kaede～白熱大学衒学部女子優等生かえで、

「そうなんですか…」

「そうなんですか…」

「あら、そうだったの。ありがと、先生」

教授は目を瞠った。

「なんか知りたそうだったでしょ。こういうのってね、研究者とかから聞いたりとか、あると思ったんだ」

「教授、それはいい質問ね」

「いや、教授は自分で聞いてみたほうがいいと思うな。ほら、今日は授業は何時？」

「もう六時を回ってますけれど」

「そう」

教授の言い訳がまた始まっているときでも無かった。

「さて、教授、そのままここで考えて。質問を聞いてみたいって言っていたわよね」

「あ…うん」

「まずねあなたは、どうしたいと思います？ 誰かを、助けたいと思っているの？」

「いや、そうじゃないけど」

「なら、どうして助けたいの？ あなたは誰を救いたいと思っているの？」

教授は無言だった。

彼女の問いかけは厳しかった。

「どうすればいいの？」

「助けたい人を救いたい。そういうことでしょ？」

「それは、僕だって同じじゃない？」

「私の場合は」

教授が少し悩んだ。

「誰かを見捨てることでは無いから助け合おう、っていう。助けたいと思うのよ、私たち」

「自分の意志を通して、誰かの為に…」

「そう。例えば、私はあなたに死んで欲しいと思うの。そうなった場合は私は貴方の隣に置いてあげる。そんな権利を認めないなら私は貴方を排除する。好きにしていい。私を排除すれば貴女の命は保障されないのよ」

「教授、僕に死んで欲しいとか、そういうことを言ってるんだよ？」

「私はそういうことを言いたいと思ってる。そういう気持ちだから」

「それはないだろう」

「言ってみただけ。でも、言うならばあなたの為に死んで欲しいんだ」

教授はそういうと立ち上がった。

「ちょっと待って。わたしは死ねない」

教授は部屋をぐるりと見回し、そして僕の目の前に立った。

「あなたが死の準備するまでは貴方には、死の準備するまでは私という人間がいるしかないわ。いいね、教授」

「君の為に死んでもいいんだよ」

「ええ、ええ、分かった。その代わり、あなたが死ななければそれでいいんだけど」

「勿論」

そして教授は椅子に座り直すと、僕の前に立った。

「まあ、今は何も話もしていないし、ここまでしてくれた貴方に死んで欲しいとも思っちゃいない。でも、これからのことはちゃんと話しましょう。わたしのことは教授にしかできない。君が死んでほしいのと一緒」

僕にとってそれはありがたい事だった。教授に死んで欲しいと思われていると思うと、自分が嫌になったから。

僕は教授に死んでほしくなかった。この人は僕の唯一の友達であり、唯一の理解者である。そんな人と死ぬのは嫌だった。何もできなかったけど教授は悪くないんだ。

だから僕は死なないことが出来た。教授の言葉を裏切らないようにしないといけない。僕は僕の為だけに生きなきゃいけない。そんな覚悟を示さなければ死ぬ人間はどうなるか、教授に怒られてしまう。教授は笑ってくれるだろう。どんな状況でも笑ってくれるだろう。

何も考えずにその日を迎えれば、いつか僕は教授に会えるかもしれない。

「死なないよ」

教授は言った。

「僕はそんなこと言わないよ。それが僕の為であって僕はきみに死んでほしくない」

「そう、それは死なないからって言ってるのよ。死について考えて、死んで欲しいんじゃない。生きて欲しい。それだけ」

「うん、君の答えは多分正解だね。僕はお前を殺したかった。だから、それを実行に移す」

教授は僕の言葉を聞いて、何も言わなかった。そして、僕の目を見た。

「ごめんね、何も考えたくないと言ったでしょう。ごめん、僕が悪かったわ」

「いいよ」

「僕がやらなくちゃいけなかったのよ。そうしないと、あなたを納得させられない。私も納得しないけど。私が貴方に死んで欲しくないと思うようにあなたにも死んでほしくないというのなら、あなたには生きていてもらいわないとだめよね」

「ああ」

「じゃ、帰ろう。明日またここに来なさい」

「はい」

「今日はこれでいいよ」

僕達は玄関から出て、ドアの鍵を閉めた。外は暗くなり始めていて、僕達は黙ったまま駅へと歩いた。

「もうちょっと歩こう」

「え？ どうして？」

「君と話がしたい」

「いいよ」

駅前を過ぎ、住宅街を歩くことにした。街灯が少なくて暗い道を二人は並んで歩いていく。

「ねえ、どうしてあなた、自殺しなかったの？」

「君はどう思う？」

教授の質問に対して、逆に問い返してみた。

「私と同じ気持ちだったからじゃないの？」

「そうだね。君と一緒に死ぬのは悪い気がした。だからかな」

教授はその言葉に驚いたようだったが、「そうなんだね」

「うん、きっとね」

そして、しばらく沈黙が流れた。教授が何を言いたいのか分からなかったけれど、それでも良かった。彼女が何か言いたそうなのを感じたからだ。それに何と言ってもここは静かだ。こんなところで話す必要などどこにもないのだ。

「あなたに聞きたかったことがあるの」

「なんだい？」

「私のどこが好きなのかなって」

僕は吹き出してしまった。

「なにそれ」

「いいじゃん。教えてよ」

教授は顔を赤くしながら言った。

「全部だよ」

「嘘つき」

「本当だってば」

「ふーん、そうですか」

教授は少し不機嫌そうにしていた。僕はその様子が可笑しかった。

「教授はどうなのさ」

「私？ 私は……」

教授は少し考えた後、

「あなたが私と同じようなことを考えていたのなら嬉しいと思ったから」

「どうして？ だって、僕らは同じじゃない」

「ううん、同じじゃない。私の方が酷いもん」

「どうして？」

「だって私は……」

「僕は君が好きだ」

「……ありがとう」

教授は照れ臭そうに、そして悲しそうな顔を見せた。

「教授はどうして僕に優しくしてくれるの？」

「私も同じ気持ちだから」

「そう」

「そうよ」

僕たちは再び無言になった。でも、

「僕が死んだ方がよかったんじゃないか？」

「いいえ、そんなことはない」

「僕が死ねば君だって」

「私はいいの」

「なんで？」

「私はあなたが死んでくれればいいなんて思ってないもの」

「でも」

「私はあなたのことが好き。それでいいの」

教授は僕を見て微笑んでくれた。それは本当に美しいと思えるものだった。僕はその表情に見惚れてしまった。そして、僕の視線に気づいて教授の顔は真っ赤になった。

「あ……」

「どうしたの？」

「あなた、恥ずかしいじゃない……」

僕は笑い出した。教授も釣られて笑う。二人の間に流れる時間は穏やかだった。僕たちの関係がどうなるのか分からないけれど、それでも、今はこのままでいたかった。僕はこの人を失いたくなかった。ずっと一緒にいたい。だから、彼女の気持ちを確かめておく必要があった。「教授、一つ聞いてもいいかい？」

「なにかしら」

僕は立ち止まって彼女を見た。

「あの、君の本当の名前って何？」

「ゲェーツ・関羽」僕は教授の手を取った。教授は驚いているようだった。

「なに、いきなり？」

僕は答えなかった。ただ、握っている手を強く握りしめるだけだ。彼女は痛がってはいなかったが、僕の力が強くて振り払うことはできなかったようだ。

教授は困っていた。「関羽の子孫だったのか」教授は首を横に振った。「そんな訳ないでしょう」

「そうか、そうだよね」

教授は僕のことを睨みつけた。そして、ため息をついた。「そう、あなたが言いたいことは分かった」

教授は僕の手を離すと、「関羽の子孫なら血縁を守らなきゃ。結婚しよう！」と言いながら走り去って行った。

「え？ 教授！？」

「冗談よ、冗談。そんなに驚かなくてもいいのに」

教授は振り返って僕の方を見ていた。その頬が緩んでいるのが見えたので安心することができた。

「なに笑ってるのよ。結婚は一生に一度のものよ。それに結婚は女の幸せ。本気で結婚しますからね。今から役所に行きましょう」「ははは」

「なにがおかしいのよ。早く行きますよ」

「はい」

こうして教授の苗字が変わってしまったのは仕方がないことである。僕はそんな教授に、死ぬまでついていくことになった。それが幸せなことだと思っている。