ボルシャック・ドラゴン

@ren2369

ボルシャック・ドラゴン

子どもの頃、同じマンションに住んでいたけんと君のボルシャック・ドラゴンと紅神龍ジャガルザーを自分のデッキにこっそり混ぜて持ち帰り、盗んだ事があった



当時のぼくらの周りの子どもというのは、レアカードをスリーブに入れて保存するという知識もなかったし、けんと君はカードをまとめたり整理したりせずに机の上に散らばらせていた

だから盗むのは容易だった







その翌日、けんと君が急にぼくの家に遊びに来た




いつもはぼくがけんと君の家に遊びに行くので、けんと君がぼくの家に来る事は、無い事はないが珍しい事だった



インターホンが鳴り、除き穴からけんと君の姿を見たぼくはドア越しに「ちょっとまってー」とだけ言い、急いで盗んだ2枚を埃にまみれたテレビ台の裏に隠した



けんと君は「お前が盗んだだろ」とは言わなかったし、証拠も無いのでぼくに詰め寄る事もしなかった

だけど、どこかよそよそしい態度でぼくの机や部屋をチラチラ見回していた




たぶんバレてる

でも証拠は出ない

証拠が出ないなら問題ない

テレビ台の裏なんて想像もつかないだろうし、バレるはずがない




ぼくはそう思っていながらも、万が一バレてけんと君に責められる事を考えると内心穏やかじゃなかった



それでも2人とも平静を装っていた



あの時のぼくらの態度は、お互いをよく思っていないながらも表面上で取り繕ってヘラヘラする大人のそれと変わらなかった

よく覚えていないけど、小学2〜3年の頃だ



どうでもいい会話とゲームをしながらお互いに壁にかけてある時計を気にする



けんと君は門限

ぼくはけんと君の門限



日が傾いて西陽がどんどん強くなっていく

目障りな鋭い陽光が、カーテンの隙間から畳とぼくを照らす



外の暑さとは裏腹にぼくの手足の先は冷えていた

それは温度を低めに設定してあるクーラーのせい、だけだったんだろうか







それから、案の定けんと君は証拠の物を見つけられずに帰っていった

その時玄関で見送ったぼくは、けんと君のどこか残念そうな表情と、それでも無理をして平静を装ったいつもの声色の「ばいばい」に、罪悪感を抱くより先に安堵したのだ



「やっと帰ってくれた」


「バレなかった」


「良かった」



これしか頭になかった








後から後悔した



大事な友達から物を盗んだ事


自己保身の嘘をついてでも謝って返さなかった事


あの時玄関で安堵してしまった事





でも後悔しただけだった





きっと、けんと君は盗まれたカードが見つからなかった事の残念さと同時に、見つからなかったからこそ友達のぼくが盗んでいない事を信じたかったんだ



ぼくはそう思う事にした


ぼくは、それで良かった





あの後もぼくはけんと君と普通に遊んだ


お互いに無くなったカードの事は口にしなかった

そこには確かに2人の暗黙の意思があった



意外にもデュエマもした


でもけんと君はデュエマが終わった後必ずカードをきっちり片付けるようになった




それを見ていた僕はきっと、手足の先が冷たくなっていた












それから時が経ち、けんと君は人を助ける立派な仕事に就いた

ぼくは専門学校を卒業した後、ニートになった








ごめん、けんと君


あの時ボルシャック・ドラゴンと紅神龍ジャガルザーを盗んだのは俺なんだ


もちろん反省している


でも今の俺たちからしたらそんな事はもう無かった事も同然だ

2人とも大人だし、小さな子どもの頃の話だし


君から飲みに行こうと誘われれば行くし、思い出話に花を咲かせて楽しく喋る事だってできるだろう


だけど、その時はきっと、お互いカードの事が脳裏にチラつくんだろうな

だからこそ、その話はしないはず








俺は確かに、子どもの頃に君の大事な物を盗んだ








だから、多分そのせいなんだ

俺が今しょうもないニートなのは


そう思うことにした







「子どもの頃に戻りたい?」

「いつ頃に戻りたい?」

「戻ったら何したい?」






誰しも一度は目に、耳にする質問






俺は戻りたい


君の家で遊んでいたあの頃に戻りたい


友達の物を盗むような子どもの頃の自分を変えたい





そうして、そうやってちゃんと生きていれば俺の今は変わったはずだ



君がボルシャックドラゴンで、俺がジャガルザーだ

カッコいいだろ、俺ら






そう、思いたかった





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