取引
夏伐
取引
会社でとんでもない失敗をしてしまった。
四月、新入社員として働き始めたが慣れない労働で、私はポカミスを繰り返していた。そして今日、ファックス付きコピー複合機を破壊してしまったのだ。
頭が真っ白になった。
床は黒いインク塗れ、紙詰まりを起こして複合機はガガガッと不穏な音を立てている。
会社に残っているのはトロい私だけで、周囲に誰もいなかった。かわりに私を助けてくれる人もいなかった。
「だ、誰か助けて! 神様!」
私が祈るように呟くと、フロアの扉が開いた。
「新人、まだ残ってたのか」
「先輩!」
先輩の男性社員の姿に後光が見える。彼はオフィスの惨状に驚いていた。
この人は、部署でも天然な発言で周囲の雰囲気をやわらげさせるムードメーカーだ。仕事を押し付けられた時は「寿命〇年分もらいますからね」と不謹慎な口癖を言う。
「どうしたらこんなになるんだ……破壊神か?」
「助けてください!」
「俺に助けてほしいのか。……これは寿命5年分はもらわないとな」
「お願いします!」
私は手を合わせて頭を下げた。先輩は微笑んで、複合機の紙詰まりを直し始めた。
いつの間にか床のインクが消えている。
「あれ?」
「もう直ったよ」
驚いているうちに紙詰まりまで直ったらしい。
「あ、ありがとうございます!」
先輩はそのまま帰宅してしまった。
そもそも一端は家に帰ったはずの先輩がどうしてここに来たのか。そして、この会社は労働条件もそんなに悪くないのに社員の平均寿命がやけに短いことが頭をよぎる。
もしかして、と考える。
――悪魔も人間社会で労働しているのだろうか。ついでに魂のつまみ食い?
私は、自分が思った以上に疲れていることを自覚し、残りの仕事は明日作業することにした。
今は休むべきだ、そう思う。私は今、幻覚を見たのだ。疲れている。
取引 夏伐 @brs83875an
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます