「その通りです。今貴方は感情を分
「その通りです。今貴方は感情を分析し言語化しています。感情の分析から論法を導き出して行く。これが《論"言語"論法》です」
「どうでもいいけど感情分析なんてプログラムに含まれてない」
教授は呆れた。学生向けなら問題外である。
「でも、だからって感情分析したって結果だけ見るとゴミでしょう」
「あら、ゴミってゴミではないよ」
「はあ!?」
教授は素っ頓狂な声を上げる。
「そうよ。感情を分析しても何も変わらないわ。感情と論理は矛盾しないのよ」
「ではどうして感情分析なんて…」
「だって感情なんてどう使おうが、ただ機械で処理されるわ」
「人を人と見ず機械を機械と見ず。なら感情分析で何も変わらないじゃないですか」
「そうは言われても」
教授は黙り込む。
「怒る気持ち…なんてね」
サヴォナローラは紙面にも書いてなかったセリフを言う。
「怒るのは人に罪を着せることではなく…誰かを傷つけることだってことね。そういう、人間って言う生き物はね…人のことを傷つけて…傷つけて傷つけて傷つけて傷つけていくのよ。それが人間としての尊厳に繋がるのよ」
「じゃあ、人のこと…どう思っているんですか」
そう尋ねるとサヴォナローラは眉を上げた。
「そうね…何考えているか分からないわ。人の言動の流れを把握できないってことかしら」
(誰に何を思われてるのか分からない…)
教授も身に覚えのない感情に苛まれている。
「先生は人を傷つけて傷つけていくと?」
「そうじゃないの。そうじゃないの。だから怒るってなんだか分からないのよ」
教授はその言葉を知らず、自分が人間であることすら忘れたように見える。今もそうだ。人を傷つけて傷つけて傷つける。それが人間という生き物だと自分でも気がついていた。
教授たちは皆、それぞれ人を傷つけている。そこに生まれた不満や恐怖があって、その不満と恐怖を忘れたいが為に、傷つけた相手には容赦はない。
そして彼らはそのような存在なのだ。
それに人は、誰かに恨まれている人間は多いが、恨まれていなければ誰にでもある。恨まれていなくても、誰かに恨まれていなければ誰にでもある。むしろそういう人間自身が恨まれる側と言ってもいい。
そのような生い立ちの人間たちと、教授が向かい合う。
「私はどこまで話したか…」
教授は俯き、ぽつりとひと言呟いた。
人を傷つける人間は、どこまで行っても必ず恨みを買うように出来ている。教授は自らの復讐を目論むことで、一人の人間の心を縛り付け、呪い殺そうとしている。教授にとってそれは、自分が思っている以上に重くて重くて重くて、自分を閉じ込めたい程である。
「教授、人の事を誰が信用できると思う」
「あなたは人たちを思うあまり、人の気持ちまで無視しているように見える」
「あなたはただ、人を助けようとしているだけ」
「教授、先生…僕は君を愛しているよ」
「教授、君はこの先生と呼んでください」
教授が俯いて、彼へと近づく。
「…教授」
何を考えているか分からない人間に、私は教授を呼び続けていた。
そんな教授を呼ぶ彼を見ていると、不思議と彼の事を意識してしまう。
「教授…」
「教授…教授…」
彼の様子を見て、私は彼へと、教授へと話しかける。彼の事を思いながら、彼にどんな想いを込めて彼を呼んでいるのか、私は気づくことができなかった。
「教授…」
「教授よ…教授よ…」
彼は必死にたどたどしく彼の名前を呼んでいた。
彼の事が理解できないせいか、それとも感情が上手くまとめられてないのか、それは本人にしか分からなかった。
「教授、教授よ…」
彼はゆっくりと僕へと向き変わって、そして微笑みかける。
彼のことを愛していいかなんてわからないけど……それでも今は……この感情に従って……いいんだろうか?
(こんな時に、なんて思いだしているんだろう……私……?)
教授は自分に問いかける……自分の心の中にある感情に気づいていないから。
「愛とはなにか……分からないわよね」
教授の心の中を見透かすかのようにサヴォナローラはそう言った。
(でも私はあの人を愛している。あの人が欲しい……そう思ってしまっている)
しかし……それが本当に良いのか……
(これはきっと間違っている)そう思っていた。だから私はあの人に抱かれる資格がないと思っているのかもしれない……。
(だけど……私は彼を欲してしまったのだわ……どうしたらいいの……?どうすればよかったの……?)
その時だった、私の心に誰かの声が響いた。
その声を聞いて私は、その言葉に納得したように笑った後でこう思った。
(ああ……もう……私は答えを見つけてしまったわ……だって……)
私がその言葉を聞けば聞くほどに、その答えははっきりと見えてきていたから。
「つまり、論とは論理を生み出す思考と、論理そのものに起こり得る行為に分類される。貴方は怒り、悲しみ、苦しみ、恐怖、諦観、その他諸々の感情が入り混じったような行為を論(ろん)とします。論ではないのなら、貴方はそれが怒りとなります。その感情とはただ一(いち)であり、それを超えていくのは不可能です。なぜならその感情自体が論ではないからです」
「そうよ。感情、感情の成り立ち、論の成り立ち、一つ考えてから考察しなさい」
「感情、感情の成り立ち、思考と行動の問題提起、論、思考の解決、そしてお互いに矛盾の果てを突き付けあう思考の展開…」
「そうよ。この論を解き明かしながら理解を深めなさい。一つ、感情、感情の成り立ち、思考と行動の問題提起、論、思考の解決。二つ、感情、感情の成り立ち、思考と行動の問題提起、思考と行動の解決。三つ、感情、感情の成り立ち、思考と行動の問題提起、思考と行動の解決。そして最後に…」
「最後に何だよ。」
「これは論よ。貴方はこう考えてね。感情は一つで、思考と行動、あと一つの問題点だけ解を求めて貴方が考えてきたものがあるわね」教授は首を縦に振る。サヴォナローラはその姿を見て満足そうな表情を見せた。
感情には感情の……論理の前には論理の…… 二つの感情がぶつかり合い……互いに相殺していくように……感情とロジックがぶつかっていく。
(そうだ……)教授は気づいていた。
自分は……彼と話してみたいと思ったのだ。だからこうしてここまで来た。
そして、教授は自分が何をすべきなのかを分かっていた。
教授は自分が今、何を求めているかを理解した。感情を論理的に解釈すること。それが、自分に必要なことなのだと気づいた。
教授は自分が何をしたいのかを……感情に身を任せることにした。
教授は彼に歩み寄り、そして彼を抱き寄せた。
教授は彼に抱きついた。彼の顔が教授の顔に近づいていく。(どうして、どうしてこんなことに……)
どうしてこんなことをしたのか。その理由が分かるまで、もう少し時間が掛かりそうだ。
だが教授はそんなことを考える余裕もなく、ただただ混乱していた。
教授の体は震えていた。緊張のせいで体中が硬直していた。(どうして……どうしてこんなことになったの……)
そんな彼女の頭の中には疑問しか残っていなかった。
「どうしたんだい?」彼は教授の頭を撫でる。教授は自分の髪に彼の指先が触れた途端に全身に痺れる感覚を覚えていた。まるで電流が流れたかのように。
そして彼は教授の背中へと手を回してくる。
教授の体が跳ね上がる。思わず声を出してしまう。
彼の手が背に触れただけで……教授の体に電気が流れるように、何かが走ったようだった。教授は自分がどんな状況に陥ってしまったのかも、分からなくなっていた。
ただ言えることは、自分の心拍数は上がっていき、体温も上がっていることだった。
そんな状態の中で教授は考える。
教授が今している行為は果たして愛と言えるのか。その答えは否であると断言できた。しかし、その愛を否定することが今の教授にとっては出来なかった。(私はこの人と……どうなりたいの……)
教授は考えた。そして、自分が今何をすべきか、自分がこれからどうあるべきかを考えた。
私は……彼が好きである。だから……彼を愛しても良いのだろうか?と自分に問い掛けた。
その結論は出た。しかし……それを口にしてしまえば、自分の気持ちが抑えられなくなりそうだと感じていた。
だから私は、彼に抱きしめられたまま動けずにいた。
(どうしよう……このままでいたい……でも離れたい……この人に抱かれていたい……)
教授は、この瞬間だけは何も考えられなかった。
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