[2-4]小鳥、友達について考える

「ともだち……?」


 それって帝国の皇太子が、ぼくみたいな庶民と仲良くなりたいってことだよね。たぶん。

 なんか信じられない。


 おそるおそるメニューからシャウラ様の顔をのぞくと、彼はつった両目を少し和ませて微笑んでいた。


 外で見た時はもっと凄みのある笑顔だった気がするけど、こんな風に優しく笑うんだな。

 友達になりたいっていうのは、案外本気だったり?


「他種族を迫害している帝国の皇太子が俺たちと仲良くだと? そんなこと、信じられるか」


 目をつり上げて、ヴェルクが言った。

 シャウラ様は相変わらず動じない。腕を組んで、余裕のある態度を貫いてる。


「ま、友達って言うのは飛躍のしすぎだが、親しくなりたいとは思っているぞ。信じられないなら、嘘をついているかどうか魔法で探査してみるといい」

「できるわけねえだろ!? 俺は人間族フェルヴァーだぞ。魔法は苦手なんだッ」


 噛みつきそうな勢いでヴェルクは言い返してるけど、シャウラ様はなんのその。楽しそうにくつくつと笑ってる。

 そういえば人間族フェルヴァーって魔法が苦手な人が多いって聞いたことがある。魔族ジェマは反対に魔法が得意な人が多いんだっけ。


 ぼくは魔法なら少しは使えるけど、嘘探査の魔法は無理だ。


「不便なものだな。お前の気持ちも分からんでもないが、さっさとオーダーしてやらないと店に迷惑がかかる。文句なら幾らでも聞いてやるから、さっさと決めろ」

「……コーヒーでいい」


 ぶっきらぼうに言って、ヴェルクは口を引き結んでしまった。

 気持ちとしてはぼくもヴェルクと同じなんだけど、シャウラ様の言うことももっともだと思う。席についている以上、なにも注文しないままじゃお店に迷惑だ。


「ミスティアは決まったか?」


 やばっ、もしかしてぼくだけ注文が決まってない?

 焦ってメニューを見てみるけど、どれも初めて見る料理ばかりでなにを頼めばいいかわからない。だって、今までこんな高そうなお店に入ったことないもん。


 メニューを表にしたり裏返したりしていたら、ふと見たことのあるイラストが目にとまった。


 これなら、食べられるかも。


「フレンチトーストにしようかな。ほんとにご馳走になってもいいのか? シャウラ様」

「構わないと言ってるだろ。そうだな、フレンチトーストならミルクティーが合うぞ」

「じゃあそれにする」

「決まりだな」


 組んでいた腕を解いて、シャウラ様がテーブルの端にあった鈴を鳴らす。

 それほど間を置かずに訪ねてきた店員さんにテキパキとみんなの分を注文してくれた。

 シャウラ様もヴェルクと同じで、コーヒーだけみたい。

 食事に行こうって自分から言い出したのに、なにも食べなくていいのかな。


「お前たちはシャラールから来たのだろう?」


 オーダーを取りに来た時に店員さんが置いて行ってくれたグラスをあおった後、シャウラ様はそう尋ねてきた。

 グラスは人数分あって、水と氷が入っている。触ると冷たい。


「うん、ぼくはシャラールから来たよ。ヴェルクはちょっと違うけど」

「簡単な変装をしているあたり、帝国領内だと分かっていてこの宿場町に入ったのだろう? しかし、魔族ジェマの一人も連れずにずいぶんと無茶をする。俺様が来なかったら危ないところだったぞ」


 深いため息をついて、シャウラ様は眉を寄せた。軽く睨んでいるその両目は揺れていて、どこか心配そうだ。

 フランは皇太子様に他意はないって言ってたけど、やっぱり親切心から助けてくれたのかな。


「……顔を隠せば、イケると思ったんだよ」

「そうか。ヴェルク、ミスティア、知識としてひとつ教えておいてやろう。魔族ジェマではないお前たちには分からんだろうが、翼族ザナリールは甘ったるい匂いがするんだ」


 甘い、におい……?


 昨日は川で水浴びをして清潔にしてるし、香水なんてつけてない。そんなに匂いするのかな。

 あわてて自分の腕を嗅いでいたら、シャウラ様はプッと吹き出し、声をあげて笑い出した。


「甘ったるい匂いなんてしないと思うんだけど」

「くくっ、お前は面白いヤツだな、ミスティア。いくら嗅いでもお前には分からんよ。翼族ザナリールほどではないが、人間族フェルヴァーだって匂いはする。魔族ジェマからすればお前たちは捕食対象だからな。俺様たちだけが感じる美味うまそうな匂いがするんだよ。だから変装しても無駄だ。どんな格好をしていようとすぐにバレる」

「ま、マジかよ!?」


 ヴェルクが愕然としている。その紫色の左目は大きく見開かれていた。


 まさか魔族ジェマにしか感じない匂いがあったなんて! だからさっきの人たち、匂いがどうのって言ってたんだ。

 変装してもどうりですぐバレるはずだ。


「それは知らなかった、抜かったぜ。悪い、ミスト。完全に俺のミスだ」

「別にヴェルクのせいじゃないよ」

「そうだぞ、ヴェルク=ザレイア。人喰いの魔族ジェマに会ったことはあっても、監獄島には翼族ザナリールだろう? 知らなくても無理はない」


 ピクリとヴェルクの眉が小さく動く。


 今、なんて? どうしてシャウラ様はヴェルクが監獄島出身だって知ってるの?


「皇太子、お前やっぱり俺のこと」

「ティトゥス=ザレイア」

「……!!」


 今度こそ、ヴェルクは石のように固まってしまった。


 聞いたことのない名前だけど、彼の生い立ちを昨日聞いたばかりだからなんとなく察してしまう。

 たぶん、その人はヴェルクの……。


「セカンドネームを聞いた時、すぐにピンと来た。二十二年前、皇帝によって監獄島に送られた人間族フェルヴァーの国王ティトゥス=ザレイア。ヴェルク、お前はその息子なのだろう?」


 快晴の空みたいな色の両目は確信に満ちていて、まっすぐにぼくたちを見ている。

 口角をわずかに上げて、シャウラ様は微笑んでいた。

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