[2-9]小鳥、お願いする

 ぼくには何の力もない。この帝国に来るのだって、ヴェルクの力を借りなければ無理だった。

 それなら誰かの力を頼りにするしかない。


「ぼくは翼族ザナリールだからどこに行っても襲われる危険があるし、ヴェルクにはもう人を殺して欲しくない。でもシャウラ様のそばにいれば、襲われる危険はないのだろう? さっき魔族ジェマを一人も連れないなんて無謀だと、言っていた。ということは、魔族ジェマを一人味方に付ければ危険がないということだ」


 皇太子のシャウラ様なら、帝国内にいても襲われる危険が少なくなる。中央広場では、彼の一言で魔族ジェマ達は散り散りに去っていった。


「まあ、そうだな」

「ぼくは兄さんを取り戻したい。たった一人の家族なんだ。最初は大人しく待ってたけど、もう待てない。誰よりもぼくが兄さんを助けに行かないと、きっと一生会えないもん。だからお願い、シャウラ様。兄さんを取り戻すために力を貸してください」


 シャウラ様に頭を下げる。

 彼が危険を冒してまで、ぼくの頼みを聞く義理がないことは分かってる。まして相手は王族で、ぼくは小さな村出身の小娘でしかない。ただの庶民だ。

 それでもぼくにできるのは、誠心誠意頭を下げて、お願いすることだけだから。


「……シャウラ、俺からも頼む。帝国でミストの兄貴を探して助け出すには、皇太子であるお前の力がどうしても必要なんだよ」


 びっくりして思わず顔を上げると、ヴェルクまで頭を下げている。

 ぼくはともかく、彼まで頼み込む必要はない。けど、その言葉や行動で、ヴェルクが自分のことのようにぼくのことを考えてくれているのがわかって、胸がきゅうと締め付けられた。


 今ならわかる。

 彼がぼくに寄り添って親身になってくれるのは、翼族ザナリールだからというワケじゃない。

 

「どうすんの、殿下」

「決まってる。俺様が力になってやろうじゃねえか」


 少し息を吐いて、笑う気配がした。

 もう一度顔を上げると、シャウラ様はつった目を和ませていた。


「ミスティア、お前の言う通り魔族ジェマがそばにいなきゃ、他種族の者は自由に行動できないし、安全も確保できん。ミスティア、お前の兄貴の詳細な情報を教えろ。俺様の伝手で探してやる」

「本当か!? ありがとう、シャウラ様っ」


 ペコペコと頭を下げて、何度もお礼を言う。

 けど、それでへりくだる様子も見せないのは、さすが皇太子様といったところか。

 足を組み直してふんぞり返り、堂々とした態度で言った。


「ふふん、感謝しろ」

「うん、感謝する!」


 帝国の皇太子が付いてくれるなら百人力だ。しかも、他種族の味方とか! すっごく運が向いてきたかも。

 手を差し出されたから、ぼくは両手でぎゅっと握手した。

 シャウラ様も満足そうに笑ってる。喜んでもらえてるみたい。


 ——と思ったのも束の間。

 握り合っていると、まるで縄を断つようにヴェルクの手刀がぼくとシャウラ様の間に叩き込まれた。


「調子に乗んな、シャウラ」


 全然痛くなかった。

 ぼくの手というよりは、シャウラ様の手に打撃を与えたらしい。手の甲が少し赤くなってる。それでも楽しそうに、にやにや笑っている。


「お前達といると、しばらくは退屈しなさそうだ。さあ、ミスティア。行方不明の兄のことを詳しく聞かせてくれ」

「うん」


 シャウラ様、手は痛くなかったのかな。

 ちょっと心配だったけど、機嫌が良さそうだから、まあいいか。


「容姿は青い髪に群青色の目。翼の色も青だ。使える魔法は多いし、精霊との相性もすごくよかったから、それなりに腕の立つ精霊使いエレメンタルマスターなんだと思う。体型は細身で、背は結構高いかな」

「ほう? 翼族ザナリール精霊使いエレメンタルマスターとは珍しいな」

「そうなの?」


 もともと賢い人だと思ってたけど、さすが他種族融和ゆうわ派を率いているだけにシャウラ様は翼族ぼくたちのことに詳しい。

 不思議そうに質問するフランに、シャウラ様は笑って答え始めた。


翼族ザナリールは弓が得意な民で有名だからな。岩地に村を造って住んでいるから、狩人ハンターになるやつがほとんどなんだ。空を飛べるし、風の魔法が得意でも不思議ではないんだが、精霊使いエレメンタルマスターになるやつはそう多くはない。俺の知り合いにもそういうタイプの翼族ザナリールがいるけどな。ミスティア、お前の兄の名は?」

「ローウェルだ。村のみんなは〝ロー〟って呼んでた」


 ピクリとシャウラ様の細い眉が動いた。

 ずっと余裕だった薄青の目が、大きく見開かれる。


「……ローウェル、だと!?」


 えっ、うそ。もしかしてシャウラ様、兄さんのこと知ってる感じ?


「シャウラ、お前、ミストの兄貴を知ってんのか?」


 ヴェルクの投げかけた質問に、シャウラ様は答えなかった。ふらりと立ち上がり、ぼくのそばにまで近づいてくる。


 腕が伸び、シャウラ様の長い指がぼくのあごに触れる。

 指先を通して伝わる温度。不自然にどくんと胸が高鳴った。


 そのまま無理やり上を向かされると同時に、シャウラ様の整った顔が近づく。彼の両目には、ぼくの戸惑った顔が映っていた。


「言われてみれば、たしかに似ている。そうか、お前がローの妹だったのか」


 なに、このシチュエーション。シャウラ様は一体どうしちゃったの!?

 逃げたいのに、色々ワケがわからなさすぎて身体がうまく動かない。ぼく、このままどうなっちゃうんだろう。


「え、と……シャウラ様」

「——あ」


 シャウラ様に両目がわずかに動いた。

 ぐらりと視界が揺れたあと、感じていた圧力が消えた。すぐにぐいっと力強く腕を引かれる。


 ふわりと香るお日さまの匂い。


 顔を上げると眉間に皺を寄せたヴェルクがまっすぐシャウラ様を睨んでいた。


「調子に乗んなって言ったよな、シャウラ。ふざけてんのか!?」

「ふざけてなどいない。しかしなにもダガーを投げることはないだろう。怪我をしたらどうするつもりだ?」


 形のいい唇を緩ませて、シャウラ様はさっきと変わらずからかうように笑ってる。その手には鞘に入ったままの短剣が握られていた。

 おでこが赤くなってるし、もしかしてヴェルクにぶつけられたんだろうか。


「抜き身じゃねえしお前なら問題ねえだろ」

「まったく、乱暴なことだ。しかしミスティアには謝らなくてはな。咄嗟とっさのこととはいえ、驚かせてすまなかった」


 ヴェルクは謝るつもりはないみたい。不機嫌そうにそっぽ向いている。

 苦笑しつつ、シャウラ様は屈んでぼくと目線を合わせてくれた。皇太子なのに庶民のぼくに謝るとか、すごくない?


「それは別にいいんだけど……。シャウラ様、兄さんを知っているのか?」

「ああ、知っている。ローは俺様の大切な友人なのだ」

「ええっ、友人!?」

 

 シャウラ様ってば、ヴェルクのお父さんとだけじゃなくて、兄さんとも繋がってたの!?

 捕虜として捕まってるのに、皇太子と友達になるなんて、兄さんすごいな。


 ああ、でもよかった。


 兄さんとシャウラ様が友達ってことは、ほんとに兄さんは生きてるってことだ。


「シャウラ様、兄さんは無事なんだよね?」

「ああ、五体満足で元気にしているぞ。ローを引き取った者は俺様と懇意にしている貴族でな。会いに行くことも可能だ。すぐにでも連れて行ってやろう」

「ほんとに!?」


 すごい、すごいよ! シャウラ様ってばすごすぎ!!

 こんなにトントン拍子に進むなんてびっくりだ。やっぱり精霊たちが導いてくれたのかな。


「その貴族は信用できるのか?」


 ぽつりとヴェルクが尋ねた。

 口を引き結んだままの彼に、シャウラ様は快活に笑ってこたえる。


「もちろん。俺様と同じ他種族融和ゆうわ派に属している者だから、問題ない。名前はカーティス=オルタンシア。文官として城に仕える、吸血鬼ヴァンパイアの魔族だ」

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