[2-5]小鳥、スイーツを食べる
ヴェルクはすぐに答えなかった。けど、その無言はシャウラ様の質問に対して、そうだと返答しているようなものだと思う。
本人から事情は少しだけ聞いていたものの、びっくりだ。
政治犯としてヴェルクのお父さんを監獄島へ送った相手が、まさか帝国の皇帝だったなんて!
帝国は他国へ戦争を仕掛け、
シャラールだって一度は侵略されたんだ。当時王様だったヴェルクのお父さんの国も、たぶん帝国に侵略されたんじゃないかな。
ヴェルクがシャウラ様に対して敵外心むき出しな態度を貫いてるのも当然だ。両親とも生きてはいるけど、帝国はヴェルクにとって仇で、憎むべき相手じゃないか。
「親父様のことを知ってんのか?」
鋭い目つきのまま、ヴェルクがぽつりと聞いた。
笑みを崩さずにシャウラ様は頷く。
「城に連行されてきた時に一度だけ会ったことがある。彼は俺様にとっては恩人でな、窮地を救われたことがある。ティトゥスは生きているのか?」
「……島で結婚して、夫婦で仲良くやってる。身体は丈夫じゃねえしそんなに強くもねえけど、お袋がめちゃくちゃ強えから死ぬことはないだろ」
「そうか、それは良かった」
ふいに、ドアがノックされた。
思わず背筋を正すと、シャウラ様は真顔になって「入っていいぞ」と返す。
「失礼いたします」というかけ声のあとドアが開かれて、店員さんが一礼した。注文したものを運んできたみたい。銀色のワゴンを押してテーブルに近づき、丁寧な手つきで飲みものやデザートを置いてくれた。
「それではご用の際には呼び鈴を鳴らしてください」
「ああ、分かっている」
「失礼いたします」
店員さんはもう一度頭を下げて一礼する。
すごく丁寧な接客だ。格式の高いお店ってどこもこういうものなのかな。
小さくドア閉める音がしたら、シャウラ様はさっきみたいに穏やかな笑顔に戻っていた。
「心配しなくても襲って来やしないって言っただろ、ミスティア。さあ、冷めないうちに食べろ」
「うん」
隣のヴェルクはもうコーヒーを飲んでいるし、向かい側のフランは真っ赤なフルーツがのったケーキを口に運んで、しあわせそうな顔をしている。
みんなが食べてるなら、ぼくも食べようかな。
ぼくが頼んだフレンチトーストは、想像と少し違うものだった。
ふわふわした食パンは分厚くて、食べやすいようにサイコロ状に切り分けてくれてた。振りかけられた粉砂糖はまるで降り積もった雪みたい。一緒に運ばれてきた小ぶりのピッチャーには琥珀色のはちみつがたっぷり入っている。
生クリームが一緒に添えてあるけど、これはどうやって食べたらいいんだろう。
「ミスティア、食べ方わかる?」
ナイフとフォークをつかんだままあれこれ考えていたら、フランが声をかけてくれた。
「ええと……、ごめん。全然わかんない」
「分かんなくても大丈夫よ。あたしが教えてあげる」
パンは食べやすい大きさに切ってあるのに、どうしてナイフが必要なんだろう。
「はちみつはお好みでかけてね。パンはフォークに突き刺しても全然オッケー。生クリームはね、ナイフでパンに少しずつのせて一緒に食べるとすっごくおいしいわよ」
なるほど、そうやって食べるのか。
フレンチトーストはぼくも作って食べたことがあるけど、こうしてお店で出てくると食べ方までおしゃれになるんだなあ。
「もしかして食事のマナーを気にしていたのか? ここには俺様たちしかいないのだから気にせず食べろ」
「殿下が気にしなくても、あたしたちみたいな庶民は気にするのよー。もうっ、
コーヒーカップを口に運ぶシャウラ様を見上げて、フランは目を少し鋭くさせ、ずけずけと文句を言っている。
会った時から思ってたけど、この子ってシャウラ様に対してタメ口なんだな。
「フランって貴族みたいなえらい人じゃないのか?」
「あたしは殿下に雇ってもらってるだけで、両親はフツーの人よ。特別な身分とか持ってるわけじゃないし」
「そうなんだ」
手のひらサイズのピッチャーを指でつまんで傾けてみる。パンの上にとろりときんいろの蜂蜜をかかって、ますますおいしそう。
フォークでパンを刺して上に生クリームをのせるんだっけ。
慎重にクリームをのせて、そのままぱくっと食べてみる。
少し噛んだだけで、やわらかいパンとクリームが口の中でとけていく。
なにこれ、甘くてすっごく美味しい!
「うおっ、ミストどうした!?」
近くでベシッと音がしたと思ったら、ヴェルクが悲鳴をあげた。
どうしたんだろう。
隣を見て絶句する。いつのまにか広がっていたぼくの片翼が、ヴェルクの腕をぐいぐい押していた。
「ご、ごめん。ヴェルク、痛くなかった?」
「驚いただけだから気にすんな。大丈夫だからな?」
「うん……」
すぐに意識して翼を縮める。あまりにもおいしいから、気持ちが高揚しちゃったみたい。
そのやり取りを見てツボにハマったのか、シャウラ様はプッと吹き出して笑い始めた。
本日三回目だ。そろそろ恥ずかしくなってきたぞ。
「
「うん! すっごく美味しいよ!!」
「それはよかった」
顔をほころばせるシャウラ様は心の底から嬉しそう。フランの言う通り、本当に他意はないんだな。
ヴェルクも同じ考えなのか、もう皇太子様を睨んだりはしなかった。
「なあ、皇太子」
「シャウラで構わんぞ。ここでは他に誰も聞いていないし、呼び捨てで構わん」
大帝国の皇太子様自ら呼び捨てでいいって言うなんて、すごすぎる。
シャウラ様って、結構大らかな性格なのかな。やっぱり、本当はいい人?
「……シャウラ、お前は親父様に窮地を救われたって言ってたな。帝国に囚われてから監獄島に送られるまで親父様はロクな目には遭ってこなかったし、身動きもできない状態だった。そんな親父様が恩人って、当時何があったんだ?」
長い指を口もとに添えたまま、シャウラ様は黙り込んでしまった。
少しの間を置いたあと、「ふむ」と声がこぼれた。
「そうだな。お前には話しても構わんだろ」
なんだか含みのある言い方だ。まるで内緒話をするみたいな感じ。
そう感じるのも当然だった。シャウラ様の隣でフランが勢いよく立ち上がり、目をつり上げて抗議し始めたからだ。
「殿下、それは重要機密事項よ!? 密室とはいえ誰に聞かれてるか分からない。バレたら殿下の身に危険だって……!」
「ドアの向こうで誰かが聞き耳立てていたとしても、お前なら分かるだろう。フラン」
「そりゃそうだけど!」
激しい剣幕でフランが怒ってるのに、シャウラ様はにやにや笑っている。
まるで他人事みたい。
訳ありそうなその二人をヴェルクはじっと見ていた。真顔のまま口を挟む。
「俺も潜んでいるものを暴くのは得意だぜ。大丈夫だ、この部屋の近くには誰もいねえよ」
「さすがバイファル島の住人だな。助かる」
形のいい唇を引いてシャウラ様が微笑むと、ヴェルクがふいに口を開く。鋭い左目がすぅっと細くなる。
「そういえばシャラールに滞在していた時、聞いたことあるぜ。狩りによって囚われた他種族の民たちを救い、庇護する一派が、帝国で秘密裏に活動してるらしいな。その
「ふぅん? それで?」
皇太子様の表情はまだ余裕たっぷりだ。
追い討ちかけるように、ヴェルクは眉を寄せて畳みかけた。
「今のやりとりで確信した。シャウラ、お前……他種族
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