[5-2]小鳥、花宿の話を聞く
「ヴェルクは我々他種族
まずパパはそう切り出して、ヴェルクに語りかけた。
そういえばシャウラ様が前に言ってたっけ。帝国に虐げられた他種族の人達を難民としてシャラールに送り届け保護してもらってるって。
ぼくだって、村を攻め落とされた後はシャラールに保護してもらったもの。
ヴェルクも覚えていたみたい。パパを視線を逸らさずに頷いていた。
「ああ、シャウラから聞いた」
「君たちも知っての通り、シャラールは他種族——特に
「だろうな。他の国は頼れないのか?」
「難しいね。
グラスリードって、皇帝が次の侵略先として考えている国だっけ。
絶滅しちゃうくらい寒いところって、一体どんな場所なんだろう。兄さんが寒いから行きたくないって言ってたのには理由があったんだ。
寒すぎて氷漬けになっちゃうのかな。……いや、いくらなんでもそれはないよね。うん。
「あの島国は永久凍土で有名だもんな」
「前はそうだったよ。近年はそうじゃない、春がくるようになったらしいからね。でも季節が巡るようになってから多少は暖かくなってきたとはいえ、
「そんなに寒いのか」
「そうだよ。私も寒いのが苦手だから絶対に行きたくはないね。それに、シャラールもグラスリードほどではないものの、雪が多く降る地方だ。どちらにせよ、
パパの話を聞いていると思い出す。
雪の降る日はきまって暖炉の前に座って、温かいココアを飲むのが好きだったっけ。冷えないように毛布を二重にして眠った日もあった。
油断すると、嫌というほど必ず、体調を崩したからだ。
「そういえばぼくもシャラールにいた頃は冬になるとよく風邪引いてたかも」
そう言うと、なぜかパパにくすりと笑われた。
なにかおかしなこと言ったかな。
聞き返そうと思ったけど、先にパパは話の続きを始めた。
「とはいえ、保護を請け負ってくれる国家が限られている中で贅沢は言っていられない。けれど私としても帝国に虐げられた子たちには傷ついた心ごと良い環境で過ごしてもらいたい。その解決策として、帝国内でも合法的に他種族の民たちを保護できる場所として考案したのが花の宿プリムラなんだよ」
危ない危ない。あやうく話題をそらしてしまうところだった。
——って、ここで花宿の話が出てくるんだ。
花宿を作ったのは、他種族
「ヴェルクの言う通り、たしかに花宿は普通の宿じゃない。実際問題、多くの
「でも娼館じゃないと言いたいんだろ?」
「うん、そうだよ。実際に指名した相手とできることはそんなにない。せいぜい一緒にお茶をしたり、食事をしたりするだけ。客の就寝時間になると店の規則でスタッフの女性は退室することになっている。あ、でも普通の宿のように食事したり泊まることもできるよ」
ええっと、それってつまり。
おしゃべりしながら、ただ時間を一緒に過ごすだけってこと?
たしかにさっきパパが言っていた言葉の通りだし、危ない要素はどこにもない気がする。
そう思っていたんだけど、ヴェルクはまだ警戒心を緩めてはいなかった。
眉間に皺を寄せたまま、さらに質問を重ねる。
「それで
「もちろん防犯対策もしているよ。一線を越えようとしたり、スタッフの女性に手を出そうとしたら、遠慮なく警備員が拘束し警邏に引き渡すし、店にも出入り禁止にすることになっている。ちなみにこの約定は初めて来店した時に同意書にサインしてもらうんだけどね」
普段は穏やかなのに、パパは勝ち誇ったように微笑んだ。
悪いことをする人はどこにでもいるもんね。
それは帝国でも当たり前だし、パパはそういう悪い人からお店のスタッフさんを守るためにあらかじめ考えて対策を立ててるんだ。すごい。
「想像していたより悪くないだろう?」
「そう、だな。警備の面では徹底していて、少しびっくりした」
言葉の通り、ヴェルクの声はだいぶ落ち着いてきたような感じがする。
険しかった表情がなくなり口もとに手を添えてなにか考え事をしているようだった。
そんな彼にパパはにこりと微笑みかける。
「指名客を取るスタッフは自ら望んでその道を選んだ子たちだよ。強要はしていない。保護をした時にどういう仕事をしたいか必ず本人の希望を聞いている。宿は調理するスタッフやベッドを整えるスタッフも必要だしね。しれに従業員を守るために他種族
さっきまでの笑顔とは一転して、憂いに満ちた表情で深い溜め息をひとつ吐き、パパはそう言った。
そっか。今の花宿は
何人かの
時間の猶予なんてないんだ。
「カーティスの言う通り、早急に花宿は奪還しなくてはいけないな」
険しい顔でヴェルクは頷いた。ぼく以上にヴェルクは事の深刻さを感じているに違いない。
「そうだね、それに宿には殿下の大切な人もいるから。一刻も早く助け出してあげないと」
「えっ、そうなの!?」
しまった、また口が滑って会話に割り込んじゃった。慌てて口を押さえたけど、もう遅いよね。
でもこの部屋にいる誰一人として、ぼくに対して不快な表情をしなかった。みんな優しすぎる。
当の本人——シャウラ様も苦笑するだけで、怒ったりはしなかった。
「ミスティアには言ってなかったからな。それに私情を挟むつもりはない、……と言いたいところだがそうも言ってはいられなくてな。彼女の救出は最優先事項なのだ。それは彼女がローウェルの呪いを解くことができる者だからだ」
「えええっ!?」
うそ、兄さんの呪いを解くことのできる人がこんな近くにいたなんて!
皇帝は無属の
「そんなすごい人が花宿にいるの? その人は偉い
「ミスト、落ち着けって」
テーブルに身を乗り出しているとヴェルクに肩を抱きとめられて席に戻されてしまった。
興奮はしてなかったつもりなんだけど。まあ、多少食い付き気味だったのかもしれない。
兄さんの呪いが解ける手がかりがあるなら、それに縋りたくもなる。
だって、無理だと思ってた兄さんの奪還が今度こそ叶うかもしれない。
シャウラ様はぼくの質問には答えず黙っていた。
天色も鋭い印象の瞳は少し泳いでいる。
もしかして、シャウラ様はまだぼくたちに隠してることがあるのかな。
あくまでもだんまりを貫くシャウラ様に向けて、ヴェルクは口を開いて話しかけた。
「シャウラ、前に言ってたな。お前の言う〝彼女〟は
無属の
「……いや、厳密には魔法使いではないが、彼女、
魔法使いじゃないってどういうことだろう。魔法を使わないと呪いを解くことはできないのに。
ううん、それよりも。
「はすみ……?」
「彼女の名前だよ。殿下が心を込めて送った名前なんだ」
首を傾げていると、パパがそっと声を潜めて教えてくれた。
名前を送ったってどういうことだろう。え、その
「ええっ、どういうことなの」
「まずは落ち着いて聴こうね、ミスティア。きっと殿下がすべて話してくれるから。……そうですよね、殿下」
ショック。そんなに落ち着きないのかな、ぼく。
パパの言葉を受け、シャウラ様はひとつ頷いてくれた。
瞳が少し泳いでいるのは言葉を探しているのかもしれない。
たぶん、シャウラ様は突然大切な人を奪われて動揺しているんだと思う。ぼくだって村を奪われた時はそうだったもの。
パパの言う通り、落ち着いて聴かなくちゃ。
「
「いにしえの竜? 幻想種のドラゴンなら聞いたことはあるけどな。魔物の類か何かか?」
ヴェルクの言葉にシャウラ様は首を横に振った。違うらしい。
「そうじゃない。いにしえの竜とは世界の創生以来
それって——。
思わず口から出そうになった言葉を、寸前のところで引っ込めた。
瞬間的にそうしてしまったのは、シャウラ様が思い詰めたように沈鬱でいて険しいような表情をして、こう告白したからだ。
「いにしえの時代、その能力の高さゆえに
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