第3話 迫りくる壁

 次第に体も動くようになってきた。壁を蹴とばすことはそれほど難しくなくなった。相変わらず目は見えないし、満足にはほど遠かったが、まれに態勢を変えることすらできた。このままいけば、いつかは自由に動くこともできるようになるだろう。そう思って男はほくそ笑んでいた。


 しかしそんな油断を知ってか知らずか状況は急変した。

 なんの前触れもなく身動きができなくなり、がっちりと全身を押さえつけられる。いや、違う。この壁自体がせまってきているのだ。これまでほとんと不自由なく、すごしていたこの空間自体が縮小している。仕組みはわからない。だがここに存在する異物をひねりつぶそうとする勢いで、壁は男をしめつけていた。


 あまりの圧力に何度も意識が飛ぶ。これまで長い時間をかけ、多少は動けるようになってきたとはいえ、こんな圧倒的な力の前ではなんの役にもたたない。次第に強まる圧力に、もはやこれまでなのか……と諦めの気持ちが広がる。このままずっと植物状態かと思い悩んだ時期は、もういっそ命を絶ってくれないだろうかと願ったものだ。しかし、実際にこうして死に直面するとやはり死にたくない。そう思わざる得ない。


「助けてくれ! 俺は死にたくない! 死にたくないんだ!」 


 もちろんそんな言葉は形にならない。仮になったとしても、この状況に救いの手を差し伸べてくれるとは限らないだろう。パンっと言う音と共に何かが流れ出す。苦しい息が出来ない。圧力は強まるばかり。これ以上は耐えられない。――ああもう、俺はダメだ。




 男が死を覚悟した瞬間、視界が明るくなった。

 誰かが泣き叫んでいるのが聞こえた。それはまるで赤ん坊のような声で……いや、違う。泣き叫んでいるのは、――俺だ。そして俺のすぐ近くから聞き覚えのある声がした。


「はじめまして。……私の赤ちゃん。産まれてきてくれてありがとう」

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闇の中にただひとり 竹野きのこ @TAKENO111

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