第9話 二人で町で
次の休日、わたしはおしゃれをして家で待っていたわ。
水色の膝丈のワンピースに同じ色の帽子。ピンクのカーディガンに白い靴。お化粧はほんのりと明るめに。髪は編み込んでからひとつにまとめて、残りはゆるく巻いた。
今日は町まで歩くので、靴の踵は低いのにしたわ。
時間通りにユーグが来た。彼も淡い色のジャケットとパンツよ。
家族が我先にと挨拶し、わたしの挨拶は一番最後だった。
「行こうか」
家族に行ってきますと手を振り、わたしはユーグと門を出た。
町は、わたしとユーグの家の中間くらいにある。
公園広場の北側に、食堂や喫茶店、洋品店、帽子屋や靴屋、小間物屋などがあり賑わっている。南側は、市場や古着屋など、生活必需品の店が多い。安い居酒屋も南側にあるらしい。
そこまでわたしたちは、のんびりと歩いた。
ユーグが連れていってくれたお店は、わたしたちと同年代で賑わっていたわ。男女の二人づれが多くて、若者が多いわりにあまり騒がしくない。
食事だけでなくケーキや飲み物も豊富で、疲れたときの一休みにもちょうど良さそうだった。
「叔母さんが、ここが人気だって教えてくれたんだ」
よく知っていたわね、と言ったら、そう答えてくれた。
わたしはこの店一押しのメニューを、ユーグは肉をメインにした料理を食べながら、ゆっくりと話をした。
「先生がレポートを褒めてくれたよ。魔法陣の用途が画期的で、展開も素晴らしいって。
リュシーにも話を聞きたいってさ」
「え、どうしよう。でも、褒めてくれて嬉しいね」
魔法陣を仕事のひとつにできたらいいと考えていたので、本当に評判がよかったら嬉しい。
でも、用途や細かい設定を考えたのは、彼なのよね。わたしがしたのは、魔法陣の展開の方。
「呼ばれたら行けばいいのよね」
「ああ。一緒に」
なんか、共同研究を一緒にやった気分。実質、そうなんだけど。
今の話だと、わたしが手を出してもユーグの成績に悪影響はなかったみたいだから、よかったわ。
ユーグがもっと自由に時間を使えるようになるという話も、聞いた。
「今回の件で母さんも反省してさ、お手伝いさんを入れるって。
あと、もう薬も苦くないから、具合が悪くなる前に飲んでくれるって。
あれから毎日薬を飲んでくれているんだ。
いままで、苦いからってなかなか飲まないせいで体調が悪化していたから、これからはそんなにひどいことにならないと思う。
ありがとう。リュシーのおかげだ」
テーブルの上に出ていた右手を、ユーグが両手で握った。
え? って思ったときには、彼は慌ててその手を離していた。
「ごめん」
ぽそりとつぶやいたその言葉に、わたしは頬が熱くなったまま首を振った。
彼に握られて離された手が熱い。わたしは、膝の上にそっと右手をおいた。
* * *
食後は、薔薇が盛りだという公園へ行った。
通路を歩いているだけで、薔薇の香りに包まれた。いろんな色が溢れかえっている。
奥の方は、あちこちの茂みの中に小さな空き地が作られ、ベンチが置かれているみたい。茂みが目隠しになっていて、まるで秘密の空間ね。
わたしはいつの間にか彼と手をつないでいた。どちらからつないだのか、なんとなくどっちもからだったのか。
意識したとたんに、胸の鼓動が高鳴ったわ。でも、今さら手を離すのもおかしいし。
その手をユーグがひっぱって、茂みの中の細い道へといざなわれたの。そこにもベンチが一つあった。
彼は、ハンカチを取り出してベンチに敷いてくれ、わたしを座らせた。
横に座ったユーグが近い。腿と腿が触れ合っている。一度離れた手は、また握られている。
どうしよう、だんだんと顔が熱くなってきた。ユーグの息も、ほんの少し荒くなった気がする。
彼が息を吸い込んだ。
「リュシー、好きだ」
その声は、わたしの耳元で響いた。わたしの顔は、一気に熱をもった。
うわ、うわ、うわ。
こんな声でしかも耳元でこんなこと言うなんて、反則。
好きだって、好きだって、好きだって。
言ったよね。聞き間違いじゃないよね。
「好きなんだ。つきあって欲しい。これで終わりじゃ、嫌だ」
ユーグがつないでいた手を引き寄せた。わたしの指先に彼の唇が触れた。
わたしはパニックの真っ最中よ。頭の中は真っ白。
「ねぇ、ダメ?」
真っ白な中に、彼の艶のある声がしみ通ってくる。
ずるい。
いつもより甘い声で耳元でささやかれて、拒否できるはずがないじゃない。
きっともうこいつは知っている。わたしがこいつにすっかり虜になっていることを。
「ダメじゃない」
やっと出た小さな声は、ユーグに届いたかしら。
「ほんと?」
わたしは、下がっていた目線を上げて、ユーグを見た。彼がキラキラしてわたしを見つめていたわ。
わたしはこくりと頷いた。
「嬉しい」
そうささやきながら、ユーグの顔が近づいてきた。わたしは目を閉じた。
わたしの唇が、あたたかいものでふさがれた。わたしの背中に、力強い両腕が回された。
わたしはユーグの背中に、両腕を添えた。
触れる幸せを知ってしまったら、もう見ているだけには戻れない。
さよなら、こいつを見続けていたわたし。ようこそ、ユーグと一緒に過ごすわたし。
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