[4-5 reverse side]脱獄王子は情報を集める(上)

 カーテンを開けっ放しにしていた窓が白み始め、早くに起き出した鳥達が歌い始める。

 横になっているのもいい加減飽きてきた。

 起き上がり、ぼんやりとした頭を振る。


 一睡もできなかった。

 胃の中に石が沈んでいるような重さだ。軽い頭痛もしたが泣き言なんか言ってる場合じゃねえ。

 いい加減に気持ちを切り替えねえと。

 

 手のひらで頬を打ち付けて、気合いを入れる。

 ミストが魔王に囚われてしまった以上、絶対に助けてやらないといけない。一日も早くだ。


 顔を洗い、髪をひとつに紐で結んだ。身支度を整えながら考える。


 なにかを成すにはまず情報を集めることが鉄則だというのが、お袋の教えだ。


 俺の故郷である監獄島は、第一級犯罪者が世界中の国から送られ続けている。法のない閉じられたあの世界で自由に暮らしていくためには、人脈と己の実力を周りの奴らに知らしめなくちゃいけない。縄張り争いが起こるのは日常茶飯事だし、島民はみな、実力主義者だ。

 見た目は細くて俺よりも小せえのに、お袋は多くの人脈と高い実力、そのどちらも手にしていた。ひ弱な親父様を養えるほどに部下も金も多く持っていて、なにより腕っぷしが強かった。

 ガキの頃から、お袋から戦い方を徹底的に叩き込まれた。強くねえと、監獄島では生きてはいけない。


 お袋の教えは、いつだって間違っていなかった。

 昨夜の王城襲撃が失敗したのは、情報が足りなかったからだ。自分の勘を読み違えたってのもあるけど。


 今は少しでも情報が欲しい。シャウラに言えばなにか教えてくれるだろうか。

 すぐにでもまた城に向かいたい気持ちはある。だが、気持ちだけで動いたって、何もできやしない。醜態をさらすだけだ。


「よし」


 考えはまとまった。

 カーティスにも色々聞いてみるか。昨日の今日で正直顔を合わせづらいが、今のところ一番の情報通はあの狸野郎っぽいし。


 壁に立てかけてあった愛剣を取り、俺は部屋を出ようとドアノブに触れようとした。その寸前——。

 くるりとひとりでに回り、扉が開いた。


 続けて俺の目に飛び込んできたのは、まだ記憶に新しい、黒髪をオールバックにした大男。


「おはよう、ヴェルク。気持ちのいい朝だな! 昨夜は、眠れなかったか?」

「ジェ、ジェラルド?」


 黒い皮膜のワイバーン姿が、まだ印象に強く残っている。引き締まった筋肉を身に包んだ魔族ジェマらしかぬこの男は、たぶん無自覚で圧力をかけているのだろう。

 ジェラルド=ヴァイオレットという人物は、俺の中での第一印象は最悪だ。

 たぶん、こいつは俺が思っている以上にめちゃくちゃ強い。皇帝が警戒してたくらいだし。

 腕の立つ面で言えばシャウラも強いと思うけど、あいつは皇太子だし理性も強い。落ち着いて話し合える相手だ。

 だが、ジェラルドはそうじゃない。

 思い込みの激しいタイプで、なにも考えちゃいない。下手したら会話にすらできずに終わっちまう。おまけに巨大なワイバーンに変身できるワーム魔族ジェマはブレス吐いて攻撃してくるという。とても物理的に勝てる気がしねえ。


「さあ、最悪とも言える一夜は明けたぞ! 共に征こうではないか」


 ぐいっと強く腕を引っ張られる。痛えんだけど。


「行くって、どこにだよ」

「魔王の居城に決まっているだろう! 姫を助けにお前も出立するつもりなのだろう!? 己の武器を手にしているではないか!」

「いや、これは別にそういう意味で持っているわけじゃなくてだな……」


 帯剣するのはフツーだろ。いつ何時襲われるかも分かんねえだし。それとも大陸では違うのか?

 だめだ。まるで話が通じねえ。


 腕を掴んだまま、ジェラルドは俺を部屋から引きずり出す。

 思いっきり抵抗してるから別にされるがままってワケじゃねえけど、人間族フェルヴァーの俺に負けねえくれえの馬鹿力だコイツ。皇帝が脳筋って言うのも頷けるわ。


 強引すぎる。ろくに話を聞きやしねえ。

 シャウラの奴、よく今までこいつを仲間として御していられたな。軽く尊敬すらしてきたんだが。


「ジェラルド、朝っぱらからなに他人様に迷惑かけてんだよっ」


 腰に手を当て仁王立ちする人影ひとつ。

 その隣で腕組みをして立ってんのはシャウラだな。青い髪だし。


「迷惑などかけていないぞ、アーク。今から姫を救出しに魔王のもとへ殴り込みに行くのだ」

「そんな勝手なことしちゃダメだろ!? 昨日の夜、奪還作戦立てる前にとりあえず拠点を移す話だったじゃん。場所移すのに時間も体力も必要なんだから、勝手な行動はダメだよ。大体ヴェルクだって嫌がってるだろ」

「アークの言う通りだ、ジェラルド。まったく、おまえというやつは油断も隙もあったものじゃない。まずは食事だ。それから後のことは考えよう」


 朝早い時間に二人そろって俺の部屋の近くまで来たってことは、こうなる事態を予想してたのかもしれない。

 二人の皇子に散々畳みかけられて少しは反省……まではしなくても、納得くらいはしただろうか。

 ちらっとジェラルドの顔を見上げてみたら、こいつときたら不満げな顔で口をへの字にしていた。そんなに行きたいのかよ、魔王の居城。


「しかしだな、ぐずぐずしていると救えるものも救えなくなるだろう!?」

「考えなしで突っ込んだって結果は同じだよ! だから単独行動禁止!! もうっ、聞き分けないんだったら、朝の鍛錬もう付き合ってやんないからな!?」

「何!? ……むぅ。分かった」


 すげえな、アクイラ皇子。ついにジェラルドを黙り込ませやがった。

 聞き分けのない親父を言い聞かせる息子みたいな構図だ。一貴族と皇子っていう関係には見えねえ。


「ごめんな、ヴェルク。ジェラルドも悪気はないんだ。許してやって」

「いや、別に何をされたわけじゃねえし……」


 昨日初めて会ったのは夜だったせいか、こうして明るい時間に向き直ってみればアクイラ皇子はシャウラとは真逆のタイプのようだった。

 つり目がちなのは似てるかもしれねえが、一見厳格そうなシャウラと違ってどこか人懐っこい雰囲気だ。言葉がそんなにお堅くないのはジェラルドのもとにいたせいかもしれねえけど。


「食欲はないかもしれないが、なるべく食べやすそうなものを作ってもらった。ヴェルクも食堂に来い」

「あ、ああ」


 今のところ、本当の意味で俺の気持ちをおもんばかってくれてんのはシャウラなのかもしれない。

 近くで顔を合わせると、目の下にうっすらと隈ができていた。もしかして、シャウラも眠れなかったんだろうか。


「さっきも言った通り、これからのことを考えよう。なに悪いことばかりじゃない、朗報もあるぞ」

「朗報?」


 聞き返すと、シャウラは形のいい唇を引き上げた。機嫌の良さそうな顔だ。


「皇帝がローウェルにかけた呪いの正体がわかったんだ」




 ◇ ◆ ◇




 

「プラント・アニメート?」


 軽い朝食の後、早速話題は呪いの正体へと移った。こっちが聞く前に真っ先に切り出してきたあたり、カーティスとしても情報を共有しておきたかったらしい。

 聞き慣れない言葉をそのまま口にすると、カーティスは笑った顔のまま頷いた。

 いつもと変わらなくへらへら笑ってはいるが、シャウラと同じくこいつの目の下にもうっすら隈ができている。もしかすると徹夜で調査していたのかもしれない。


「そうだよ。専門外だから調べるのに手間取ってしまったんだけどね、【我の植物人形プラント・アニメート】は土に属する高位魔法なんだ」


 そういやカーティスってもともとは翼族ザナリールだったんだっけ。

 身体のつくりによって個人の属性は決まってくるらしいが、自分の翼で空を飛ぶだけあって翼族ザナリールはきまって風属性なんだとか。だとすると、多くの魔法系統が扱える精霊使いエレメンタルマスターとはいえ、カーティスに土属性の魔法は使えない。風の反属性って土だもんな。


「俺、あんまり魔法には詳しくねえんだけど……」

人間族フェルヴァーは特にそうかもしれないね。【我の植物人形プラント・アニメート】という魔法はね、人の身体に魔法性の植物の種を埋め込んで操る呪い魔法だ。ただ、操られてはいても発言権までは奪われない。そういう点で言えば、皇帝陛下相手に好き勝手言い放題だったという殿下の証言と一致するしね。ただ、わかったところで解呪の方法が厄介なんだ」

「どういうことだよ」


 白い陶器のカップもそろそろ見慣れてきた。紅茶が注がれたそれを口につけてから、カーティスは群青色の瞳を伏せた。


「【我の植物人形プラント・アニメート】はかなり力の強い魔法でね、これほどの技量の高い呪いを覆すには無属性の高位魔法【無効化命令ディスペル・オーダー】をかけるしかないんだよ」

「なんだと!? 無属って、あれだろ。国に一人いるかいないかと言われてるくらい、希少レアな属性じゃねえか。しかも技量の高い魔術師を探すと言っても——」


 そんなの不可能に近い。


 無属の奴らは総じて魔族ジェマどもに狙われてやすいんだ。なぜなら、無属の者を食らえば永遠の命が得られるっつー迷信を、未だに信じている奴らが多いから。

 そのせいで大抵はしっかりとした国家に保護されている場合が多い。俺みたいな一般人にはまずお目にかかれねえってわけだ。それを、しかも皇帝並みの無属の魔術師を探すなんて、絶対に無理だろ。


「ああ、その件なら心配するな、ヴェルク。俺様の知り合いに、解呪が得意な者がいるんだ。だからローの呪いに関してはなんとかなる」

「シャウラ、マジかよ!?」


 すげえ人脈だな。

 無属の知り合いがいるってことだよな。今ここにいないってことは、シャウラが保護しているのかもしれない。


「それで、殿下。今日中にでも拠点を移した方がいいと思うんだけど」

「俺様としても同意見だ。すぐにでも準備を——」

「大変っ、大変なの殿下!!」


 カーティスとシャウラの会話を遮ったのは、リビングルームに飛び込んできたフランだった。

 朝食のあと見かけなくなったと思ってたが、今までになく血相を変えてシャウラに駆け寄っている。その小さな手には、折りたたみ線が入った便箋らしきものと封筒が握られていた。


「どうしたのだ、フラン。落ち着け。おまえらしくもない」

「どうしたもこうしたもないわよ。だって、パパが、パパが……っ」


 大きなヘーゼル色の瞳を大きく揺らし、フランは悲壮な顔で叫んだ。


「パパが一週間前から家に帰ってないの!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る