[3-4]小鳥、伝承を学ぶ
「どうしてぼくもついて行っちゃだめなの!?」
兄さんの奪還作戦に参加しちゃいけないと言われて、ぼくは思わずシャウラ様に抗議した。
危険な目に遭ってでも皇帝の居城があるこの帝都まで、やっとたどり着いたんだ。
それなのに、作戦の参加は認められないだなんてひどすぎる。
「さっきも言ったように、マグノリア卿が狙っているのはミスティア、おまえなんだ。奴は
「安全な場所って……、このお屋敷でみんなが帰ってくるのを待ってろってこと?」
シャウラ様でも敵わないくらいの強い皇帝を相手にして、しかも兄さんを奪還するんだ。簡単にやり遂げられることじゃないことはぼくでもわかる。
ヴェルクも、きっと従者のフランもついて行くだろうし、みんなきっと危険に直面する。
それなのにぼくは安全な場所で、ただ待ってるだけだなんて。そんなの納得いかない!
「シャウラ、少しはミストの意志を尊重してやれよ」
からだの中を駆け巡るいらだつ気持ちが、ヴェルクのたった一言で、すぅっと凪いでいった。
鉛みたいに重かった心が羽のように軽くなる。
「お前はミストに安全な場所にいろって言うけど、今の時代に安全な場所なんてどこにもないぜ? ミストの兄貴だって安全なこの屋敷にとどまっていたのに、突然奪われる羽目になったんだろ」
「それはそうだが……」
「みんなで城に乗り込むなら、俺達がいない間、この屋敷はガラ空きになる。当然戦力が分散するし、警備だって万全ってワケじゃなくなるだろ。その隙を付いて屋敷が襲われたらひとたまりもねえよ。それなら連れて行って行動を共にすれば俺が守ってやれる」
そうだ、安全な場所なんてどこにもない。
今ここにいる場所が帝国領内ならなおさら、どこに行ったって危険なんだ。
「ミストはどうしたいんだ?」
「——えっ」
宝石みたいにきらめく紫色の目がぼくを見る。
形のいい唇を引き上げて、ヴェルクは微笑んでくれた。
狼みたいに鋭い目が、まばたきひとつでやわらかくなる。とくんと胸が高鳴った。
「ここで待ってるか、俺と一緒に城に乗り込むか。ミストはどうする? おまえの好きな方を選んでいいんだぜ」
初めて会った時、ヴェルクはぼくを捕まえようとした青い髪の
それなのに、こうしてぼくの気持ちを聞いてくれる。
誰かを守りながら戦うことは、そんなに簡単なことじゃないのに。
ヴェルクの優しさに胸があたたかくなる。
すごく、安心する。
「ぼくは一緒に行きたい。一緒に行って、この手で兄さんを取り戻したいんだ」
難しいことはわからないけど、ぼくは何もできないほど無力じゃない。
短刀や弓を扱えるし、戦う術なら持っている。兄さんの言うことがほんとうなら、幸運の精霊だって付いているんだ。
きっと、足手まといにはならない。
「おまえたちの言いたいことは分かるが、俺としては賛成できない。王城内にいる
「あたし?」
急に水を向けられてびっくりしたのか、フランはきょとんとした顔でぼくたちを見た。
少しの間を置いたあと、真剣な顔で彼女が語った内容は、ぼくにとっては意外なものだった。
「たしかに不安は残るけど、連れて行った方がいいと思う。殿下も知っているように、あたしにも兄がいるわ。父と違ってすごく頼りないけど、大切な家族だもん。あたしだったら、やっぱり自分の手で取り戻したいって思うわよ」
「フラン……」
「だから、あたしはミスティアを応援するわ。大丈夫、あなたのことを守ってくれる人はちゃーんと隣にいるんだから」
フランの笑みに、うなずいて応えた。
優しい心遣いがとてもうれしい。
「フランまでそう言うのか。うむ、しかしなあ……」
「殿下、私もミスティアは連れて行っても構わないと思うよ」
意外にも、カーティスまでぼくの肩を持ってくれた。
腕を組んで、群青色の両目を細め真剣な表情をしている。顔を合わせた時みたいにふざけてるわけじゃないみたい。
「おまえのことだ。何か考えでもあるのか?」
「もちろん。本題に入る前に一応聞いてもいいかな。ヴェルクとミスティア、きみたちは仲が良いのかい?」
「ええっ!?」
真面目な顔で、なんでいきなりそんなこと聞かれなきゃいけないの!?
「えっと、それは……っ」
どうしよう。なんて答えたらいいの。
仲良しですって答えちゃってもいいのかな!?
少なくとも険悪な仲ではないんだし。でも仲が良いなんて言っちゃったら、ヴェルクが困ったりしないだろうか。
そうだ。ヴェルクはぼくのこと、どう思っているんだろう。
隣に座る彼の顔を見て、ぼくは肩が跳ね上がりそうなくらいびっくりしてしまった。
どうしてなのかわかんないけど、ヴェルクがまるで獲物を狙う狼みたいな鋭い目つきでカーティスを睨んでいたからだ。
ふいに、ぐいっと彼の力強い腕に肩を抱き寄せられる。
「仲良しだぜ? なにか文句でもあるのか」
からだに触れたヴェルクの体温が、衣服を通して伝わってくる。
ちょっと、恥ずかしい、かも。
でもヴェルクは口を引き結んだままむすっとしてるし、離れたいなんて言えるような雰囲気じゃない。
ヴェルクってば、どうしちゃったんだろ。
黒いオーラが見えそうなくらい、剣呑な雰囲気で、話しかけにくい感じ。いきなり抱き付いたりしたから、やっぱりヴェルクもカーティスのことは警戒してるのかな。
カーティスはどんなに睨み付けられても、怯まなかった。
ぼくとヴェルクを見たあと、微笑みを浮かべた。
「それなら二人は一緒にいなさい。そんなに
「どういうことだ?」
いや、それよりカーティスの言ってる意味がわかんない。ヴェルクと一緒にいた方がいいってこと、だよね。
「殿下は
「まあ、一応は」
「それって、ウィリルソフィアさまのこと?」
しまった。大事な話の途中なのに、つい気になって口を挟んじゃった。
だけどカーティスは嫌な顔をせずに、ぼくの質問に頷いて答えてくれた。
「そうだよ、ミスティア。
「そう、なんだ。でもそれがぼくたちにどういう関係があるんだ?」
この世界に六つの種族が存在するように、種族王も六人いると言われいる。
なんでも特別な力を持っていて、普段は世界を管理するための手伝いをしているんだって。
王さま同士が仲良しなのはいいことだよな、うん。
「もちろん関係はあるよ。
「そっか、そうだったんだ」
子どもの頃から、兄さんはよく
ピンチの時になったら、力強い剣を振るって助けに来てくれる
兄さんの話は単なるお伽話みたいなものじゃなくて、ちゃんと根拠があるものだったんだ。
「そこでヴェルク、きみには言っておきたいことがあるんだ」
「なんだよ」
カーティスに対するヴェルクの言葉は、まだ刺々しい。
腕の力だって緩むどころか強くなっていく。しばらくは離してもらえそうにない、かも。
なのにカーティスってば、笑みを深くして、突然こんなことを言い出したんだ。
「ヴェルク、きみはミスティアだけのための
えええええええっ、ちょっと待って!
な、な、な、ナイト!? いきなり何言い出してんの!
ぼくはただの狩人で、騎士に守ってもらうような高貴な生まれじゃないんだよ!?
突拍子もないことを突然言い出すからほんと困る。ヴェルクだって固まったままだもん。きっとあきれてるよ。
カーティスはにこにこと笑顔のままだ。
空気を読んでいないのかな。無言のままでいるヴェルクに話を続ける。
「ティトゥスという名前には私にも聞き覚えがある。父君から与えられた豊富な知識と、かなりの経験と力を身につけているきみになら、この言葉の意味を理解できるんじゃないかな」
「ああ、ミストは必ずこの手で守ってみせる」
何度も聞いてるはずなのに、いまだに胸がときめく。
恥ずかしくてヴェルクの顔を見ていられない。
「だけど、それは
「うん」
うなずくと、ヴェルクはあたたかな微笑みを浮かべて、ぼくの頭をぽんぽんと叩いてくれた。
おおきなてのひら。まるで太陽みたいにあったかい。
ヴェルクと一緒にいるとすごく安心する。こわいことなんて、全部どこかに飛んで行っちゃう。
もうぼくはひとりぼっちで泣いていた、何もできない女の子じゃない。
力強く味方してくれるヴェルクがいるんだもん。きっと大丈夫。必ず成功する。
待っていて、兄さん。今、みんなで助けに行くからね。
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