[3-2]小鳥、作戦会議に参加する
迫ってくるカーティスの笑顔に、どう返したらいいかわからなくなった。
いきなりパパと呼べって言われても困る。だって、相手は見ず知らずの初対面だし。
でも嫌だって言ってしまったら、きっと傷つけてしまうよね。
ぼくはどうしたらいいんだろう。
「遊んでないで、会議を始めるぞ。カーティス」
カーティスを止めてくれたのは、シャウラ様だった。
後ろから襟首をつかんでぐいぐい引っ張ってる。
それ首絞めてないか。大丈夫?
「く、苦しいよ。殿下、ちょっと待ってくれないか。今は大事なところなんだ。まだミスティアの返事を聞いてないんだよぅ」
「いきなりお前は距離を詰めすぎなんだよ。お前も
「だって、ローは抱きついても嫌がらなかったもん!」
え。この人、まさか兄さんにも抱き付いていたの? ほんとに?
ぼくよりもずっと年上な兄さんは、シャウラ様とあまり歳が変わらないくらい。大人な年齢だったはず。
その兄さんにも、カーティスはがばりと抱きついたんだろうか。
ちょっと……いや、かなり引く、かも。やっぱりカーティスって危ない人なのかな。
「もうっ、話脱線させないでくれる!? オルタンシア卿、ローウェルさんが危ないからこうして集まったんでしょ! いいから、さっさと作戦会議しましょうよっ」
シャウラ様の背後で、フランが小さな腰に手を当てて怒っていた。
細い眉をつり上げて仁王立ちする可憐な姿は、迫力がある。きっと年を重ねて成長したら美人になるに違いない。
「フランの言う通りだ。まったく、最年長のお前が遊んでいてどうするのだ。早く決めねば、救えるものも救えなくなるぞ」
「あはは。殿下は手厳しいね」
カーティスの襟からパッと手を放して、シャウラ様はため息混じりにそう言った。
ええっ、この人もしかしてシャウラ様より年上なの!? いや、兄さんを養子にするくらいだから、最年長っていうのには納得だけど。でも、信じられない。
だって、この中で一番子どもな気がするもん。
「はあっ、とんだ
ヴェルクまでため息ついてる。まだ警戒はしてるみたいで、ぼくの肩に腕を回して守ってくれている。
ぼくとしては、ようやくカーティスが手を離してくれて安心した。
「カーティス、お前はミストの兄貴を助けるつもりはあるのかよ」
文句に似た言葉を向けられて、カーティスの眉がピクリと動いた。
丸くなっていた群青色の瞳がすうっと細くなる。
「もちろんだよ。ローは私のビジネスパートナーであり、かけがえのない愛する息子だからね」
ワガママを言う子どもみたいだったのが一変して、がらりと雰囲気が変わった。
唇を引き上げ微笑むその表情はとてもきれいだけど、心臓がバクバク鳴るくらいこわいと思うのはどうしてだろう。
柔らかい瞳の中にひそむ光は、間違いなく森の中に棲む猛獣と同質のもの。
目が合うだけで動けなくなりそう。
「なに、今夜にでも乗り込めるように手筈は整えているよ。もちろん作戦内容は確認してもらうけど、あとは殿下、貴方の意志を確かめるだけさ」
穏やかな低い声。
やわらかな笑みをたたえながら、カーティスはシャウラ様に目を転じた。
突然すぎるし、展開が早すぎて正直頭が追いつかない。
だけど、ぼくもちゃんと聞かなくちゃ。
帝国から兄さんを取り戻すために。
今から作戦会議が始まる。
ふんわりと紅茶のにおいがする。白い陶器に金色の線が入った素敵なデザインのカップには桃色の液体が入っている。
見たことのない色だ。とてもきれい。
カップを傾けて飲むと、甘酸っぱい味が口の中に広がっていく。
「体力に自信のあるヴァイオレット卿率いる騎士団には陽動を頼んである。殿下には手薄になった城内に潜入してもらう手筈になっているよ」
「ふむ、悪くはないな」
「
「無茶を言うんじゃない。誰が苦労してあの二人を国外に出したと思っている。あいつらはもう別の人生を歩み始めているんだ。巻き込むわけにはいかないだろう。なに心配はいらん。ジェラルドは脳筋だからな、グリフォン一匹くらいなら余裕で足止めできるさ」
会議って聞いてたけど、喋っているのはほとんどカーティスとシャウラ様だけだ。
聞いているだけでフランも口を挟まない。
会話の中で出てくる話題は名前も知らない人たちのことばかりだし、話している内容は全然分かんない。だけど、シャウラ様とカーティスがやろうとしていることは、ただごとではないような気がした。
ぽつりと、「少しいいか?」と声がかかる。
ヴェルクだった。
「どうした?」
「おまえら、一体何の話をしているんだ。これじゃあまるで今から城に攻め込む相談をしてるように見えるぜ。
そっか。ただごとじゃないって感じたのは、物騒な言葉が出ていたからだ。
「陽動」とか「攻略」とか。
まるで戦争でも始めそうな雰囲気なんだもん。
「そのまさかだよ」
ヴェルクの疑問を肯定したのはカーティスだった。笑っているけど、目が笑っていない。
続きを引き取るように、シャウラ様は真顔でぼくたちに告げる。
「我ら他種族
嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
シャウラ様もフランも笑ってない。そもそも、暗殺とか冗談でも口にするような人達じゃないよね。
だとすると、本気なんだろうか。
「はっ、ずいぶんと大きく出るじゃねえか。ミストの兄貴をダシにしてクーデターかよ」
「クーデターも暗殺の件も、以前から考えていたことだ。今に始まったことじゃない。ローをただ連れ戻しただけでは何の解決にもならんのだ。本気でローを救うつもりならば、皇帝の息の根を止めなければならない」
身体に、ずうんと重みがかかる。まるで心の中に鉛を落とされたような。
兄さんを取り戻して、また一緒にもとの暮らしがしたい。
ぼくが願うのはただそれだけのささやかな幸せなのに、なんてハードルが高いんだろう。こんなの理不尽だ。
事態を重く受け止めたのはヴェルクも同じみたいだった。
紫色の左目が、まっすぐシャウラ様を射抜く。
「シャウラ、皇帝は血の繋がったお前の父親だろ。あんたは父親を殺せるのか」
険しい表情はそのままに、天色の目がヴェルクの目を見返した。
シャウラ様は目をそらさなかった。
形のいい唇が笑みの形に歪んでいく。
「ヴェルク、皇帝はもう手遅れなんだ。お前も大陸に来てから帝国の黒い噂を聞いただろう。両手では足りないくらいの数を喰っているせいで、精神がだいぶ狂気に侵されている。ティトゥスに限らず、皇帝に
ああ、そっか。もうシャウラ様は諦めているんだ。
自分のお父さんを「皇帝」だなんて、他人みたいな呼び方をしているのかもしれない。
「その上、強くなりすぎたせいで、息をするように
「だから、お前が殺すのか?」
「そうだ。まあ、さすがに一人では無理だがな。皇帝は熟練の腕をもつ
シャウラ様の目が鋭くなる。
ぼくに向けられた言葉ではないのに、なぜかドキリとした。
「巻き込むのを承知で頼む。どうか、皇帝を討ち取るためにお前の力を貸してくれないか」
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