第5話 彼のお家で
ユーグは、ポットいっぱいの水と何種類かの粉、コップに皿を運んできて、サイドテーブルに置いた。そしてもう一度部屋を出て、大量の紙と筆記具を持ってきた。
粉は薬に見立てているのよね。
わたしたちは、魔法陣を書いては、それを実際に使ってみるという作業を延々と続けた。
最初はうまくいかなかった。
「ありゃー、これはダメだな。ゆるすぎる」
「こっちは、かちこちで飲み込めないわ」
ゼリーから粉がはみ出たり、ゼリーが柔らかすぎたり硬すぎたり。試行錯誤を繰り返したわ。
「この魔法陣、この粉だといいのに、こっちの粉だとバラバラに散っちゃうな」
「書き換えなければ使えないわね。包むところを変えてみる? 粉をまとめるところへのアプローチもしてみてもいいかも」
いろんな粉でうまくまとまるようになってから、さらにそれを分割できるように改良していった。
魔法陣の一部分、あるときは一文字を変えていくの。
二つの魔法陣を一つに合わせていくのには相性があるのよね。機能を追加すると、できたものができなくなったりもするし。
魔法陣を作った人のクセってほんと厄介。でもたまに、とても綺麗な魔法陣があったりすると、それを作った人に想いを馳せてしまうわ。
とにかく、うまく働かないごとに、組み合わせを変えたり文字の場所を入れ替えたり。
繊細な作業でウキウキする。
ん? 他の人はため息をつくって? だって楽しいじゃない。
なんとか使えそうなものができたとき、タイミングよく叔母さんがお茶のお代わりを持ってきてくれた。
叔母さんの後ろから入ってきたのは、お母さんかしら。ちょっと押しただけで倒れそうな、華奢な人。
「はじめまして。ユーグの母です。
宿題の手助けをしてくれているとか。
どうもありがとうございます」
細い声で挨拶をしてくれた。
わたしは慌てて立ち上がった。
「リュシー・コルネイユです。ユーグくんとは同じクラスで。
手伝いというか、楽しませてもらってます」
「まあ」と微笑んだお母さまの表情を見て、あれ? わたし変なこと言ったかなと不安になったけれど、まあいいや。
「お疲れでしょう。甘いもので休んでくださいね」
叔母さんは、おかわりの紅茶とビスケットの乗った皿を、魔法陣やコップが散らばった机の隅に置いてくれた。
「どうなの? うまくいきそう?」
ユーグにそう聞く顔は、好奇心まんまんだ。
「ああ、なんとか。
母さん、明日もここ使ってもいいかな。どうせ親父は仕事だろう。
あと一息なんだ。母さんの薬でやってみたいし」
そう言いながら、彼はわたしの方を見た。いいかなって確認するみたいに。
実際の薬で確かめてみたいのは本当。魔法陣はそこまで出来上がったわ。どの粉でもうまくいっているもの。
実際に飲んで、不都合がないか確かめて欲しいのよね。
明日のわたしの予定は特にないのだけれども、お邪魔しちゃってもいいのかしら。
わたしはこくりと頷いた。
「リュシー、できれば朝の薬で確認したいから、朝食後くらいに迎えに行ってもいいかな。
馬車を出すよ」
「大丈夫よ。でも、朝だとご迷惑では」
「私は明日も朝から来てますから、何時でも問題ありません。
どうぞ来てくださいな」
叔母さんがそう請け負い、お母さんは頷いてくれた。
お茶を飲んでから、ユーグとわたしは、明日使うための魔法陣を何枚か清書した。
そろそろ帰る時間。
ユーグはわたしの家まで馬車で送ってくれて、また明日の朝、迎えに来ると言って帰っていった。
とうとう彼の家にお邪魔して、お母さんや叔母さんまで紹介されちゃった。
わたしの魔法陣作成の腕を買われて、ただレポートを手伝っているだけだってわかっているのに、こいつがわたしに話かけるたびにドキドキしちゃう。
明日、お母さんの薬でうまく成功したら、もう手伝いはいらないわよね。あとは文書でまとめるだけだもの。
そうしたら、こいつとはお別れなのかしら。いままで通り、教室でユーグをそっと見つめるだけになるのかしら。
わたしはそれでいいのかしら。
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