[4-9]小鳥、怪盗の言い分を聞く
美しい微笑みと鋭い眼光が挑発的だった。そんなジェイスの瞳を、シャウラ様は挑むように見返す。なんて答えるつもりなんだろう。
心が落ち着かない。差し出せるものがないからって、ぼくを返却したりはしないよね。たぶん。
「どういうことだい、銀闇」
はじめに言葉を返したのはシャウラ様ではなく、パパだった。
うっすらと隈ができた目で鋭くジェイスを睨みつける。
「ふふっ、過程はどうあれ魔王様の手から小鳥の姫君を盗み出したのは私です。その宝を譲ろうというのですから、対価を要求するのは当然でしょう?」
ふいに腕を引かれ、肩を抱き寄せられる。見上げるとヴェルクはぼくに視線を合わせず、でもしっかりと抱いたまま、まっすぐジェイスを睨みつけていた。
パパだけじゃなく、ヴェルクにとってもジェイスに対する印象はあまり良くないって感じだ。
おかしいな。助けてくれたのは、間違いなくジェイスなのに。
狐の
その仕草や言葉には善意しか感じられなかった、と思うんだけど。
「……銀闇、おまえは何が欲しい?」
「そうですね。私が要求するのはたった一つ。あなた方他種族
「——は?」
ぽかんと口を開けたのはシャウラ様だけじゃなかった。
パパもヴェルクも、目を丸くして驚いてる。
「私も天井裏で
腕を組んだジェイスの、金色の瞳に剣呑な光が宿る。
まるで鋭く研いだナイフのように、鈍くて冷たい輝きを持っていた。
「大事な娘をあずけているんです。今回は助けてあげましたが、次はありません。失敗はもう二度と許されませんよ」
身体に緊張が走り、思わず指先を握りこんだ。肌がピリピリしている。
やわらかかった印象がかき消えて、今のジェイスからは刃のような殺気しか感じられなかった。笑っているのに、全然笑っていない。その気になれば首を掻っ切られそうな感覚。
まるで別人みたい。
「それが君の要求かい?」
パパがこわばった顔で尋ねた。
氷のような冷たい表情から一変し、ジェイスはいつものようににこりと笑う。
「ええ、そうですよ。これでも皇太子殿下には期待しているんです。今は
「銀闇……、お前、まさか俺様が皇帝になっても城まで盗みにくるつもりなのか」
「ええ、もちろん。いけませんか?」
きれいな微笑みを浮かべ、ジェイスは堂々としている。有無を言わせないって感じだった。
やっぱり、いけないんじゃないかな。でもだからって止める手段もないような……。皇帝でさえジェイスの動きは止められなかったわけだし。
「分かった。その要求は受け入れよう」
「ふふっ、楽しみにしていますよ」
結局は苦い顔のままシャウラ様が頷いた。
ジェイスが姿を現してから、シャウラ様は表情がこわばったままだ。もしかすると、ジェイスのことが苦手なのかもしれない。
「とりあえず、今日は休もうか。予定では昼から新たな拠点に移動するつもりだったけど、ミスティアも戻ってきたばかりだ。なるべく休ませてあげたいんだけど、殿下、どうかな?」
「そうだな。
パパもシャウラ様も頷きあっているけど、その目の下には隈ができているのが、ただただ申し訳ない。
夢見は悪かったものの、昨夜はぐっすりお昼まで寝てましたなんて言えない雰囲気だ。お昼ご飯もしっかり食べてきた。
ぼくって、神経が図太いんだろうか。
よく見たら、ヴェルクも目の下に隈ができてる。シャウラ様もパパも疲れ切っている。
むしろぼくよりも、まずみんなが休んだ方がいいような気がするよ。
「仕方ないですね。今夜は私が屋敷の周辺の見張りをしてあげますよ」
「なにが仕方ないのかわからないけど、それは助かるよ。じゃあ、君の分の食事も用意させようかね」
「ありがとうございます。あまり野菜は入れないでくださいね」
「君は相変わらずだよねえ。分かった。野菜は少なめに、と言いつけておくよ」
ジェイスって、野菜が苦手なのかな。野菜おいしいのに。もったいない。
くすくすとおかしそうに笑いながら、パパは頷いていた。もしかして、ジェイスとは付き合いが長かったりするのかな。
屋敷の人たちに連絡するためなのか、くるりときびすを返して、パパは部屋を出て行ってしまった。
シャウラ様も夕飯時になるまで自室にこもるみたい。いつの間にかいなくなっていた。
「もうっ、パパ! ちゃんと元気なら元気だって連絡してよ。一週間帰ってこないって、ママがすごく心配してたんだから」
ずんずんと早足で近づいてきて、フランが細い眉を吊り上げた。
でも怒るには無理もないけど。一週間も帰ってないなんて、怒られても仕方ない気がする。
「連絡したいのはやまやまだったのですが、私は風魔法が使えないので連絡のしようがなかったんですよ。それに頻繁に家に帰ったらカイの身が危なくなるでしょう? これでもあなたのことを心配してたんですよ?」
「そりゃ心配はかけたかも、しれないけど。……で、でもっ、あんな登場の仕方しなくていいじゃない。もう恥ずかしすぎる! ミスティアに変なこと言ってないよね!? ああっ、でもさっき恥ずかしい呼び方してた! ほんと信じられないっ」
「フラン、落ち着いて!?」
文字通り頭抱えてフランがうずくまっている。なんとかなだめようと思ってたけど、かなり興奮しているらしく、ぼくの声が届いてないような気がする。
改めてジェイスとフランは
父親が現れたのにやけに静かだな、と思っていたんだ。パニックしかかっているのかも。
「そりゃ、自分の父親があんな
たしかに。ヴェルクの言う通りかもしれない。当事者のぼくもむず痒いというか、恥ずかしかったもん。
城での出来事は、この調子だったらあまりフランには言わない方がいいな。ぼくの心の中にしまっておくことにしよう。
「それに殿下に対してあんな言い方ないわよ。あたしは好きで従者としてそばにいるの! 怪盗の娘としてじゃなく、ただのフランとしてお仕えしてるんだから」
「分かっていますよ。だから、応援してるんじゃないですか」
「だからって、近くで見守りすぎっ! 小さい頃はもっと放任主義だったくせに。パパがこんなに過保護になるなんて思わなかった。……まあ、でも」
鋭かったヘーゼル色の薄い瞳が、一瞬で柔らかくなった。
背の高いジェイスをフランは見上げ、ふわりと微笑む。
「ミスティアを助けてくれてありがとう。ほんとうに、助かったの」
声がふるえていた。大きく揺れた瞳は今にも泣き出しそうで。
すごく心配を、負担をかけていたんだと思い知る。
「どういたしまして」
ジェイスが顔を綻ばせる。
その表情は今まで見たどんな微笑みよりもすごく嬉しそうで、砂糖みたいにとろけそうだった。
やっぱりジェイスがぼくを助けてくれたのは、フランを大切に想っていたからじゃないのかな。
どんなに言葉を操り他人に取り繕っても、結局のところ、彼の本音はシンプルだ。
家族だもん。ジェイスもフランも、互いを想い合っているはずだ。
微笑みあう父と娘を見ていて、ぼくはそう確信したのだった。
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