[2-11 reverse side]脱獄王子は迷子の小鳥と買い物する(前編)

 偶然にも俺とミストを助けてくれた皇太子シャウラは、親父様とだけではなくミストの兄貴とも繋がっていた。

 ミストの兄貴を匿っているのは、カーティス=オルタンシアという貴族らしい。なんでも魔族ジェマ以外の種族を保護するグループ、他種族融和ゆうわ派に所属しているという。つまり、俺達に危害を加える可能性が極めて低い魔族ジェマだ。

 善は急げとも言うし、すぐにでも会いに行こうと喫茶店を出たはずだった、のだが——。


「ヴェルク、見てみて! シャウラ様に買ってもらったんだっ」


 目を輝かせながら、小走りでミストが駆け寄ってくる。その隣にはフランも一緒だ。二人とも両手に透明の液体が入ったグラスを抱えている。


「……なんだこれ」


 一番問いたい相手はもちろんミストではなく、隣でにやけている魔族ジェマの男だ。

 だが、ミストはそうは思わなかったらしい。キョトンとした顔をして俺の顔を見つめた後、にこりと笑ってグラスをひとつ差し出してくれた。


「レモネードだぞ。疲れた時に飲むといいんだって」


 うっかり受け取ってしまった。いや、別に断る理由もないけどさ。


 もともと活発な性格なのか、ミストはじっとしていることが少ない。


 彼女の動きに合わせて深青のスカートがひるがえる。

 やわらかい素材でできたカーディガンは淡い水色。

 どっちもミストによく似合っていて、可愛い。


 ただそれらが、シャウラがその辺の店で買い与えたばかりの服だというのが、気に入らねえ。


「安全を確保すれば、魔族ジェマの街もそう悪くはなかろう?」


 得意げな声だった。

 妙に胃がむかむかする。


「あのな、なんで悠長にショッピングしてんだよ! カーティスってやつの屋敷に行くんじゃなかったのか!?」


 今俺達がいるのはまだ宿場町で、中央広場には色んな露店が並んでいる。奥に行けばガラス張りの大きな店もあるし、宿も多い。買い物にはそう困らない。

 不本意ではあったが、シャウラのチョーカーを付けたら魔族ジェマ達から好奇の目を向けられなくなった。

 効果が抜群にあるのは、正直助かる。やっぱり気に入らねえけど。


「さっきも説明しただろう? 貴族の屋敷に赴くには服装を合わせなければならん。それにミスティアは魔族ジェマから逃げる途中で荷物も貴重品もなくしたそうじゃないか。だから、こうして買い物をしているわけだが?」

「それは分かってるけどさ」


 本当は、俺が買ってやるはずだったのに。

 少なくとも当初の予定ではそのはずだった。


 そりゃあ、お貴族様、ましてや皇太子様に比べたら、俺の手持ちなんてさびしいモンかもしれねえけどよ。


ねるな。お前の服も調達した方がいいのに嫌だと言うから、我慢してやっているんだぞ?」

「誰がねてんだ、誰が。お貴族様が着るような服なんか着れるワケねえだろ。コレが動きやすいから、俺は好きで着てんだ。肝心な時に対応できねえとヤバいだろ。大体、俺なんかには似合わねえよ」


 愛剣の肩かけベルトを直しながら一気にまくし立てると、シャウラは何も言わずに憐れむような目を向けた。それはそれで、別の意味で腹が立つ。

 グラスを一気にあおって、レモネードを喉に流し込んだ。

 意外と喉は乾いていたらしい。よく冷えていて、生き返るような気分だった。甘ったるくないし結構旨い。


 シャウラもミストも勘違いしている。

 血縁的には王子様に近いかもしれねえが、俺は生まれも育ちも監獄島だ。何の教育も受けてねえ、剣しか取り柄がねえ男なんだ。

 根っからの王族な親父様はともかく、俺なんかが高貴な格好をしても馬子に衣装。似合わねえに決まってる。


 空になったグラスを店主に返すと、店先で商品と睨めっこをしているミストを見つけた。

 小振りの武器を扱っている店らしく、よく磨かれた短剣が数多く並べてある。


 そういえば、翼族ザナリールって狩人ハンターになるやつが多いって言ってたな。

 もしかしてミストも狩人ハンターなんだろうか。食い入るように短剣を見てる。


「なにか気になるもんでもあるのか? ミスト」


 思わず声をかけてしまった。


 顔を上げてミストは上目遣いに俺を見る。

 宝石みたいにきらめく深青の瞳。吸い込まれそうになる。


「うん。これ、きれいだなと思って」


 そう言って、ミストは商品を並べてあるケースへと視線を戻した。


 いわゆるナイフってやつだろうか。金属製のまっすぐな柄で、折り畳むことができる使い勝手が良さそうなデザインだ。

 片刃の刀身は青く、透き通っている。明らかに普通の武器じゃない。


「これは魔法製のナイフだな」

「魔法製?」

「刀身が竜石でできてんだよ。青いから、たぶん風の魔力が付与されてんだと思うぜ」


 竜石とは、いにしえの竜の魔石と伝えられる鉱石のことだ。まあ、いにしえの竜ってのがどういう魔物モンスターなのかは分かんねえけど、かなりの魔力が詰まっているのは確からしい。

 加工することも可能で、武器だけじゃなくお守りにも使われるとか。


「風の攻撃魔法は切り裂くもんが多いだろ? だから武器に付与させて攻撃力を上げるのはうってつけなんだよ」

「そういえば、そうだったな! 兄さんから教わってたのにすっかり忘れてた。すごいな、ヴェルク物知りなんだな」


 ミストはいつも褒める時は大げさに言葉を並べてくるから、こっちは恥ずかしくなる。物知りでもなんでもないというのに。

 魔法や帝国の地理や政情関連の知識は、親父様の受け売りだ。

 

 ミストの兄貴は精霊使いエレメンタルマスターだったな。

 村一番の物知りだって言うくらいだから、たくさんの知識を持ってるんだろう。

 そんな兄貴を持つミストに褒められて、悪い気はしない。


「買ってやろうか?」

「——え?」


 あまりに突然すぎたせいか、ミストは一度で理解できなかったらしい。

 ぽかんと口を開けて固まる彼女の頭を軽く叩いてやってから、俺は店の中に入って声をかけた。


「ヴェ、ヴェルク!? ぼく、そういう意味で言ったんじゃ……!」


 パタパタとミストは追いかけてきたが、もう遅い。


 二本分の代金の入った袋を渡すと、店主は商品を包んで白い紙袋に入れてくれた。どうやら店先に飾ってあったナイフはレプリカで、本物は厳重に保管してあったらしい。

 そりゃそうか。魔法製の武器なんて、たとえナイフ一つでも高価には違いねえもんな。値段もそれなりにしたし。


 狼狽して背中の翼を落ち着きなく動かす彼女に、俺は紙袋をひとつ差し出した。


「ほら、ミスト。帝国ここじゃ大きな武器は目立つけど、ナイフ一つなら携帯しやすいだろ? 風の竜石なら魔法を使う時、たぶん補助もしてくれると思う」


 戸惑ったような表情をして、ミストは深青の両目を揺らしてる。

 言い訳みたいなこと言っちまったのは、ミストが断り文句を言いそうだと思ったからだ。

 理由なんて本当はない。買ってやりたいと思ったから贈るんだ。シャウラばっかりいい顔させるのも癪だったしな。

 それに——、


「肝心な時、自分の身を守れるのは自分だけだ。だから、俺も自分の分を買った。同じもんを持っていようぜ」


 口角を上げて笑ってみせると、ミストは紙袋を受け取ってくれた。

 華奢な腕にソレを抱いて顔を綻ばせる。彼女の、緩やかに波打つラベンダー色の髪が、ふわりと風で揺れた。

 日差しが強いせいだからか、白い頬がほんのり色づいている。


「うれしい。ありがとう、ヴェルク。大事にする」

「どういたしまして」


 ミストって、素直で可愛いやつだよな。


 血を見ても驚かなくて、荒事にも慣れてるところはお袋や島の女達と変わらない。

 違うのはほっそりとしたその身体と心だ。折れそうなくらいに華奢な身体をしていて、よく涙を流すほど繊細なのに気丈な心を持ってる。

 だから、助けてやりたいって思うのかもしれない。

 一緒にいるようになってからは、気がつくとミストを目で追っている。


 フランやシャウラは協力的な仲間みたいな存在だが、ミストはそうじゃない。

 ましてや家族などではない。


 ピッタリな言葉がいまいち思いつかねえけど、うん。

 そうだな。


 やっぱり、ミストは守ってやりたくなるくらい気になる存在なんだ。

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