第31話 手を伸ばす、その先に
屋上での事件の、その後の話のことである。
惣太に暴力を振るった男子生徒たちは、直ちに親が校長室に呼び出されていた。
「申し訳ありませんでした……!」
集められた男子生徒の母親たちは深々と惣太に頭を下げていた。
皆、顔を真っ青にして自分の息子がしたことが信じられないという様子だった。
中には情けなさですすり泣く親御さんもいて、なかなか正視に耐えない光景であった。
……結局、彼らには停学処分が下された。
処分が下された生徒たちは一様にしょぼくれていた。
一方で彼らに
暴力は振るっていない、ということで減軽になったのだ。
そんな生徒に粛々と処分が下される教室で惣太は俯いていた。
惣太もまた朝礼の一件で、先日この部屋で反省文の処分を受けていて、気まずい事のこの上ないのだ。
時を置かず再びこの部屋に現れた惣太へ校長や生活指導の教師が向ける視線は問題児に対するそれである。
しかし、それ以上、この件について掘り下げられることはなく、ほどなくして惣太は息苦しい空間から解放された。
「どうだった?!」
校長室から出るとすぐさま待機していた由紀が駆け寄ってくる。
「大した話はないよ」
「全く……、親御さんはまともでも子供はとんでもないな!」
同席していた祐作は声を荒げて憤っていた。
「ね! 惣太にあんなことして!! 信じられないよ!!」
祐作と一緒になって由紀も頬を膨らませる。
こういう時の反応は本当によく似ている。
仲良くプンスカ怒る二人に血の繋がりを感じていると、「見てあれ!?」「中川さんのパパ?!」「めっちゃイケメンじゃない?!」とすれ違う女子たちが興奮したような声で囁いていた。
祐作は由紀に遺伝子を与えただけあり、とても綺麗な顔をしているのだ。女生徒が騒ぐのも当然である。
そんな今もなお女子を騒がす祐作が自販機に向かい、二人きりになると、由紀はうつむきしょげかえった。
「で、でも、悪かった、惣太……」
「なんでお前が謝んだよ」
「だって、元をただせば私のせいだし……」
「違うよ。あれは周りに原因があった」
新聞部の連中が惣太に断りなく惣太のことを記事にした。
あれが全ての始まりだった。
だがあれは果たして由紀が原因なのだろうか。
それは違うと思う。
もしそうなのだとしたら、それを延引したら、由紀は生きて行くことすら許されなくなるだろう。
そんなの、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
あれはあくまで新聞部のやらかしだ。
その後、因果が巡り巡って、こうなったわけだ。
その因果の中で、いつだって一線を越してきたのは周囲の方だった。
いつだってより過激な犯行に及んだのは彼らの方だった。
いつだってそうだ。
由紀は由紀が振る舞いたいように振る舞う。
だけどそれに周りが過剰反応するのだ。まるで巨人の一挙手一投足で薙ぎ払われたり、逃げまどったりする人のように。
それがいつもトラブルという火花になって表出するのだ。
「これまでだって、そうだったろ」
惣太が言うと、由紀救われたように、ほんのりと微笑んだ。
由紀は身の丈に合わない美貌を持って生まれてしまった。
いまだにその大き過ぎる服を由紀も着こなせていないのかもしれない。
そんな風に思うことが、時々ある。
◆◆◆
惣太の親友である久志たちも、今回の惣太の行動にはついていけないようだった。
「すっげぇなぁ……」
事件の翌日、青あざだらけの惣太に、久志や幸次たちは皆呆れ返っていた。
「そーちゃん、大丈夫?」
真彦も酷い状態の惣太に眉を下げている。
彼らの反応からも分かる通り、朝礼に続き、屋上でもトラブルを起こした惣太は賞賛と驚嘆の対象であった。
猪上などのギャルに「やるね深見ッチ~~!!」とバシバシ気軽に背中を叩かれる一方で、周囲と一定の距離を感じることもある。
しかし、人の噂も七十五日である。
今の賞賛も非難も、いずれ消えてなくなるに違いない。
今は、その日を待つことである。
「深見君、少し良いかい」
と、その日を思いを馳せ、出来る限り目立たないようにしていたのに、昼休み、早速惣太は松橋に呼びだされていた。
いきなりの対決にクラスメイトは大いにざわついていた。
しかしそんな彼らを歯牙にもかけずベランダへ惣太を誘うと、彼は話し始めた。
「いや参ったね。僕の完敗だよ」
完敗?
意味が分からず「え、え……?」と戸惑っていると「いや、実は僕は思っていたんだよ。覚悟が足らないってね」と松橋は続けた。
そこには憑き物が落ちたような松橋がいた。
「でも僕が間違っていたみたいだ。君の度胸は称賛に値する。だから、僕は降りるよ。この由紀を巡るレースからね」
「え」
信じられない話だった。
完敗とは、由紀を巡ってのことだったのだ。
しかし、あれほど由紀のことを好きそうにしていたのに、一体どうして。
惣太が動揺していると、彼はほころんだ。
「ふ、分からないって顔だね。でもあれだけの覚悟を見せつけられたら、手も足も出ないよ。僕の完敗だ」
ベランダに、五月の清々しい風が吹いた。
その風が、松橋の前髪を攫う。
「健闘を祈るよ深見君」
松橋はポンと惣太の背中を叩き、去って行った。
同じく、由紀を狙う安藤先輩や西山先輩も、独特の反応を見せて来た。
安藤先輩は、いつぞやと同じように惣太と体育館の冷水器で会いまみえると、気まずそうに頭をかいた。
「あーー……、この前の朝礼の奴、凄かったね……」
「はぁ」
冷水器の水を拭う惣太はいきなり話されて話に追いついていない。
惣太はたった今まで過酷な練習を課されていた。
「屋上でのことも、凄いと思ったよ……」
「そっすか」
「……。だけど、あれはあれだ」
惣太が薄い反応をしていると自分に言い聞かせるように安藤は言った。
「大事なのは、これからだ」
それは、彼からの決意表明だった。
バド部の西山先輩も同じようなことを言っていた。
「この前の奴は凄かったね。でも由紀ちゃんの話は別の話だ。由紀ちゃんは譲らない」
惣太に会うや否や、彼は早口言葉のようにそうまくしたてた。
西山の反論も許さない一方的な物言いに「い、いやいや……」と惣太が呆気にとられていると
「まぁいい! まぁいいから!」と、惣太の肩をパンパンたたき、先輩はその場を収めていた。
背後から由紀と、鞠華がやって来たのだ。
体育館で体操服でいる惣太に近づこうとする由紀に、背後から鞠華が駆けて来た格好だ。
「由紀さん!!」
由紀が惣太と西山に合流する前に鞠華は声を張り上げた。
鞠華の声は体育館によく響き、由紀だけでなく皆が鞠華へ振り返った。
「私はそれでも先輩を諦めません! 先輩をあなたから解放して見せます!」
だがその注目を集めた中で彼女は常軌を逸したことを言い出して惣太は面食らっていた。
なぜ由紀に囚われていること前提なのか。
突拍子もない勘違いに惣太が狼狽していると由紀はツンと顎を吊り上げ腕を組んだ。
「ふ~ん? やってれば?」
それはまるで、受けて立つ、と言わんばかりだ。
「ま、無駄だと思うけどね。惣太は私にメロメロなんだから」
だからお前も何を言っているんだ……。
衆人環視のもとでとんでもないことを言う由紀に惣太は真っ青になっていた。
また紬も由紀に向かって同じような啖呵を切っていた。
「中川さん」
ESS部の部室で由紀と遭遇した紬はガラッと椅子を引いた。
「今回の騒動、さすがそうたの家族だと思った。……だけど、私も負ける気は無い」
「分かった」
「だから、覚悟してて」
「うん、分かった」
由紀はまるでこの展開を予期していたかのように、平坦な口調で答えていた。
部室には一触即発な空気が立ち込めていた。
もしこの部屋に何かしらの火種でもあれば爆発し吹っ飛んだであろう。
しかし特筆すべき反応はそれぐらいで、徐々に惣太への注目も薄らいでいった。
そんなある日のことである。
惣太が由紀に言われ放課後の教室で待機していると、息を弾ませて由紀がやってきた。
「出来たよ惣太!」
「おおおおおお~~~!!!」
顔を紅潮させる由紀の手には、人形があった。
先日の一件で標的になった人形である。
由紀は裁縫部の友人から人形の直し方を教えて貰っていて、この度修復が完了したのである。
由紀の手には、今までよりも一回り二回り小さくなり、顔の布はつぎはぎだらけの人形があった。
しかし綺麗に縫い付けられている。
「すごいじゃん!」
「でしょ?!」
惣太が感心すると由紀は得意げに微笑んだ。
「あぁ! 由紀裁縫もできたんだな!」
「ふふ、これのためなら頑張るよそりゃ! フフフフ!」
由紀は目を線にして人形に頬ずりしていた。その表情はとても満足げで、復活した人形がお気に召しているのは一目瞭然だった。
その溢れんばかりの愛情の注ぎ方に、惣太は自分の行為の正しさを実感するのだった。
それと同時に、由紀の隣に並び立つことの難しさも。
あと一体どれどけ、このような騒動を経たら由紀の隣に辿り着くことが出来るのだろうか。
そこへ続く道は、先が霞み地平線に隠れるほど、どこまでも続いているような気がする。
だけど――
「ありがとね! 惣太! 今回ので更に大切になっちゃった!!」
俺は――
「ん? どした? 惣太?」
気づくと由紀が惣太の顔を覗き込んでいた。
いつのまにか自分の思考にトリップしてしまっていたらしい。
それもこれも、たった今由紀が浮かべた笑みがあまりにも透き通っていたからだ。
「あ、いや……、何でもないよ……」
とっさに惣太がはぐらかすと、「ふーん、なら良いけど?」と何か言いたげにしつつ、言葉を引っ込める。
「じゃ、帰ろっか?」
「あぁ」
そうして二人はバッグを担ぎ、帰路につき始めたのだった。
同じ家を目指して。
多くの視線を集めながら。
かつて二人して夢見た夢の世界を。
「ていうか惣太! そろそろ定期テストだよ! 過去問ゲットしないと! 惣太は当てあるの??」
二人で肩を並べて歩いていると、話はすぐに目前に控える定期考査に飛んだ。
転入後初めての試験で由紀も気合を入れているのだ。
「あるけど……、でもうちの数学の教師、過去問キラーだから注意しておけよ」
「ひぇ~~~~!!」
天邪鬼な数学教師の凶行に由紀は悲鳴を上げていた。
その姿を、なんだなんだ? とすれ違う生徒たちが物珍しく見て行く。
……二人が進む廊下の先を、強い日差しが、真っ白に照らし出していた。
由紀が転入による騒動が一段落し、新たなシーズンが近づきつつあった。
眩しい、刺激的なシーズンが。
――――――――――――――――――――――――――――
と、いうわけで第一章完です!!
ここまでお読みいただきありがとうございました!!
第二章はある程度書ききってから、もしくは方向性を定めてから書き出そうと思います! 一段落したので今度は体育祭とかかな…?
ここまで面白いと思って頂けた方は、の☆欄から☆を入れて頂けると嬉しいです!
ではまたいつか!!!
義妹と付き合うのを諦めたら、何故か不機嫌になった義妹が転入してきたんだけど?! 〜同い年の義妹はまたたく間に学年一の美女になりました〜 雨ノ日玖作 @kyuta
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