>>11 Know the truth




 ……ゆかり先輩が来ない。

 今日も歌の練習をする為に、この公園で待ち合わせをしていたのだが……、ゆかり先輩が待ち合わせの時間に現れる事は無かった。


「……、あー……」


 声出しをしながら待っていようと思っても、何だか気持ちが乗らない。楽しくないのだ。前までは、ずっと1人で歌ってきたというのに……今ではゆかり先輩が一緒じゃないと全く声が出ない。


「……はあ」


 何となく、あの時の事を思い出してしまう。

 約束の時間になっても現れなかった、詩織ちゃんの事を……。別に、用事があるのは良かったのだ。前もって教えてくれてさえいれば……。誰にでも用事の1つや2つはあるのだから。


 でも……あの日、詩織ちゃんは商店街で遊んでいたのだ。他の友達と。あたしとの約束を破って……。


『そんな子じゃない』と思っていたからこそ、その光景を見た時のあたしの心のダメージは大きかった。


 ゆかり先輩もそうなのだろうか……。

 あの時と同じ様に、あたしを裏切るのかな……?

 そんな不安が、頭を過ぎる。


「菜々ちゃん、遅くなってごめんね」


 そんな時、ゆかり先輩の声が近くからして、あたしはパッと振り返った。


「あっ! ゆかり先輩、何してたんですか?」 


 ゆかり先輩が来てくれた事を嬉しく思うと同時に、何故約束の時間に遅れたのかが気になってあたしは尋ねる。


「実はね、菜々ちゃんの同級生の香菜子ちゃんとお話してたの」

「……香菜子ちゃん?」


 何故、ゆかり先輩が香菜子ちゃんと?

 幼稚園に行った時に名前を紹介した事はあるが、お互い顔は知らない筈だ。


「香菜子ちゃんがね、菜々ちゃんの事を心配して、私に相談しに来てくれたんだよ。私の顔は、生配信で知ってくれたみたい」


 ああ、生配信で……。

 それにしても、どうして香菜子ちゃんがあたしの心配を? 何が何だか分からなくて、あたしはポカーンとしてしまう。


「……聞いたよ。菜々ちゃんの過去の事」

「っ!」


 ゆかり先輩の口から突然出た『過去』という言葉に、あたしはドキッとする。


「……え? 過去の事って……??」

「詩織ちゃんって女の子と……色々あったみたいだね」

「──っ!! 何でゆかり先輩が……、香菜子ちゃんが、その事を知っているんですか!?」


 この事は、あたしと詩織ちゃん……それと、あの時商店街に居た詩織ちゃんの友達しか知らない筈!!


 なのに、どうして!?


「……その時商店街に居た女の子達が、噂を広めたんだろうね。この事は、菜々ちゃんの同級生の多くが知っているみたいだよ」

「噂を広めた……? どうしてですか??」


 詩織ちゃんの友達がそんな噂を広めた所で、メリットなんて無い筈……。


 そこであたしは、あの時詩織ちゃんに対して『大っ嫌い』と言った事を思い出した。


 ──ああ。あたしが友達に対して『大嫌い』って言う様な、最低な人間だって事を周りに広めたかったのか。約束を破ったのは、詩織ちゃんの方なのに……。


「……ねえ、菜々ちゃん。菜々ちゃんは本当に、詩織ちゃんが約束を破る様な女の子だったと思う?」

「……え?」

「大事な友達との約束を……破る様な、そんな女の子だったと思う?」

「……」


 ……勿論、最初はそんな事思って無かったよ。

 でも、あたしはその現場を直接この目で見てしまったんだ。


 遊ぶ約束をしていたあの日……、詩織ちゃんはあたしとの約束を破ってあの商店街に居た。そして、沢山の友達と遊んでいたんだ……。


「よく思い出して。詩織ちゃんは、本当に楽しそうな顔をして遊んでいたの? 菜々ちゃんに対して、何か言ってなかった?」

「楽しそうな顔って……」


 ……そういえば、あの時詩織ちゃんってどんな表情をしていたっけ……。笑ってはいなかったような……。


 それに、あたしが詩織ちゃんに対して『大っ嫌い』って言った時……、詩織ちゃんはあたしの名前を確かに呼んでいた。何かを訴えるように。もしかして……、あたしに何か伝えたい事があったのかな……。


「……香菜子ちゃんから聞いたの。あの時、詩織ちゃんは菜々ちゃんを裏切ってなんか無かったよ」

「何でそんなこと分かるんですか……っ。だって、あの時詩織ちゃんは待ち合わせに来なかったんですよ!? それで、商店街で他の子と遊んでいたんです。それが、あたしを裏切ったっていう何よりの証拠じゃないですかっ!!」


 思わずあたしは声を荒らげる。


 しかし、そんなあたしの様子にはビクともしないかの様に、ゆかり先輩は『すう……』っと息を吸ってからゆっくりと話を始めた。


「……あの時、詩織ちゃんはちゃんと菜々ちゃんとの待ち合わせに向かっていたの……。でも、途中でクラスメイトに掴まったんだって。詩織ちゃんを、菜々ちゃんと遊ばせない為に」

「え……??」


 あたしと遊ばせない為にって……、どういうこと?


「言い辛いことだけど……、菜々ちゃんはそのクラスメイトに嫌われていたんだよ。誰にでも優しくて明るくて、男子からもモテる菜々ちゃんの事が気に食わなかったみたい。それで……、クラスメイトはこの作戦を実行したの。菜々ちゃんから詩織ちゃんっていう友達を離して、独りぼっちにさせる為に。噂を広めたのもそのせいだろうね……」

「そんな……」


 ……あたしがクラスの皆に嫌われていたのは、ずっと前から知っていた。だけど、何であたしはこんなに嫌われているんだろう……って、ずっと疑問だった。


 それが……、まさかこんな理由だったなんて。

 噂を広める事で皆してあたしを悪者にして、詩織ちゃんとも離れさせて。


「……酷いよ……っ、」


 堪えていた涙が、我慢しきれずにポタポタと溢れ落ちてくる。


 誰にでも優しくて明るい……って、そんなに悪い事なのかな? あたしが詩織ちゃんに『大嫌い』って言ったあの日……、クラスメイト達は影で笑っていたのかな。


 何で、そんなに酷い事が出来るのだろう……。


「ほんと、私も酷いと思う。……でもね、今通っている高校のクラスメイト達は、その噂だけで判断して菜々ちゃんを毛嫌いしているだけだと思うの。だから、先ずは誤解を解こう。真実を伝えれば、クラスの皆とも仲良くなれるよ、絶対」

「……」


 『真実を伝える』って……。

 ゆかり先輩は簡単に言うけど、具体的にどうすれば……。


 あたしが周りに伝えた所で、余計に悪く言われてしまいそうだし……。


「──……如月さん」


 その時。

 突然、聞き覚えのある声が、後ろからあたしの名前を呼んだ。


 だから振り返ると……、そこにはカメラを持った香菜子ちゃんがいたのだ。


 ……何で、香菜子ちゃんがここに?


「私は如月さんのこと好きだよっ! 如月さん、凄く優しくて良い子だし……。だから、初めて如月さんに会った時、あの噂は嘘だろうなって思ったの! 私、如月さんと友達になりたい!!」

「え……っ、」


 『友達になりたい』


 その言葉を聞いた時……、胸が凄くドキッとした。


 ずっと、友達が欲しかった。

 ゆかり先輩だけじゃなくて、もっと沢山……、学校のクラスの皆とも仲良くなりたいって。


 だから、香菜子ちゃんがあたしと友達になりたいって言ってくれた時……本当に凄く嬉しかったんだ。


 やっと……、前に進めた気がして。


「あたしも──っ、香菜子ちゃんと友達になりたい!! 学校の皆と、仲良しになりたい……!!」

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Sing with friends ゆうまる @doraran

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