[3-3]小鳥、手がかりをさぐる

「どうか、皇帝を討ち取るためにお前の力を貸してくれないか」


 シャウラ様はまっすぐな目をして、そうヴェルクに頼み込んだ。

 ヴェルク本人は目を見開いたまま固まってるし、カーティスとフランだって目を丸くしている。


 皇帝を討ち取るってことは、つまり、クーデターの手助けをするってこと、だよね……。


「ちょっと待ってくれ、殿下。いくら戦力が足りないからって、人間族フェルヴァーを巻き込むことはないだろう!? 下手をしたら命が危うくなるのは彼じゃないか」

「お前は知らんだろうが、彼だって帝国とはまったく無関係というわけではない。いいか、ヴェルクはな——」


 真剣な表情で抗議するカーティスに、シャウラ様は説明を加え始める。もしかして、ヴェルクの出自明かすつもりなんだろうか。

 帝国に奪われた国の王子様だなんて、気軽に話していいことじゃない。そのくらい、なにも知らないぼくにだってわかるんだから、シャウラ様だってわかってるはず。

 一体、どういうつもりなんだろう。


 もやもやとしたものが胸の中にたまっていくのを感じていたら、ヴェルク本人が口を開いた。


「力を貸すことについては別に構わねえよ。皇帝は俺にとっても、親父様の国を奪った仇みてえなもんだし。だけどな、シャウラ。俺も作戦に参加するなら、確認したいことがある」


 ちょっと、ヴェルク。本気なのか!?

 相手はぼくたち他種族の命を奪ったってなんとも思わない、サイテーなやつなんだぞ。

 下手をすれば、こっちの命だって危うくなるのに。


 だけど、シャウラ様とカーティスに向ける紫色の目は鋭い光を放っている。殺気とは別ものの、固い意思を宿した、宝石みたいにきらめく瞳。

 ああ。やっぱり、ヴェルクは本気なんだ。


「なんでミストの兄貴、ローウェルは連れ去られたんだ? 他人に一度手渡したものを皇帝は気にもとめないって、シャウラ、お前が言っていただろ。なのに、皇帝は連れ去ってしまった。ローウェル自身に、皇帝が興味を持つようななにかがあったんじゃねえのか」

「それが全く分からんのだ」

「分からねえことをそのままにしとくのはマズいだろ。敵の意図を把握しておかねえと、下手をすれば相手の術中にハマっちまうことだってあり得るんだ」


 しんと部屋が静まり返る。カーティスもシャウラ様もフランまで、みんな腕を組んだり口もとに手をあてたりして考え始めた。


 ヴェルクの言ってることは正しい、と思う。

 狩りをする時だって、獲物のことをよく理解していないと仕留めることは難しいもん。


 皇帝がどんな人物なのか、ぼくは正確なところよくわからない。他種族を迫害したり、戦争好きっていうのは単なる噂だ。実際に会って話をしたわけじゃないから、先入観しか持てない。

 兄さんのことなら、ここにいるみんなに負けないくらい知り尽くしてる。だけど、狙われるような要素が思いつかないんだよね。


 狩りが苦手で、精霊と仲良くなるのが得意。性格はすごくマイペース。なにか特別な能力を持ってるわけじゃない。

 ただの普通の人なんだけどなあ。


「——気になることがあるとすれば」


 ふいに、カーティスがポツリとそう言った。

 みんなが見守る中、口もとに手を添えたまま彼は続きを話す。


「ローは〝精霊に愛される魂〟を持った者だっていうことくらいかな」

「精霊に愛される魂……?」


 いきなりわかんない言葉が出てきた。

 ヴェルクも怪訝そうに眉を寄せて、少し首を傾げている。


「そうだよ。我々魔法使いルーンマスターの間では〝天才型〟とも呼ぶかな。魔法を発動させる時、魔法語ルーンを唱えるだろう? それは精霊たちに分かる言葉で意思を通わせ、魔法を使う手助けをしてもらうためなんだ。でも〝精霊に愛される魂〟を持つ者には必要ない。魔法語ルーンなんて使わなくても精霊たちが手助けしてくれるから、詠唱なしで魔法を使うことができるんだよ」

「あー、なるほどな。だから〝天才型〟か」

「精霊と相性がいいのは、魔術師ウィザード精霊使いエレメンタルマスターにとっては強みだからね。とは言っても、〝精霊に愛される魂〟を持つ者はそう珍しくはない。だけど、ローの場合は少し違ってくる」

「どういうことだ?」


 カップを口へ運び紅茶を飲んだあと、カーティスは群青色の目を少し伏せた。


「あの子は精霊に影響を与えやすい体質なんだ。怒りや悲しみのような感情ひとつで、簡単に精霊たちを引っ張ってしまう。おまけに私に劣らないほど、精霊に関する知識も持っていた。帝国においてもあれほどの逸材はそうそういないよ。おそらく、皇帝陛下はそこに目をつけたのではないかと。天才型の魔法使いなんて、帝国には一人もいないからね」


 兄さんってそんなにすごい才能を持ってたんだ。ずっとそばにいて、一緒に暮らしてたのに全然気付かなかった。


 たしかに、今思い返してみると腑に落ちることがいくつかある。


 村で生活していた頃。

 狩人のぼくでも、兄さんのまわりにいる精霊達を見ることはできた。風の精霊たちがよく兄さんの髪の毛で遊んでたっけ。

 特に魔法を使う時なんかは、いっぱい集まってきて————……。


 目の前の映像が、ふいに入れ替わる。


 木の葉がこすれ合う音、風が運んでくる草のにおい。

 上は真っ青な晴天で、木製のベンチに腰かけた兄さんが笑ってる。

 大きな手には、ボロボロになった分厚い本。日に焼けてページが黄色くなってても、気にせず読んでいたっけ。

 肩には下位精霊シルフィがくっついていて、よく兄さんの長い髪を引っ張っていた。



 ——ミスティア、おまえは幸運の精霊に愛されているんだよ。



 いまだに色あせたことがない、二人で暮らしていた頃の記憶。


 すっかり忘れてた。いつだったか兄さん、ぼくにそんなことを言ってたっけ。

 あれはどういう意味なんだろう。

 幸運の精霊なんて、そんなものいるはずないのに。ぼくが知らないだけなのかな。


「んー、戦力確保のためにしても、他種族嫌いのあの皇帝が精霊使いエレメンタルマスターとして翼族ザナリールを徴用するなんて考えらんねえけどなあ」


 低くて心地いい声がするりと耳に入ってくる。

 やばっ、また頭の中がトリップしてたみたい。


「そうだろう? だから分からんのだ。俺様も魔術の心得はあるからな、ローの素質については知っていた。だが、あの皇帝が翼族ザナリール魔族ジェマと同列に扱い、戦力として考えるはずがない」


 ヴェルクの意見にシャウラ様は固い表情で頷いている。

 二人の意見にはおかしなところなんてないと思う。

 この国で翼族ぼくたちに人権なんてないようなものなんだし。もしも魔法使いとして兄さんが抜擢されたのなら、出世の道が開かれたことになっちゃうもん。


「じゃあ、オルタンシア卿じゃない吸血鬼にあずけて魔族ジェマに変えるつもりなんじゃない? キリアさんがいなくなったあと、ウィスタリア家って別の吸血鬼が当主になったんでしょ? 胸が悪くなるような話だけど」

「ふむ、その線もあり得るか。どちらにせよ、一秒でも早くローを助けてやらねばならんな」


 フランのおかげで結論は決まったみたい。


 皇帝がどういうつもりかなんて、直接聞かない限りわかるはずがないもんね。どっちにしろ、やることは変わらない。

 兄さんを助けるため、シャウラ様と一緒にヴェルクも城に乗り込むなら、ぼくだってついて行く。

 たった一人の家族だもん。ぼくも兄さんの力になりたい。

 そのために色々な危険に遭いながらも、この帝都に来たんだ。


「シャウラ様、ぼくも作戦に参加させて! 身を隠すのも投げ武器を扱うのも得意だよ。だから——」

「ミスティア、お前は留守番だ」


 てっきり賛成してくれると思ってたのに、シャウラ様は最後まで言わせてくれなかった。

 青空みたいな両目を細め、すごく厳しい表情で、帝国の皇太子はぼくにこう宣告した。


「マグノリア卿がお前を狙っている以上、お前にとって王城は危険だ。作戦の参加は認められない」

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