[4-10 reverse side]脱獄王子は小鳥の騎士になる(上)
今にも手が届きそうなくらい近くにいるのに。
大切な人を置き去りにせざるを得なかったあの夜から、ずっと頭の中で親父様の声が響いている。
『
* * *
デカいテーブルに上に敷かれた真っ白なテーブルクロス。その上にデカい皿の上に山のように盛られた肉の山。
使っている食器は白地に金の装飾が施された立派なもんだっていうのに、その上にこんもりと盛られた肉、肉、肉。
シュールだ。シュールすぎる。
料理自体は大衆食堂でよく見る、冒険者や傭兵達に人気な定番メニューだ。
小麦粉と溶いた卵をまぶし、たっぷりの油で揚げた甘辛く味付けした肉。まさかお貴族様の家で出てくるとは思っていなかった。
なんでも今日中に引っ越す予定で使用人達が動いていたのもあって、貯蔵庫の中には限られた食材しか残っていなかったらしい。そこでなんとか工夫して出した料理が唐揚げとサラダ、スープだったということらしい。
ただ、カーティスが屋敷内で使っているテーブルは行きつけの大衆食堂とは違ってだだっ広い。だから料理はすべてそれぞれの席の前に一人前の量が置かれている。
ん? それにしちゃ肉が山になってるのはおかしいって?
そうだな、俺もそう思う。実際、俺の分は山になってねえし。フツーの量だ。隣のミストは少食なのかもっと少ねえし、他のみんなも量はそんなに変わらない。
ただ、一人を除いて——。
「君は相変わらず、よく食べるねえ」
グラスに入った水をあおってから、カーティスがのんびりとした声で言った。
群青色の瞳が向ける視線の先は、黒い衣服に身を包んだ長い銀髪を一つに結んだ
「そうですか? あなたの家で出る料理はどれも美味しいですからね」
銀闇の前には揚げた肉が山のように盛られている。満面の笑みを浮かべながら、それをフォークで突き刺し、ひょいひょいと口へ運び食べていくさまは、やっぱりシュールだった。
隣に置かれている卵スープの器だって俺やミストのよりひと回り以上大きい。
二人前……、いや、三人前くらいか。
俺より細いくせして、ほんとよく食べるな。どこに入ってるんだ。脳筋のジェラルドよりも食ってる気がする。
「そりゃあ、素材の良いものを使っているからね。食事は楽しみの一つだし、こだわりたいじゃないか」
「ふふっ、そうですね。最近特に羽振りがいいんじゃないですか。前に来た時より、館がさらに一棟増築されていますよね?」
「早速探検しに行ったのかい? 油断ならないなあ。そうなんだよ、新たに始めた事業が順調でね——」
どこから突っ込んだらいいのやら。
いや、突っ込んだところで素直に教えてくれるかもわからねえけど。
顔を合わせた時から、目線や言葉の端々からこいつらが初対面じゃない気はしていた。
怪盗のくせに白昼堂々と姿を現し、こっちから頼んでもねえのに見張りの仕事まで請け負っている。
本名はジェイスというらしい。ミストが知っていたということは、自ら名乗ったということだ。
目的はもう果たしたし、フランが娘だっていうのも本当だろう。しかし、何がしたいのかわからねえ。
だが、こいつは間違いなくこの屋敷内にいる誰よりも強い。
言葉通り喰ってねえ
さらに、
「パパとジェイスは知り合いなのか?」
卵スープを飲みながら、ミストが突然尋ねた。
さすがに娘のように可愛がるミストから聞かれたら、いくら狸でも素直になるらしい。カーティスはにこにこ笑いながら答えた。
「そうなんだよ。仕事上の付き合いでね」
「仕事上?」
「このお方は王城の文官という仕事をしていますが、その裏であらゆる事業を展開させている商売人の顔を持っているのですよ」
なんだそりゃ。
そんなのありか? 貴族的にはオーケーなのか、それ。
シャウラに視線を向ければ無言で肉を食べていた。皇族様が庶民料理、しかも揚げ肉を食うとか珍しすぎる絵だ。
文句の一つも言わねえっつーことは、シャウラも知ってたんだろうな。
肉の山が三分の一くらい減らしてから、銀闇は笑みを浮かべたまま続ける。
「この方の力はすごいですよ。市場のルートを幾つも押さえているばかりか、闇市にまで影響を与えています。人脈も多いから情報がすぐ彼のもとに集まってくる。私も盗品を売ってお金にするのにお世話になっていましてね。そういう仕事上の知り合いなんですよ」
「そうなんだ……」
あー、だから裏界隈にも詳しいわけだな。
銀闇が裏組織の幹部だったことを皇族のシャウラがなんで知ってるんだと思っていたが、カーティスからの情報だったってワケだ。
やけに客室が風呂トイレ付きで豪華なベッドなのも、質の良い食事も、もしかして商売で儲かっているからだったのかもな。カーティスはいわゆる、レジスタンス活動している他種族
「もうっ、パパ! サラダ全然減ってないじゃない。ちゃんと食べなきゃダメでしょ」
銀闇の隣でフランがピシャリと言い放つ。
肉やスープのほかに、色とりどりのサラダもだいぶ前に運ばれてきていた。
レタスやトマト、あとカラーピーマンなどの色鮮やかな野菜をふんだんに使った贅沢な一品だ。ドレッシングも甘酢っぱくめちゃくちゃうまくて、ミストはすでにぜんぶ平らげていた。
「いいじゃないですか。ここは家ではないんですから。せっかくご馳走になるなら、好きなものを好きなだけ食べたいでしょう?」
「だーめ、お肉ばっかり食べてたら栄養バランス悪すぎでしょっ! そんなんだから、ママが野菜料理作って待ち構えてるんだよ?」
「彼女にも困ったものですよね。野菜を食べれば健康になるというわけじゃないでしょうに」
「パパが外でお肉ばかりドカ食いしてくるからでしょ? どうせ外では野菜なんて食べてないだろうし、今度パパが帰ってきたらサボテンステーキ作るって、ママ言ってたよ」
「え、それはちょっと……。しばらく帰るのやめようかな」
顎に手をやってマジな顔で考え始めるあたり、相当の野菜嫌いだな。
つーか、そろそろ帰ってやれよ。よくわかんねえけど、一週間も帰ってねえんだったら相当心配してるだろ。
——と、思いはするものの、口にするのはためらわれる。
ミストはともかく俺は銀闇とは会ったばかりだし、そこまで親しくもねえ。印象だって最悪だし。助けたんなら、さっさとミストを返せっての。
それに。
「ジェイス、野菜苦手なんだ。もったいないなあ。このサラダ、すごくおいしいのに」
スプーンでスープをすくい、口に運ぶミスト。薄紫色の羽根をふくらませて幸せそうに微笑む彼女を、今度こそ守ってやりたい。
だからこそ彼女に自分の想いを伝えて、はいお仕舞いというわけにはいかない。
身体を休ませなければいけないのは十分にわかっているが、俺にはまだやるべきことがある。
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