[2-10]小鳥、チョーカーをもらう
シャウラ様が提示した情報は今までで一番大きな手がかりだった。
カーティス=オルタンシアという帝国の貴族のもとに、兄さんがいる。
しかもその人はシャウラ様が率いる他種族
「
だけど、ヴェルクはちっともいい顔をしなかった。
ぼくとしても、理由はわからなくもないかな。
その中でも特に、見かけたらすぐに逃げるようにと言われていたのが、
彼らは目に強い魔力を持っていて、少しでも目を合うとたちまち相手の動きを封じる不思議な力があるんだとか。
魔法が得意な
鋭い牙と爪という特徴があるから、すぐに見ればわかるだろうって言ってたっけ。
「先ほども言ったように、カーティスは他種族
「だったら、なおさら怪しいだろ。
「……たしかにそういう捉え方もあるか。ヴェルク、カーティスはな、ローを
養子ってことはカーティスという人と兄さんが親子になるということか。
兄さんに会いたいのは、また前と同じく一緒に暮らしたいからだ。
再会しても、兄さんと家族としていられなくなっちゃうのかな。それはちょっと困る。
「シャウラ様、ぼくは兄さんにもう一度会えたら、前みたいな生活ができるのかな。兄さんがそのカーティスって人の子どもになってるなら、もう会わせてもらえないんじゃないのか?」
言葉にしたら、胸が締め付けられるように痛くなった。
自分でも無茶なことをしてるのはわかってた。
だけど、危険を犯しても、帝国に乗り込もうと思い立ったのには理由がある。
「ぼくの両親はもういない。うんと小さい頃に流行り病で亡くなったんだって。だから、僕にとって兄さんはたったひとりの家族なんだ。だから、ぼくは兄さんを取り戻したい」
顔を上げたら、視界が揺れた。
服の袖でごしごし擦っていると、目の前にハンカチを差し出される。
白いレースで縁取られた、シワひとつない深青色のハンカチ。受け取って瞼にあてる。すべすべで、手触りがよかった。
「ミスティア、心配はいらない。カーティスは元
「……うん」
諭すように、言葉を重ねてくるシャウラ様の声音はいつになく優しい気がする。
この人はほんとうに、ぼくたち他種族に寄り添ってくれてるんだな。兄さんとは友達みたいだし、もうちっともこわくない。
「シャウラ、もう一ついいか?」
「何だ? 言ってみろ」
ふいにヴェルクがポツリと聞くと、シャウラ様は立ち上がった。
腕を組んで耳を傾ける体勢に入ったと思ったのか、ヴェルクは続ける。
「カーティスってやつは貴族なんだよな? 喰っていないって言ってたけど、強制されたりしていないのか?」
そういえば、さっきフランも言っていた。
高い立場にいる貴族の人は強制的に食べさせられることがあるんだっけ。
「要求はされているが、のらりくらりと言い訳をして、うまくかわしているな。実を言うと、捕虜として捕まえた
「だったらなおさらヤバいだろ。贈ったものに手を出していないことがバレたりしないのか? 万が一、差し出したはずのミストの兄貴が生きていることが、皇帝に知られたら——」
「それはない」
シャウラ様は強く言い切った。
「一度手渡した獲物に手を出さなかったからといって、皇帝は探りを入れることはないし、ましてや返還を要求することはない。大丈夫だ」
「なら、いいんけどよ……」
確信のこもった言葉だった。
皇帝はシャウラ様にとって実の父親だし、どういう人物なのか知っているのは彼だけだ。シャウラ様が断言するのなら、心配はいらないのだろう。
だけど、なんでかな。胸のあたりがもやもやする。
「殿下、そろそろお店出ないと……」
「そうだな、早くしないと本当に日が暮れる時間になってしまう」
フランとシャウラ様のそのやり取りで、現実に引き戻される。
そうだった。はやく兄さんに会いに行かなきゃ!
「——と、その前に。お前たちにはこれを渡しておこう」
懐からなにかを取り出して、シャウラ様はそれぞれぼくとヴェルクに差し出した。
黒の布地で作られたチョーカーだった。金色の留め具がついていて、おしゃれなデザインだ。赤い薔薇の飾りがついている。
ヴェルクの方は、飾りがついていないシンプルなデザインだった。
「何だこれ。まさか付けろって言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかだ。このチョーカーは言わば、他の
「今、懐から出したよな!? まさかシャウラ、いつも持ち歩いてんのかよ!」
ただの装飾品じゃなかったんだな。上品なデザインでシャウラ様らしい。
ゴムみたいに伸びる素材でできているのか、付けてみても意外と息苦しさは感じない。
似合ってるといいんだけど。鏡があれば、どんな感じなのかわかるのかな。
さすがにヴェルクはアクセサリーをつけるのに抵抗があるみたい。文句を言ってるけどシャウラ様は楽しそうに笑ってるし、案外この二人、相性は悪くないのかも。
ヴェルクだって、最初の頃みたいに敵意をむき出しにしていない。
「不測の事態はいつ起こるか分からんからな」
「つーか、このチョーカーって、つまりは誰かの所有物だって周りのヤツらに分からせるための首輪みてえなもんじゃねえか!」
「人がせっかくオブラートに包んでやったのに、暴露するんじゃない。フランも同じものを付けているし、なにもお前だけではない。ミスティアはもう付けているぞ」
不満げに口を引き結んで、ヴェルクは手元のチョーカーを見つめているだけ。
こういうアクセサリーって、やっぱり男の人は嫌なのかな。兄さんもあまりおしゃれには興味ないみたいだったし。
言われてみれば、たしかにフランも同じものを付けているな。
全然気付かなかった。
クリーム色のワンピースに、赤い飾りのついたチョーカーは彼女によく似合ってる。
「
ついにヴェルクが黙り込んでしまったから、聞いてみることにした。
フランは屈託のない笑顔を向けてくれる。
「あたしの趣味。だってこのチョーカー、殿下が作らせた特注品だもの。可愛いデザインだよね?」
「うん! でもこういうおしゃれなものあんまり付けたことないから、なんか恥ずかしいな……」
フランが着ているワンピースはシミひとつなくて質が良さそうなものだけど、ぼくの服は何年も着回している。
おまけに昨日返り血で汚してしまった。もちろんちゃんと洗ってるからきれいだけど、お世辞にもいい服だなんて言えない。
うう。シャウラ様がいいものをくれたのはいいんだけど、おしゃれなんて程遠いぼくにチョーカーとか、やっぱり場違いなんじゃないかなあ。
「そんなことないよ。すごく似合ってるわよ、ミスティア」
にこりと笑って、フランはそう言ってくれた。
お世辞ではなさそう。ぼくに気を使う理由なんて、フランにないだろうし。
そうだ。彼はどう思っているんだろう。
「ヴェルク、ぼく似合ってるかな?」
「お、おう。すごく可愛いぜ、ミスト」
勢いよく顔を上げたと思ったら、ヴェルクは予想以上に褒めてくれた。一気に顔が熱くなる。
そ、そりゃヴェルクなら、似合ってると言ってくれるものだと思ってた。いつも彼は優しく言葉を返してくれるから。
だけど、まさか「すごく可愛い」とまで言ってくれるなんて!
嬉しいけど、やっぱり恥ずかしいよ。どう反応したらいいの!?
「えっと、ありがと。ヴェルク」
「え、いや。……なんか悪い」
謝られると、それはそれで切なくなる。
ねえ、ヴェルク。
さっきの言葉はお世辞なんかじゃないよね?
そうっと目を上げてヴェルクの顔を見ると、彼の頬も赤くなってた。
紫色の左目はゆらゆら泳いでいる。ぼくと同じで向こうも動揺しているんだろうか。
だって今、手で心臓を押さえたくなるくらい、どきどきとうるさい音がしてる。
「ねえ、この二人、どうしてこれで恋人同士じゃないの?」
「あまり突っ込んでやるな、フラン」
どこか遠くで、そんな二人の会話が聞こえたような気がした。
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