第10話 そして二人は
ユーグの魔法陣は医療関係者から大絶賛され、先生の指導でさらに改良された。そして、ユーグとわたしの二人の名前で医療補助の魔法陣として正式に登録された。
まずは病院で広めていくのですって。
「喜ぶ患者さんやお医者さま看護師さん、親がたくさんいますよ」
そう言う先生も嬉しそうだった。
自分の子どもが薬を飲むのに使ってみて、とても助かったそうよ。
その実績を評価されて、わたしは希望の大学への推薦をもらって、入学が内定したわ。魔法陣の研究が盛んなところよ。やったー。
そこでまた数年、学びながら研究に携わっていくわ。
ユーグは大学進学をあきらめていたのだけれど、家の仕事から解放されて進学できるようになったの。
わたしと同じ大学の攻撃魔法での推薦が取れて、入学が決まったわ。そこでさらに魔法を磨く予定なんですって。
そこは、今の平和な世の中ならではの攻撃魔法の使い道も探っているらしいの。彼の発想のすばらしさや勘の良さも、きっと生きるわね。
おかげで、わたしとユーグのデートの時間もとれるわ。
つきあい始める前から結果として家族に紹介しあったこともあり、それぞれの家族も応援してくれている。
「やっとリュシーも彼氏ができたわね。
恋バナ、楽しみにしてるわよ」
幼馴染はそう言って喜んでくれたわ。
デートのときの服やデートコースは、幼馴染の助言がとても役に立っている。
男子とのつきあいかたもね。
彼女に言わせると、男はケモノでガキらしい。
相手を立てておいて、実質は手の平で転がせと言われているの。
けれども、人とほとんどつきあってこなかったわたしには、難しいの。
ユーグも、女子どころか男子との友達つきあいもあまりなかったはずよ。その割にわたしは、いつのまにかユーグの腕の中にいた気がするのよね。わたし、彼に転がされたのかな。
「お互いに、相手に言いたいことをはっきりと言えばいいのよ。
そのときはケンカになっても、お互いのことを想いあっていれば、丸く収まるわ」
幼馴染みのこの助言が、一番役立つような気がするわ。
卒業式まであと少し、クラスでも学年でも、誰と誰がつきあい始めたとか別れたとか、その手の話が盛んになった……らしい。
わたしは横でクラスメートが話しているのを聞くくらいなので、詳しくはわからないのよね。
卒業すると離れ離れになるから、その前に意中の人に声をかけるのだって。うまくいけば、同学年だったら卒業パーティのパートナーになるらしい。
パートナーがいなくても卒業パーティには参加できるが、いた方がいい。とは、これも女子で盛り上がっているのを横で聞いたわ。
「ねぇ、リュシーはもう大学の入学決まったんでしょう。
卒業パーティのパートナー、決めた?」
そう聞かれるけれど、にっこり笑って首を傾げれば、それ以上何も言われないの。
たまに、教室の入り口で声をかけてくる別のクラスの男子もいるけれども、何か用かと聞くと何か言いたそうにしたまま、帰っていくの。
なんなのよ、いったい。
「リュシー、優しくすればいいのに」
女子にそう言われるけれども、冷たくしてないよ、わたし。
ユーグが女子に声をかけられるのも、たまに見かけるようになった。
女子が彼に何かを言って、彼が返事をして、女子が走り去る。教室からは廊下の様子が見えるので、つい、最後まで見てしまう。
そのあと教室に戻ったユーグが、わたしと目があって眉をしかめるまでがお約束になってしまった。
椅子に座ったユーグに、周りの男子がやいやいと何か言っている。
放課後の図書室で、ユーグは弁解してくれる。
「リュシー、誤解するなよ。俺はぜったいリュシーだけだからな。
でもなんで、急に声をかけられるようになったんだろうな」
その答えはわかってるわ。
ユーグ、以前は怖い顔をしていたのに、最近はときどき頬が緩んでいるときがあるもの。
いつのまにか不良って噂も消えたし。
もともと顔も声もいいユーグ、もてないはずがないわよね。
でも、言わない。
「なんでかしらねー」
そう言って笑ったわたしに、ユーグはため息をひとつこぼした。
* * *
学園の卒業式は、しめやかに行われた。
ユーグはいつもはちょっと崩していた制服をきちんと着ていた。その姿は凛々しくて、見惚れてしまったわ。
卒業式後のパーティは、先生と卒業生が参加する。みんなドレスアップよ。
もちろんわたしも力を入れたわよ。だって横に立つユーグが、せめて恥ずかしくなくしないとね。
「おまえは淡い色が似合う」
ユーグがそう言ってくれたから、わたしは水色のドレスにしたの。初めてのデートのワンピースと一緒。青のグラデーションになるように、スカートに工夫がこらされたもの。編み上げた髪には、白い小花を散らして。
彼は、濃紺のスーツ。クラバットはわたしとお揃いの布にしたわ。
お祝いの乾杯が終わり自由時間に入ってから、ユーグはわたしの腰に手を回して、同級生の前で二人の婚約を発表した。
あまりにも密着していて、ちょっと恥ずかしい。
「俺とリュシー、婚約したから」
会場は「えー」「うそー」と騒然となった。
「リュシーには手を出すなよ」
ユーグは会場をぐるりと睨みつけたわ。男子は、肩をすくめたりニヤニヤしたり。
「きゃーーー」と女子の歓声があがった。
わたしはあっという間にユーグの横から引っ張られ、女子に取り囲まれたの。
「ねぇねぇねぇ、いつからつきあってたの?」
「ちっとも気づかなかった」
向こうでは、彼が男子に質問攻めにあっている。
魔法陣の共同製作については、先生方だけがご存知だ。
名前を隠しているわけではないけれど、いつも使っている魔法陣を誰が作ったかなんて、みんな興味がないもの。
だから、ユーグとわたしが魔法陣を一緒に作ったことは、誰も知らなかったわ。
その後、図書室でずっと会っていたけれど、クラスでは仲の良いそぶりも見せてない、はず。
町でわたしたちが遊んでいるのを同級生に見られていたけれど、みんなは人違いだと思っていたようね。
堅物と言われるわたしと、一見素行の悪そうだったユーグ。あまりにもイメージが違いすぎて、結びつかないのでしょう。
きっとこれからは、ユーグとわたしを結びつけて考えてくれる。
そのための、彼の宣言だったもの。
「大学に行ったらいい男がきっといるから、今のうちにみんなに知っていて欲しいんだ。
リュシーは俺のものだ」
ユーグは、わたしを喜ばせてくれる。わたしも彼に喜んで欲しい。
「ユーグはわたしのものよ」
二人で相談して、このパーティでわたしたちの婚約を発表したの。
気がついたら、ユーグとわたしは並んでいた。周りを同級生たちが取り囲んでいる。
「それでは、婚約者同士のくちづけを」
男子の一人がそう言って、周りにいたみんなが声をあげたり拍手したりした。
まさか、こんな展開になるなんて。どうしよう。
わたしは、ユーグを見上げた。
彼は、微笑んだ。
ユーグの手が、わたしの顎に添えられた。
ユーグの顔が近づいてくる。
ユーグの唇が、わたしの頬に落ちた。
「おめでとうー」「おめでとう!」
「幸せにね」
「やったな、このやろう」
みんなのお祝いの声とあたたかい拍手で、涙が滲んだ。
わたしは一人だと思っていた。友達はいないと思っていた。
でも、違った。
同級生という仲間がいたのね。
きっと彼らとの縁は、ずっと続いていくわ。
* * *
卒業パーティは、和やかに終わった。
みんなのお祝いに、まだ胸の中があたたかいまま。
大学では、新しい出会いがあるでしょう。
もしかしたら、いままではとは違った関係になるかもしれないわ。
わたしの横を、ユーグが歩いている。
今日、みんなに婚約者と認められた彼。ユーグ。
わたしの大好きな人。
わたしの愛している人。
わたしを愛してくれる人。
大学を卒業する頃には、二人の環境は変わるでしょう。
それまで、時間はあるわ。
「好きだよ、リュシー」
わたしの大好きな声が、耳元でささやく。
「好きよ、ユーグ」
わたしも彼の肩に頭を寄せながら応える。
似たもの同士、ゆっくりと歩んでいこうね。
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