第3話 魔法陣の共同製作

 ユーグとわたしは、毎日授業の後に図書室に通った。



 最初は、どんな魔法陣があるのか調べるところからと考えたけれど、魔法陣のコーナーにある本を眺めただけで膨大な量があることがわかった。

 これは、作りたいものがすでにあるかどうかを調べる方が早いわよね。


 図書室司書の先生に聞くと、図書室にある検索システムが魔法省の一部のデータと連動していて、考えている用途の魔法陣が登録されているかどうかは調べられるらしい。

 さすが、教職員も使う図書室。すばらしいのは蔵書だけではないのね。



 とりあえずは、用途別魔法陣一覧表の本を手元に、どのような魔法陣を提出するのか二人で考えた。




「くそ、どれもこれも、もうある。

 無理じゃね? 新しい魔法陣なんて」


 わたしも、ため息をついてしまった。

 新しい用途なんて、そんな簡単に見つからない。


 そこでわたしは気づいたの。

 レポートのテーマは「新しい魔法陣」。「新しい用途の魔本陣」ではないわ。


「ねぇ、別に用途はすでにあってもいいんじゃない? 魔法陣が新しければ」

 ユーグは、ぽかんと口を開けて、わたしを見つめた。


 視線が合うようになったのは、いつからだったのかしら。

 最初はそっぽを向いてばかりだったのに、いつのまにか真っ直ぐにわたしを見るようになった。



「確かにそうだ」

 ユーグは、先生から渡されたテーマを確認した。



『新しい魔法陣を一つ作れ』



「欲しい要素を追加すればいいのか」


 それで新しい魔法陣になる。やった。これで道筋が見えてきたわ。

 ユーグも嬉しそうだった。



「そしたら、ユーグは魔法陣で何かしたいことある?」


 彼は腕を組んでしばらく考え込んだ。

「苦い薬を飲みやすくしたい。母親の薬が苦すぎて飲めないんだ。

 どうしても飲まないといけなくなるまで飲まないから、すぐに体調を崩してしまう」

 わたしたちは、そのための魔法陣をつくることにした。



 お母さんの苦い薬というのも気になるけれど、プライベートに踏み込むのは良くないよね。


 それより、ユーグのキラキラとした瞳が眩しい。

 もともと、隣にいるこいつがわたしに体を寄せて、そのいい声で話すだけでも心が震えるのに、視線でまで鼓動が高まるようになって、どうしましょう。

 だんだん同級生モードでいるのが難しくなってきているけれど、がんばれ、わたし。



 * * *



 パニックになる心とは裏腹に、頭は冷静モード。

 まずは、薬の服用のためにいままで作られた魔法陣の確認よね。


「薬が液体に溶けやすくする魔法陣。だから、苦くて飲めないっての。

 胃に入ったら溶けるもので包み込む魔法陣。量の多い粉薬だから、全部くるんだら飲み込めない。ちょっとずつ包んでも、一つ一つするのが面倒だ」


「粉薬を錠剤にする魔法陣。これも分割するとなると面倒よね。

 それに、飲み込みづらい子どもや老人も使えるものだと、いいな。

 つるんって」


「つるん! それだ!

 ゼリーで包むのはどうだ? それなら飲み込みやすい」

「いい!」



 わたしたちはハイタッチをした。ユーグは満面の笑みだった。まぶしい。


 これで方向が決まった。あとは、魔法陣を組み立てていくわたしの大好きな作業。



 念のために、わたしたちの考えた用途の魔法陣を司書先生に調べてもらった。


 ゼリー状のもので薬を包む魔法陣自体がなかった。

 よし、これで「新しい」というテーマはクリアよね。あとは作ればいい。




 ゼリー状にする材料は、水。簡単に手に入るのが一番だもの。


 水をゼリー状にして、それで薬を包む。手でつまめるくらいで、スムーズに飲み込める硬さが目標。

 子どもの口にお母さんがつまんで放り込んだら、お菓子みたいで子どもも喜ぶよね。なんなら果実水みたいに味つきの水を使ってもいいかも。


 一つにまとめると大きくなるから、子どもや老人でも飲み込める大きさに、自動的に分かれるようにできないかな。もっと細かくしたい人用に、魔法陣を書き換えられるようにしてもいいよね。



 さすがにわたしたちは最高学年よね。二年以上学んだことは伊達じゃない。基本の魔法陣は、すぐに書き出すことができたわ。


 わたしたちは、水を固形化する魔法陣と分ける魔法陣、包む魔法陣を書き出して、それを組み合わせていった。


 ユーグの発想が、ぴしりぴしりとはまっていく。勘がいいのは間違いないわね。彼の発想を、わたしの知識で魔法陣の形に落としていく。それをまた、ユーグの勘で選別していく。

 作り出したら早かったわ。大まかな形はできた。

 これからのことを考えて、ここまではできるだけ一般的な論理に基づいた形にした。


 ここでクセがあると、これから組み込む魔法陣が偏ってしまうもの。

 そんなことを言ったら、ユーグはびっくりした顔をした。いままで考えてもいなんかったそうだ。

 まあ、そんなものよね。まだ学園生だもの。



 ゼリーの硬さなどは微調整が必要。実際に魔法陣を使ってみる必要があるんだけど、図書室では無理。どこでしよう。


 同じことを考えていたらしいユーグが、提案してくれた。

「まだ時間は早いし、これから俺のうちに来ないか、リュシー」


 今日は授業が昼までだったから、学園の庭で昼食を食べてから図書室に来ていた。明日は休みよね。


 ユーグの自宅なら、実際に薬を使うことも、飲んでもらうこともできるかもしれない。

 だけど、いいのかな。男子の自宅なんて。

 わくわくお宅訪問なんて、想像で楽しむだけよ。


 わたしは、じとっとユーグを睨んだ。



「そんな不審な目で睨むなって。

 母親もいるし、今は叔母が手伝いに来てくれてる。

 だから、二人っきりにはならない」

「それならお邪魔するわ」



 ユーグのレポートを手伝ってるんだもの。家族がいても堂々としていていいよね。

 彼の家で二人っきりじゃないんだし……。あれ? なんでちょっと残念なんて思ったんだろう。



 わたしは、それからこいつの家にお邪魔することにした。

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