第8話 その後の図書館
翌日の放課後の図書室で、わたしはユーグと会った。いつもの席よ。
窓の外では、数日のうちに木々の青さが濃くなっていた。
もう、額を近づけて同じ魔法陣を覗き込む必要はないけれど、なんとなく隣同士に座ったの。
いつのまにか、この位置も馴染んじゃったわね。
「昨日あれから魔法陣を清書して、経過もレポートにまとめて、さっき、先生に提出した。
どうもありがとう」
ユーグが座ったまま、頭を下げた。
「うまくいって、よかったわ。
わたしも楽しかった。ありがとう」
にっこりと笑ったわたしに、ユーグは頭を掻きながらにやけてみせた。
「先生に、これはあなた一人で完成させたのですか? と聞かれたから、おまえに手伝ってもらったって言っといた」
「え、それって減点になるんじゃないの?」
「それでもいいさ。ほんとのことだもんな。
俺一人だったら、ここまでできなかったし。きっと適当にでっち上げて終わりにしてたから」
ユーグはわたしをまっすぐ見つめた。
「ありがとう! おかげで助かった。
おまえのおかげで、魔法陣もちょっと好きになった」
照れて頭を掻く癖は相変わらず。だけど、最初に逸らされていた視線は、今はまっすぐにわたしを射抜く。
かっこいいなぁ。
もともとわたし好みの顔と声だった。
整っているけれども完璧ではなくて、整っていながらちょっと野生みのある顔。
高めのバリトンで、ほんの少し掠れているのに艶もある声。最近はときどき甘くも感じられる。
家族を支える愛情深さ、一人で立てる強さ、発想の豊かさ、繊細な作業にコツコツと努力できる忍耐強さ。
そんなのをここ数日で見せられた。
まだ五日しか経っていないのに、ユーグの存在そのものが、さらに何倍にも好ましくなってしまった。
いままで以上に見惚れてしまうのも、わたしの目元が緩んじゃっている気がするのも、仕方がないよね。
「次の休みの日に、礼をさせてくれ。町で昼食を奢るのでどうだ?」
「いいわ、それで手を打つ」
七日先の予定が決まった。
つい緩みそうになる頬を、わたしは引き締めた。
* * *
それから休みまで、わたしの放課後は相変わらずの図書館通い。
ユーグは、放課後に図書室にふらり来ては、わたしと少しだけ話をして帰っていく。その繰り返しだったわ。
用事がないなら、来なくてもいいのに。どうせ教室で顔を合わせるのだし。
そう思ったけれども、言わなかった。だって、ユーグと図書室で話すのが楽しかったんだもん。
教室では、お互いに目が合ったら軽く微笑むくらいになったわ。それだけ。
わたしもユーグも、放課後の図書室では仲良く話して家まで行き来したのに、そういえば教室では全然変わってなかったわ。二人とも、ひとりぼっち。
寂しくなんかないよ。いままでと変わらないもん。
ユーグと二人だけで過ごす図書室の時間。何気ないことを話す一時。
でも、ユーグの声を聞いて、ユーグの微笑む顔を見て、横に座ったユーグの体温をほのかに感じる時間。
わたしは、毎日、心待ちにしていたの。
そして、一緒にお昼を食べる約束の日も。
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