第6話  終幕

 「タナカが撃たれた!」

メジロとモリモトが舞台上で倒れているタナカのもとに駆け寄ろうとしたが、キュビズム的世界の中、遠近感がうまくつかめない。舞台上だけ世界が歪んでいるようだった。

 ようやく二人が舞台中央まで来たときサトウがそれを制すように拳銃を向けた。目白たちは手を上げ立ち止まるしかなかった。

「タナカの銃ですね。」

モリモトは小声で言った。

「先ほどの手品のような動きの中でタナカのショルダーから抜き取ったのか。やられたな。」

メジロがうめくように言った。

不思議と客席は静かだった。どうやら、これも劇なのだと思っているようだ。

 (それにしても何故?宝石を返し自首するのではなかったか?)

メジロはサトウをよく見て驚いた。先ほど手紙を手渡した時の穏やかで済んだ目ではなく、あのキクチの狂気の目をしている。そしてメイクを超えて実体がキュビズムになった異様な姿がスポットライトの中、浮かび上がっていた。そしてメジロたちを制しながらガラスのショーケースに入った宝石を懐にしまい始めた。先ほどまで宝石を返す芝居をしていたのに、だ。

それを見てメジロは納得した。サトウは客の歓声と熱狂を一身に浴びて役になりきってしまったのだ。もはやサトウではなく、キュビズムの宝石強盗なのだ。


 この状況をどう打破するか?思案するメジロはサトウの多面的な顔の中にかつて子役時代のケン坊の顔の面があることに気づいた。ケン坊の要素も役の一部なのであれば、呼応するのではないか?一か八かその面に向かって呼びかけた。

「こら!ケン坊、駄目じゃないか。悪い子だ!」

これはケン坊のドラマで必ず毎回出てくる、ケン坊のパパがひと騒動起こしたケン坊を叱るお約束場面の再現である。サトウがハッとしたのが判ったので繰り返す。

「こら!ケン坊、駄目じゃないか。悪い子だ!持っている拳銃をパパに渡しなさい。」

「・・・ごめんなさい。パパ。でも・・・。」

そう言ってうつむきながら口を尖らせ頬を膨らませるサトウ。毎週ケン坊シリーズで行われた往年の演技の再演であった。場内からもポツポツと笑い声が上がった。

「ケン坊はいい子だ。パパは知っているよ。そうだ。拳銃を渡してくれたらオモチャを一個買ってあげよう。」

このオモチャがこの番組のスポンサーである玩具会社の新商品で、毎回、ドラマのラストでケン坊が遊ぶ様子と共に紹介されるのだ。メジロも子どもの頃はそのオモチャが垂涎の的で、それもこの番組を見る楽しみであった。だから、このくだりをよく憶えており容易に再現できたのだ。

「本当?わーい。パパありがとう!」

そう言ってサトウは拳銃をメジロに渡そうとしたが、急に怯えて叫んだ。

「お願い。ママ。いう事を聞くからキクチのお兄ちゃんをよそに追い出さないで!」

サトウの視線はパパ役のメジロの後方にあった。どうやら、ステージママとして子どもの頃のサトウをマネージメントしていた母親に向けた叫びらしい。この母親がケン坊を人気者にした一方、凋落もさせたのだ。金使いが粗いうえに、株に手を出し、ギャラの全てを失ったあげく最後は破産、ケン坊人気が無くなると男をつくって失踪、結果的にケン坊を捨てたのだ。その事は、ゴシップ好きでなくても自然と耳に入るぐらい有名な話で、メジロもそれを知っていた。

「お願い!キクチのお兄ちゃんをいなくしないで!」

悲痛な訴えがメジロの胸にも響いた。

(そうか。キクチを劇団から追い出したのはこの子のステージママだったのか。ケン坊の扱いを巡ってキクチと軋轢があったのだな。キクチの芝居の再現も贖罪の為か。)


「大丈夫だよ。」

メジロがそう言いかけた時、サトウの背後からタナカが羽交い絞めにかかろうとした。防弾チョッキをしていたのが功を奏したのだが、あまりにも至近距離から発砲された為、その衝撃に失神していたのだ。

「この化け物が!」

拳銃を奪われたタナカが感情を爆発させてサトウを後ろから羽交い絞めにしたが、おそらく肋骨が折れているのであろう、本来の力が出せず、サトウはその腕からスルリと体をすり抜けさせた。そして拳銃を自分のケン坊の部分のこめかみに向けて発砲した。マイクを通じてパーンという音が場内に轟く。

「ヒィー!」

場内の一斉の悲鳴。ケン坊の顔の右横にあった後頭部から脳髄が鮮血と共に飛び散った。そしてステージの真ん中あたりでバタリと倒れた。

 何も出来ずに立ち尽くすメジロたち。場内の万雷の拍手。全て芝居だと信じているようだ。


 いつしかキュビズムの歪んだ世界は消えていた。辛そうにしゃがみこんでいるタナカにモリモトが駆け寄り手を貸した。メジロはゆっくりとサトウの遺体に近づいて顔を覗き込んだ。キュビズムの異様な顔ではなく元の老いたケン坊の顔だった。こめかみの辺りが破損している。メジロはそれよりも目にこだわった。キクチの狂気の目でなく澄んだ瞳をしていることを確認してホッとした。あらゆる呪縛から解放されたのだとメジロは思った。そしてしばらくこのまま観客の拍手喝采を味合わせてあげようと、幕を下ろす指示を少しだけ遅らせた。

                                 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

キュビズムの男 大河かつみ @ohk0165

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ