが、あるのは動物の死骸ばかりでなかなか動物は見つかりません。

その代わりにおいしそうな木の実やキノコがたくさん見つかりました。

「たくさんとれたね。お父さんもお母さんもきっと喜ぶね」

ヘンゼルはとてもうれしそうに言いました。


けれど、どれほど待っても、日が暮れて満月が出るころになってもお父さんとお母さんは戻っては来ませんでした。

「お兄ちゃん、朝になってもお父さんとお母さんが返ってこなかったら、この木の実とキノコ食べてしまおうか」

「お父さんもお母さんもお腹を空かせてるのにそんなことできないよ」

「お兄ちゃん、私たち捨てられてしまったんじゃないかしら。お父さんもお母さんもいつもなら、危ないからって斧もナイフも持たせないよ」

ヘンゼルは黙ってしまいぽろぽろと泣き出してしまいました。

「…お兄ちゃん、お家に帰りたい?」

ヘンゼルは首を横に振りました。

「帰ってもきっとまた捨てられてしまうし、お父さんとお母さんの迷惑になるよ。」

こんな時にも両親のことを考え、泣く兄にため息をつきながら、

「お兄ちゃん、二人きりで生きていこうね」とグレーテルは励ますのでした。


朝になり、二人は木の実をつまみ食いしながら、火をおこします。

もくもく燃えたところで、キノコを焼き始めます。こんがりいい匂いがしたところで二人でむしゃむしゃと夢中で食べました。

するとふわふわいい気持ちになってどこからか甘い匂いがしてきました。

その匂いに連れられて二人で歩いていくと小さな小屋がありました。

まだ遠くにあるその小屋をよくよく目を凝らしてみてみると、屋根が板チョコで周りの壁がカステラ、窓のガラスが氷砂糖、入り口の戸はクッキーでできていました。

二人は思わずお菓子の家に向かって走り出すと「こらー!!」と大きな声がしました。

振り向くとヘンゼルより少しだけ体が大きい少年が慌てた様子で走ってきました。

「子供は立ち入り禁止だぞ」

「ごめんなさい。僕たちお腹がペコペコで、あまりにもおいしそうなお菓子の家だったからつい…」

「…お前たち、新入りだな?この家に入っていいのは、一番年が上になった人だけなんだぞ」

「新入り?僕たちこの辺は初めて来たから何も知らなくて…。」

少年はため息を一つついて、説明し始めました。


「ここから少し歩いたところに、小さな子供だけの村があるんだ。親に捨てられた子供や孤児が集まって協力しあって暮らしている。

村の一員になれば、とりあえずは飢えて死ぬことはないけれどいくつかルールを守らなきゃいけない。

命の価値は年功序列で食べ物は年上から順番に配られる。

年齢によって仕事がわけられているから、しっかり働くこと。

一番年が上になった人だけがお菓子の家に住むことができる。

一度村を抜けたらもう戻ってきてはいけない。

以上4つのことを守ったら仲間に入れてあげよう」


二人は生まれたときから貧乏で、次の日の食べ物があるかどうかばかり怯えていましたから、大はしゃぎでその村の一員になりました。


そこには大体5歳から15歳くらいの子供たちが集まっていました。

ヘンゼルとグレーテルはちょうど真ん中くらいの偉さでした。

その村では小さな子供は、いつかお菓子の家で暮らすのを夢見て一生懸命働きます。

薪を集めたり、小動物を捕まえたり木の実やキノコを集めます。

ヘンゼルとグレーテルが動物の死骸しか見つけられなかったのはそのためでした。

小さな子供はキノコや木の実、時々年長者が分けてくれる肉を食べて暮らします。10歳を過ぎると肉の入ったスープやごくたまにパンを食べれます。10歳を超えたあたりから、獣の皮を縫い合わせて服や防寒具を作る仕事や、料理を作る仕事をするようになります。

14歳以上になると、狩られてきた動物の解体やお菓子の家の見張りをします。

見張りは1日中続きますし、動物の解剖はとてもつらく、時々村を出ていく者もいました。しかし、皆、親に捨てられたり、親が死んだ孤児ばかりなので行くところもなく村に残るものも多くいました。また、境遇が似ていたからか、皆、仲良く暮らしていました。

次の最年長候補になって初めてお菓子の家に入れます。最年長者の世話をするためです。


ヘンゼルは狩りが上手で、とてもやさしかったので子供たちにとても好かれました。

また、グレーテルはまだ裁縫や料理をするような年ではありませんでしたが、とても器用で、味付けも上手だったので年上の子供たちに混ざって仕事をし始めました。


しばらくは毎日穏やかで忙しい日々が続きました。

時々夜になると見張り番の子供たちが、歌うのが聞こえます。

その歌はお祝いの唄でした。

次の日には最年少の子にまで肉のスープが配られます。

その歌が聞こえると、嬉しくて嬉しくて眠っている子供も起きだして歌い始めるのでした。


少しだけ年月が経って、暮らしにも慣れてきたころ、グレーテルが言いました。

「お父さんとお母さんはどうしてるかしら」

「急にどうしたの」

「私たちばかり、こんな暮らしをしてなんだかかわいそうになってしまったの。会いに行ってみましょう?」

「ここを抜けたら僕らはもう戻って来られないし、家に行っても食べ物がないかもしれない。そしたらまた捨てられてしまうよ。」

「そしたら、ここを教えてあげましょう。お菓子の家でお腹いっぱい暮らせるわ。私たちは、狩りも上手になったし、裁縫もずっとうまくなったから何とかやっていけるわよ。」

今まで一度も両親のことを口にせず、捨てられた時も一切泣かなかった妹の発言に驚きながら、ヘンゼルは両親の顔を思い浮かべました。

「…そうだね。わかったよ。」


まだ夜が明ける前、荷造りをしていると二人を村に誘った少年が起きだしました。

その少年は、村の中で2番目に偉くなっていました。初めて会った時よりも、血色がよく、ふくよかになっていました。

「出てくのか?」

「父さんと母さんに会いに行くんだ」とヘンゼルが答えました

「また捨てられるぞ。もう、ここには戻って来られないのに。こんなとこでも、飢えて捨てられるよりマシだろう。」

ヘンゼルに掴みかかろうとする少年を止め、グレーテルが何かを囁きました。

驚いた顔をする少年にグレーテルはにっこりと微笑みかけて

「もし、お父さんとお母さんがここに来たときは、よろしくね」と言いました。


二人は村を出ていきました。

洞まで戻ると、もうボロボロになっている糸を伝って、家の近くまで帰っていくと、鳥が鳴き始め、動物たちの気配を感じました。

家の戸を叩くと、おかみさんが出てきました。

「二人とも!無事だったのかい!?」

ヘンゼルはおかみさんに抱きつき、泣き出しました。

「お父さんは?」グレーテルが聞きました。

「あんたたちが森から居なくなってから、毎日、森を歩き回ってとうとう帰ってこなくなってしまったんだ。」

ヘンゼルはより一層大きな声で泣き、グレーテルも一緒に泣き出しました。

一晩中泣いて泣いて、泣き疲れて二人は眠ってしまいました。

目が覚めて、また泣いて、どうしようもなく悲しいのに、お腹はすいて、二人はおかみさんが出してくれたスープを飲みました。飲み慣れた味がしました。

グレーテルはおかみさんに、お菓子の家のことを話しました。

「私たちは戻れないけど、お母さん一人ならいけるよ」

それを聞くとおかみさんは出て行ってしまいました。

ヘンゼルとグレーテルはその姿を二人で見送りながら

「二人きりで生きていこうね」ともう一度約束をしました。



その晩、村では、子供たちが祝いの唄を歌っていました。

その唄を聞きながら少年はグレーテルのことを思い出していました。


『捨てられないわ。私が捨てるのよ』


お菓子の家の中で、二人きり、女が泣きながら何かを訴えています。

しかし、子供たちの歌声で全部かき消されてしまうのでした。

明日は、肉のスープがみんなに分け与えられます。




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お菓子の家と子供たち てふてふ @tehutehu1215

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