[2-6 reverse side]脱獄王子は皇太子殿下を牽制する
物心ついた時から、親父様はよく言っていた。
風を愛し、穏やかな生活を好む
だからいざとなったら俺達
◇ ◆ ◇
俺にとって
皇太子の言う通り、俺が生まれ育ったバイファル島には
島全体が巨大な監獄となっているその場所では法は存在しねえし、抗争は毎日起こっている。命をつけ狙う死神のようなやつらがそこらじゅうに徘徊してるのが常だった。
そんな治安の悪い場所に、気質が温厚な
同じ島出身のお袋が言うには、ずいぶん前に狩り尽くされて絶滅しちまったらしい。
親父様の話の中でしか
月に何度か寝込むくらい身体が弱いのに、貴重な体力と時間を使ってまで語って聞かせてくれたんだ。よほど大事なことなんだと思っていた。
実際に
やわらかそうな淡い紫色の鳥のような翼。涙で濡れた深青の瞳を見た時、身体中に衝撃が走った。
俺が守ってやらねえと、そう思った。
これは理屈じゃねえ。なぜか、そういう衝動に駆られたんだ。
助けてと乞われれば、力になってやりたい。
少し力を入れたら折れそうなくらい華奢な身体をしてんのに、ミストは気丈な女だ。
手ぶらで帝国に乗り込もうとしていると聞いた時にはさすがに驚いたが、助けてやりたい気持ちに変わりはない。
つり目がちな大きな瞳はいつだって揺るぎなく前を見てる。守りたいと心が動かされるのは、親父様に言われたからじゃない。
親父様の話では、世界的に見ても
ただ、目の前にいるこの男に関しては、他のヤツらとは少し違うってことは分かってきた。最初はなにか裏があるんじゃねえかと思ったが、助けたいというのは本心らしい。
嘘をついているかどうかは相手の言動や所作を見ていれば分かる。
生まれた時から、命のやりとりが常だった島に身を置いてたんだ。腹の探り合いくらいはできる。
「シャウラ、お前……他種族
皇太子は狼狽える様子を一切見せやしねえ。こりゃばれてもいいと思ってんだろ。
確信はあった。
助けたいと思うのが本心で裏がねえのなら、自国の民に嘘をついてまで俺達庇うことまでしたのなら、こいつは他種族の味方であることをあえて選んだというワケだ。
「他種族、
きょとんとした顔でミストが不思議そうに首を傾げる。
どうにも彼女は世俗のことには疎い気がする。
無理もねえか。村で平穏な生活をしていたんだし、争いとは無縁だったんだろうな。
「平たく言えば、俺やミストみてえな
「帝国にそんなグループがあったのか。知らなかった」
素直な性格の彼女らしく、やはり感動したらしい。背中の翼を少し膨らませて、嬉しそうに目を輝かせている。
あんまり皇太子ばかり見るんじゃねえよ。
分かってんのか、ミスト。そいつ、皇帝と同じ
他種族を庇護するグループが帝国で活動しているという話は傍目には聞こえはいいが、裏を返せば皇帝の意思に真っ向から反抗するレジスタンスのようなものだ。
そんなグループに皇太子が入り込んでいるというのは問題だな。スキャンダルなニュースになりかねねえよ。
「じゃあ、シャウラ様はぼくたちの味方ってこと?」
ああー、だからなんでそう簡単に相手のこと信用すんだよ。
他種族
いや、待てよ。皇太子はなんで従者を連れて、宿場町にいるんだ? 王族ってものは、城にこもってるのが常だ。外に出るのは公務の時くらいで——。
そうか。もしかして、こいつは……。
「なぜそう思う?」
ミストではなく俺を見て、皇太子は挑むように笑った。
上等じゃねえか、この野郎。化けの皮を剥がしてやる。
「頭につい血が昇っちまって気付かなかったが、冷静に考えればあんたの行動は不審な点が多すぎんだよ」
「ほう? 面白いじゃないか。続けてみろ」
従者の子どもが困った顔をし始めてしまったが、知ったことか。
もともとはコイツから吹っかけてきたケンカだ。
「じゃあ聞いてやる。なぜ帝都じゃなく、国境付近にあるこの町でうろついていたんだ? しかも騎士じゃなく、従者と名乗る子ども一人しか伴っていない。皇太子ともあろう者が護衛を一人も連れずにだぜ? 怪しすぎるだろ」
俺の考えが正しければ、皇太子が俺達を助けたのも合点がいく。
だとすれば、これはとんでもねえ拾いものだ。これから帝国の中枢に乗り込み、ミストの兄を奪還する目的で動いている俺たちにとっては、間違いなく。
「これは推測だが、あんたはもしかして他種族
皇太子の薄い唇が歪む。
「その通りだ」
口角を上げ、不敵に微笑む顔が様になっていてムカついた。
隣の従者は諦めたように深いため息をついている。かわいそうに。
「お察しの通り、俺様はすでに喰っている
なんでコイツはさっきから俺を見てにやにや嬉しそうにしてやがるんだ。
あー、馬鹿らしい。ぜってえ裏があると思ったのに、俺達を助けたのは純粋な動機だったってことかよ。お人好しすぎんだろ。
「しっかし、お前ティトゥスにこれっぽっちも似てないな。言葉遣いは悪いし、愛想もない。人相も悪い。顔の造形は悪くないのに勿体ないぞ。ティトゥスは絵に描いたような薄幸の美男子だったというのに」
「うっせえな! さっきから事あるごとに親父様の名前ばかり出しやがって。いい加減
「仕方がないだろう? ティトゥスの息子であるお前に興味があるのだから」
いや、たしかに俺は全然親父様に似てないけどさ! 地元のやつらにも完全に母親似って言われてたし。
あの気品あふれる雰囲気の親父様とガサツな俺を比べるってのが、そもそもの間違いだろ。
「シャウラ様! ぼくはヴェルクのお父さんのことは全然分かんないけど、ヴェルクはカッコいいと思う!!」
完全に不意打ちだった。
安定のいいソファに座ってんのに、ズルッと転けそうになる。
「——へ?」
隣を見れば、ミストは細い眉をきゅっと寄せ、真剣な表情でシャウラを睨んでいる。やわらかそうな両翼が、また少しふくらんでいる。
「背が高くて姿勢がいいし、笑うときれいだもん。それにすごく優しいし。ヴェルクだってじゅうぶん美形の男子なんだから!」
「ちょっ、落ち着けミスト! 恥ずかしいって!!」
いきなり大真面目な顔をしたと思ったら、何言い出すんだよ!?
ほんっと、こいつの言動は予測がつかない。
「はははっ! 悪い、ミスティア。別にヴェルクをけなしたわけじゃないんだ」
ほら見ろ。皇太子のヤツ、面白がって笑ってるじゃねえか。
「熱いねえ。どうせなら恋人同士二人きりにしてやりたいところだが、今は無理だな。諦めろ」
「ここここ、恋人ー!?」
うわ、見事にハモった。
盛大になにか勘違いしてやがる。いや別に、俺としては誤解されたままでも良かったんだが。
やべ……、顔熱くなってきた。
「ぼ、ぼくとヴェルクはたまたま一緒に行動してるだけで、そういうのじゃ……」
「なんだ、まだそういう関係じゃなかったのか。誰のものでもないなら俺様のものになるか? ミスティア」
「ふざけんな。この色魔」
やっぱり
ミストは俺が見つけたんだ。守ってやりたいと強く思えた、初めての女だ。
他の男にみすみす渡してたまるか。
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