[4-5 reverse side]脱獄王子は情報を集める(下)

「何だと……?」


 シャウラの細い眉がピクリと動く。


 昨夜までの俺だったら、フランの言葉に何も感じなかったに違いない。

 だが、今は違う。この子の両親は裏界隈の者だと、シャウラから聞かされていたからだ。


「フラン、それは確かなのかい?」


 カーティスまで立ち上がってフランに問いかける。真顔になっているあたり、こいつもフランの両親のことは知ってるんだろうな。


「だって、ママから手紙が来たんだもん! あたしのことが心配だからちょっと様子を見てくるって、出かけたんだって。あれから一週間、一度も家に帰ってないらしくて……」


 潤んだ瞳から涙の粒がついにこぼれた。

 無理もねえ。シャウラも言ってたように、見てくれはまだ子どもだ。父親が行方知れずと聞けば不安にもなるだろう。可哀想に。


 ——そう、俺は思ってたんだが、大人二人はどうやら違ったらしい。


 特にシャウラは苦虫を噛み潰したような顔をして、口を開いた。


「様子を見てくる、か……。銀闇は俺様とフランの前には一度も顔を見せてはいない。だとすると、奴め、さては城に潜んでいたな」

「あり得るねぇ。まずいよ、殿下。昨夜の襲撃のことも、彼ならたぶん把握しているだろう」


 カーティスまで神妙な顔をし始めた。

 訳が分からない。その、ギンヤミっていうのが、フランの父親の名なんだろうか。


「どういうことだ? しばらく帰ってないんだったら、心配だろ。シャウラもカーティスも、その銀闇ってやつが心配じゃないのかよ」


 フランは今にも泣き出しそうな顔をしているっていうのに、この二人は親身になって聞いているそぶりも見せねえ。ずいぶんと冷たい態度だ。

 すると、シャウラはカーティスと目配せしてから、あま色の瞳を向けてきた。


「フラン、奴の安否なら心配は無用だ。この場にいる誰よりも実力の高い魔族ジェマだからな。ヴェルク、お前は帝国に出没する怪盗の話を聞いたことはあるか?」

「まあ、一応は。あれだろ、主に王族や貴族を標的にして金品や宝石、魔術道具マジックツールを奪う泥棒猫、だっけ。でもその怪盗はリンクスアイズっつー名前だったと思うけど」

「へえ、よく知っているねえ」

「シャラールの酒場で聞いたんだよ」


 酒場という場所は情報収集や交換には打って付けだ。

 大陸に来てからは主に傭兵稼業で生計を立てていた俺は、よく出入りして知り合いを増やし、仕事を斡旋してもらったりしてたんだよな。


「その怪盗リンクスアイズがフランの父親なのだ」

「え」


 フランに視線をめぐらせると、彼女はこくこくと頷いていた。どうやら本当らしい。


「でもさっき、銀闇って言ってなかったか?」

「それ、パパの二つ名なの。ニックネームみたいなものね。結婚する前、パパはある大きな闇組織の幹部だったらしくてね、あたしには言えないような悪いことをたくさんしていたらしいのよ。当時の人達はみんなパパを怖がってこう読んだらしいわ。——〝銀闇〟と」


 涙を拭って、フランが答えてくれた。

 おいおい、娘にばっちりバレてんじゃねえか。思っていた以上に、フランの父親はガッツリ裏界隈に足を突っ込んでいる奴だったってわけか。


「まあ、それも昔の話よ。皇帝陛下に組織の帝国支部を潰されてから、ママと出会って結婚したんだって。今はなんで怪盗の仕事してるか分かんないけど、たぶん皇帝陛下への当て付けなんじゃないかなあって思ってる。パパって黒豹の元獣人族ナーウェアなの。ほら、結婚したら一度だけ相手と同じ種族に変えられるチャンスを種族王にもらえるでしょ。パパはママと結婚して魔族ジェマになったのよ。だから、どっちかって言うと皇帝の味方じゃないのは、たしかなんだけど……」


 細い指を顎に当てて考える仕草をした後、フランはシャウラに向き直った。


「ねえ、殿下。まだ城内に潜伏しているんだとしたら、パパはミスティアを助けるつもりなのかしら」

「それはないだろう。銀闇は昔から子供嫌いと女嫌いで有名だ。奴はお人好しの性格じゃあない。万が一、ミスティアを助けたとしても、その代価を要求してくるはずだ」

「それもそうよねえ。パパってば、なんでか殿下に対しては厳しい評価だし」

「はははは……、はあっ。そうだな」


 シャウラが肩を落としてため息をついている。銀闇の名前を聞いただけでいい顔をしなかったのはこのせいか。


「フラン、とりあえず銀闇は大丈夫だと思うよ。彼は賢いし、なにより慎重だ。誰よりも器用に立ち回るし、無茶はしない。極力皇帝との接触も避けるだろう。危険な真似はまず冒さないんじゃないかな」

「……ん、ありがと、オルタンシア卿。もうパパってば、ママを心配させて。お城にいるんだったら、いっそのことミスティアを助けてくれればいいのに」


 フランは不機嫌そうに頬を膨らませている。その表情や仕草が年相応で、微笑ましく感じた。親が権力や高い立場にいた人物だと、なにかと苦労するのは同じなのかもしれないな。


 銀闇は今も、あの王城に潜んでいるんだろうか。

 娘のフランはもう無事に逃げ出しているというのに、城の中で何をやっているんだか。


 ミストを助けてくれればいいのに、か。


 娘としての気持ちは分からなくもないが、そんな簡単に助け出されては俺の立場がない。ミストはこの手で、今度こそ助け出したい。

 まだ告白の返事だってしていないんだ。

 もしかすると、返事なんて期待してないかもしれねえけど。


「さて、私は一足先に拠点先へ行って、向こうの者達と連絡を取ってくるよ。殿下はどうする?」

「そうだな。ひとまず持っていける荷物をまとめて、お前が戻り次第すぐにでも動けるようにしておこう」


 カーティスとシャウラのその言葉で、一旦は解散になった。

 もう一度集まるのは昼頃になるらしい。


 帝国には来たばかりだし荷物なんて少ねえけど、使わせてもらった部屋くらい掃除しておくか。

 本音を言えばすぐにでもミストを助けに行きたい。だが、助け出すためにはどうあったって、あいつの兄貴ローウェルが立ちはだかる。

 操られているローウェルをどうにかするには、呪いを解くことができる魔術師ウィザードがどうしても必要だ。ここはシャウラ達と拠点先に行って、その魔術師ウィザードと合流した方がいい。


「ヴェルク」


 部屋に入ろうとしたら、シャウラに呼び止められた。振り返ると、折りたたんだ紙を持っていた。


「何だ?」

「昨夜、これを作っておいた。おそらく、再び城に乗り込む時に必要になるだろう。持っておけ」


 受け取って丁寧に開いてみると、それは見取り図のようだった。細かい部分まで正確に描かれており、丁寧な文字で説明書きまで載せられていた。

 一階や二階はともかく、上階の配置は記憶に新しい。

 もしかしなくても、これは王城の見取り図なんじゃないのか。


「これって、城の……」

「ああ、王城の見取り図だ。王族にしか知られていない裏道まで書いてあるぞ。身動きが取れないのはもどかしいだろう。お前には先に渡しておくから、昼までにやることがなければそれを確認しておくといい。俺様達の中では、監獄島バイファル育ちのお前が一番実戦経験があるだろうしな」


 見取り図から顔を上げると、シャウラは笑っていた。

 つった目を和ませた表情は、普段の凄みのある雰囲気とはほど遠くて不思議な気分になる。初めて顔を合わせた時は警戒せざるを得ないくらいに威圧的に感じたのに。


 なんで眠れなかったんだろうと思ってたが、コレを作成していたからだったのか。なんか気ぃ遣わせちまったな。


「ありがとな、シャウラ」

「いや。今、俺様にはこれくらいしかお前にしてやれることはない。だが、必ずミスティアは取り戻す。時が来れば、すぐに動くつもりだ」

「ああ。今度こそ、俺がミストを守ってやらねえと」


 シャウラの言葉に強く頷く。

 いつまでも塞ぎ込んではいられない。今もミストは魔族ジェマだらけのあの城で一人震えているかもしれねえんだ。泣き言なんか言っていられるか。


 部屋を掃除したら、早速見取り図を確認してみよう。

 いくつかの侵入ルートを考えておけば、いずれ必ず役に立つ。


 待ってろよ、ミスト。絶対に、お前を助けに行くから。

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