[2-7]小鳥、皇太子の過去を聞く

 ぼくとヴェルクが恋人だなんて。

 どうしてシャウラ様はそんな勘違いをしたのだろう。

 傍目にはそう見えちゃうのかな。


 ミルクティーを飲みながら、こっそりヴェルクの顔を見てみる。

 不機嫌そうな表情はさっきと変わりないけど、褐色の頬がかすかに赤くなってるような気がした。


 ヴェルクは弁解しなかったけど、どうしてなのかな。


 恋人と勘違いされても、構わないってこと?

 でも彼がぼくを助けてくれたのは、たぶん翼族ザナリールだからなんだろうし。

 うう、ヴェルクの気持ちがわからない。ぼくは期待してもいいのかな。


 あれ、期待って何? ぼくは何に期待してるんだろ。


「もう、ほんとは仲良くしたいのに、そうやってすぐにからかうの殿下の悪いクセよ!? 魔族ジェマは警戒されやすいんだからもっと優しくしなきゃダメじゃない」


 フランが勢いよく立ち上がって、シャウラ様を叱り始めた。


 皇太子相手にお説教なんて、すごいと思う。

 腰に手を当てて、フランは目を鋭くつり上げていた。


 シャウラ様と一緒にいるってことは、この子も他種族融和ゆうわ派なんだろうな。

 食べてないのはもちろん、ぼくに優しくしてくれたのは、本当に友達として仲良くしたかったからなのかも。

 だとしたら、すごくうれしい。


「悪い。つい俺様もテンションが上がってしまってな」

「それ、本気で言ってる?」


 あ、声のトーンが少し下がった。ついに、フランの逆鱗に触れたんじゃないかな。


「いいからお前と親父様の関係をさっさと話しやがれ」


 剣呑な雰囲気がなくなったとはいえ、シャウラ様に対するヴェルクの態度は刺々しい。

 ぼくとしては、シャウラ様とフランは優しい人たちだと思うけど、ヴェルクはまだまだ警戒を解いてはいないみたい。どうすればわだかまりを解くことができるんだろう。

 ヴェルクのお父さんとシャウラ様がどういう関わりを持ってたか聞けば、少しはマシになったりするのかな。


 ミルクティーを飲みながら二人の様子を見ていると、シャウラ様は視線をテーブルに落とした。

 あま色の両目が少し細くなる。


「分かった」


 空気が少し変わった、気がする。


 フランも些細なこの変化を読み取ったのか、何も言わずソファに腰を下ろした。

 この部屋にいる誰もが聞く体制に入ったのを見て、シャウラ様は話し始める。


「二十二年前、皇帝はとある人間族フェルヴァーの王国への侵攻を決めた。だが、戦の準備を進めていた段階で、国王が降伏を宣言してきてな。おそらく、国民達を守ろうとしての行動だろう。降伏条件はシンプルで、国王一人が捕虜となる代わりに国民全員に手出しをしない条件だった」

「親父様らしいな。で、皇帝はその条件を守ったのか?」

「ああ。皇帝は無慈悲な暴君として名高いが一国の王だからな、約定は守った。俺様がティトゥスに会ったのは城に連れて来られた時だ。初めて顔を合わせた時には、だいぶ身体が衰弱していた」

「どうして身体が衰弱していたんだ? 降伏、したんだろう?」


 しまったと思ったけど、もう遅い。思わず口を挟んでしまった。

 だけど、シャウラ様は怒らなかった。

 つった目を和ませて、穏やかに微笑んでくれた。


「皇帝達はいわゆる魔族ジェマ優越派でな、お前たち他種族の民を自分達よりも下と蔑み、迫害し搾取しても構わないと考えている。それは完全に間違った考えだし、最低な行為だ。自ら捕まったとはいえ、皇帝はティトゥスに手心を加えるつもりはなかったのだろう。殺しはしなかったが、手酷い仕打ちを加えていたんだ。胸の悪くなるような話だがな」

「ひどい……」


 ヴェルクのお父さんは国民のために捕まったのに、皇帝はどうしてそんな残酷なことをするのだろう。

 なにも悪いことなんてしていないじゃないか。ただ、一人の王様として国を治めていただけなのに。

 人間族フェルヴァーだから? 魔族ジェマじゃないってだけで、そんなひどいことができるものなのかな。


「会ったのはたった一度だけだ。その日は皇帝や騎士達がたまたま席を外していて、二人きりだった。皇帝のやり方は知っていたし、良し悪しはともかく俺様も黙認していた。だが、ぐったりとうずくまるティトゥスを見た時、とっさに身体が動いてしまった。治癒魔法をかけて、治療してしまったんだ」

「それはマズくないか?」


 苦い顔をしてヴェルクが言った。

 ちょっと待って、よくわからない。なにがマズいんだろう?


「怪我してた人を治すには良いことなんじゃないのか? ヴェルクだって、悪い魔族ジェマからぼくを助けてくれたんだし。シャウラ様がしたことは悪いことじゃないだろう?」

「あ、いや、フツーの善悪の基準で言えばそうなんだけどな」

「その通りだ。ミスティアの言っていることは正しいが、ヴェルクも間違ったことを言っていないぞ。人を助けるのは理屈じゃない。今思えば、助けたいと思ったから、俺様はティトゥスを救おうとしたのだろう。だがな、今のスタイルを貫くためにも、ティトゥスを助けるべきではなかったのだ」

「どういうこと?」


 全然わからない。人を助けるのはいいことで、悪いことじゃないはずなのに。

 ぼくの疑問にもシャウラ様は嫌な顔をしなかった。

 ゆっくりとした口調で、少しずつ話してくれた。


「俺様は子どもの頃から他種族を喰わないスタイルを貫いていた。だがそれは、尊い命を奪いたくないだとか、他種族を傷つけたくないっていう純粋無垢な動機からじゃない。呪いで寿命を半分に削られたくなかったし、皇帝や同胞たちみたいにおかしくなるのが嫌だっただけだ。だが、この時の治療行為がきっかけで、一度だけ皇帝に喰っていないことをバレそうになってな」


 そういえばシャウラ様、さっきヴェルクに言ってた。

 自分が他種族を食べている魔族ジェマだと皇帝や国民達を騙してるって。


「でも食べてないのはいいことなんじゃないかな。皇帝は食べてる魔族ジェマで国民達にも狩りは推奨してるけど、強制まではしていないんだろう?」

「ミスティア、それは違うのよ」


 ずっと静かに聞いていたフランがぼくの疑問に答えてくれた。

 細い眉を寄せて難しい顔をしている。


「たしかに皇帝は他種族狩りを国民に推奨していて、強制はしていないわ。だけど、殿下のような王族や貴族くらいの高い立場にいる人はそうもいかないのよ。そもそも皇帝が他種族を食べるのは強くなれるから。帝国において力を得るのは絶対よ。ましてや殿下は次期皇帝となることを約束されてる。本人の意思に関わりなく、他種族の命を踏みにじるよう強制されるのよ」

「そんな……。望んでないのに、魔族ジェマの中にも食べさせられる人がいるってことか?」

「そうよ」


 森の中で見た、白いローブを着た青い髪の魔族ジェマが頭に浮かぶ。

 ローブには帝国の紋章があしらわれてたってヴェルクは言ってた。たぶん、あの人も帝国の貴族だったんだろう。


 今まで自ら望んで魔族ジェマはぼくたちを襲うと思ってた。

 けど、そうじゃなかったんだ。

 強制されて人喰いにならざるを得なかった魔族ジェマもいたんだ。


 ぼくを捕まえようとしたあの人は、どうだったんだろう。どんな気持ちでいたのかな。


「——で、皇帝にはバレたのか?」

「いや、結果的にはバレなかった。ティトゥスが庇ってくれたのだ」

 

 すぐにシャウラ様が魔法を使ったことはバレてしまったんだって。人間族フェルヴァーの怪我をなぜ治したのか、皇帝は厳しく問い詰めたのだそうだ。

 だけど。


「その時、そばで聞いていたティトゥスはこう言った。私を助けたのは皇太子殿下の戯れにすぎないだろう。殿下は他種族を手にかけた魔族ジェマに間違いない。我々人間族フェルヴァーは目を見ればすぐに分かるのだ、とな」

「皇帝はその言葉を信じたのか?」

「ああ、信じたさ。だからこうして誰も手にかけることなく真っ当に生きている。ヴェルク、これから先もずっと、あの時の恩を忘れないだろう。ティトゥスがいなければ、俺様は自分の意思に関係なく他種族の者を食べさせられていた。また、彼とはある約束を交わしたのだ」

「約束?」


 口角を上げて、シャウラ様は得意げな顔をした。

 ヴェルクのお父さんとシャウラ様はどんな約束をしたんだろう。


「ティトゥスは言った。自分のしたことを恩と感じるのなら、可哀想な目に遭っている他種族の民を救ってあげて欲しい、と。彼らは自分たちとおなじ〝人〟なのだ。差別されるいわれはない。俺様は二つ返事で合意した。共に過ごした時間は一時間にも満たなかったが、人生の転機だった」

「それでお前、皇太子でありながら、影で他種族融和ゆうわ派なんつーグループを立ち上げて、レジスタンスみたいな活動してんのか。あー、クソ。なんてこった。俺、お前に礼を言わなくちゃならねえ立場じゃねえか」


 深いため息をついてヴェルクは前髪を無造作にかき上げた。その顔は決まり悪そうだけど、口もとは笑ってる。

 きっと今、この瞬間、シャウラ様を見る目が変わったんだ。


「親父様を助けてくれてありがとな、シャウラ」

「どういたしまして。こちらこそ、ティトゥスのおかげで人喰いの獣にならずに済んだのだ。お前に会えて嬉しく思うぞ、ヴェルク」


 シャウラ様は立ち上がり、大きな手のひらを差し出した。

 ヴェルクはもう睨み付けなかったし、冷たい言葉を浴びせたりはしなかった。

 ためらわずにその手を取って、二人は熱い握手を交わしたのだった。

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