第4話 お家訪問

 ユーグの家は、学園にほど近い住宅街の一軒家だった。散歩気分で歩ける距離。

 今だって、二人で並んで歩いてきたの。


 昔ながらのどっしりとした家。家族と使用人一人二人が住み込みで暮らすくらいの大きさの家よね。我が家と同じくらいだから、なんとなく想像がつくわ。


 門から玄関まで緩やかに回る道がついていて、玄関に馬車を横付けできるようになっている。その隅に、馬車が駐まっていた。その横にも何台か駐められそうな空き地があるみたい。


 玄関扉を開けると正面の階段までがホールになっていて、そこで簡単な応対もできそうだった。

 内装に木が多く使われていて、暖かい感じがした。なんとなく雰囲気が明るいのは、カーテンなどの布類にパステルカラーが使われているからかしら。

 外から見ると重い感じだけれど、中は訪れる人を歓迎する家みたい。



「ただいまー。友達を連れてきたぜ」

 ユーグの声が、玄関ホールに響く。

「おかえりなさい。お母さんは起きてるわよ」


 優しそうな女性が出迎えた。わたしの母よりも少し若いだろうか。溌剌とした雰囲気が伝わってくる。

 わたしを見て、一瞬びっくりした顔をして、それからにっこり微笑んだ。


「まあ、かわいいお嬢さん。

 ようこそいらっしゃいませ」

「お邪魔します」




 わたしを応接室に案内したあと、ユーグは部屋を出て行った。

 少し開けたフランス窓から、心地よいそよ風が入ってくる。窓の向こうは裏庭なのか、野の花がいっぱい咲いているのが見えた。ところどころに生えている木々も、自由に枝を伸ばしている。

 入れ違いに入ってきた女性はユーグの叔母さんだと自己紹介して、お茶の用意をしながら、明るい声でいろいろとわたしに話しかけてきてくれる。気さくな方ね。


「あの子が女の子を連れてくるなんてねぇ。

 母親のせいで友達と遊ぶ時間もないと心配していたのに。……よかった。

 どうぞ、よろしくお願いしますね」


 誤解されているのかしら。


「あの、今日はレポートの手伝いに」


 わたしは、好奇心に負けてさらに聞いてしまったの。

「お母さまのせいで遊ぶ時間がないって……」



「私の姉なんですけれどね、体が弱くて。よく倒れるんですよ。

 それで無理させないように、家の中のことをあの子がやっているんです。掃除とか、洗濯とか、料理とか。

 調子がいいと姉がやるんですけれどね。すぐやりすぎて倒れるから、あの子が家事をして、姉が手を出さないようにしているんです。


 手伝いの人を雇うように言うんですけれど、姉が知らない人を家にいれたくないらしくて。自分の体にはかえられないのに。


 あの子の父親は、仕事だと言って朝早く出て夜は遅くにならないと帰ってこないから、役に立たないし。

 あの子に負担がかかり過ぎだって注意しても、家のことは姉に任せているの一点張りで。姉が倒れたら、真っ青な顔をして飛び帰ってくるくせに。


 先日も倒れたので、しばらくは、私が姉とこの家の面倒をみに通っているんですよ」


「倒れたのは」


「五日ほど前だったかしら。結局あの子に学校を休ませちゃって。大切な試験があったみたいなのに。

 それで宿題が出て大変だって聞いてますよ」


 叔母さんのしかめていた眉が、広がった。


「宿題のお手伝いをしてくれて、感謝しています。

 またこんなことがないように、こんどこそ男手だけじゃなくて女性のお手伝いさんも入れるように説得しますからね。

 もうあの子も大人になるんだし、家から解放してあげないと」


 叔母さんは、拳を握って自分の胸を叩いた。とても頼もしい。



「なんか俺の悪口言ってた?」


 部屋に戻ってきたユーグは、ラフな格好だった。シャツの上に軽い上着を羽織っていて、制服よりもずっとリラックスした雰囲気がする。

 いいなぁ、こういう格好も。


 つい見惚れていたら、にやりと笑い返された。

 前は視線も合わなかったのに、なんで余裕なのよ。なんか腹立たしいわね。やっぱりこいつはこいつで十分。


 悔しいから、無駄に騒がしくなった心臓よ、鎮まって。



「そんなことしてないわよ。それではごゆっくり」


 叔母さんは部屋を出て行った。扉は少しだけ開いていた。

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