[2-3]小鳥、カフェに入る

 食事って言うから大衆食堂のような場所を想像していたけど、シャウラ様が選んだお店はぼくの予想と全然違っていた。

 チョコレート色の壁にガラス張りのきれいな外装。外から見えるお客さんはきちんとした格好をしてる。広場で見た外套を着ているような人は一人もいない。


「いらっしゃいませ、殿下。いつもご利用ありがとうございます」

「四人なんだが、奥の個室を使いたい。空いているか?」

「もちろん、空いております。すぐにご案内いたしますね」


 お店の人がすぐに出迎えてくれた。まるで待ち構えていたかのような素早さだ。

 白いシャツと黒のエプロンを着込んでいて、動作に無駄がない。

 この人も魔族ジェマだけど、さっきの絡んできた人みたいにぼくやヴェルクのことをじろじろ見たりはしなかった。


「おい、どこに連れて行くつもりだ?」


 ヴェルクがぼくの前に立ちはだかり、尋ねる。ピリピリした空気はもう感じなくなったけど、言葉は刺々しいし声音はまだ固い。

 そっとヴェルクの影からのぞくと、シャウラ様は笑っていた。


「見て分からんか? ここは喫茶店だ。食事をしに来たと言っただろう? 個室でないとゆっくり話もできんからな」

「いや、そういうことじゃなくてな。……ああ、もういい。好きにしろよ」


 舌打ちしても、皇太子は気を悪くしなかった。

 ヴェルクは顔を合わせてから一度も笑っていないし、今もきつく睨みつけている。なのに、どうしてシャウラ様は楽しそうな顔をしてるんだろう。


 シャウラ様の目が正気だってことはぼくが気づけたくらいだから、ヴェルクも気付いてるはず。警戒を解かないのは彼が帝国の王族だからだ。

 皇帝は他種族のぼくたちを狩り、徹底的に迫害している。そうするよう国民に推奨することまでしているんだ。

 その息子であるシャウラ様を信用できるはずないもん。


 頭の中ではぼくだってそう思うんだけど、どうしてなのかな。

 シャウラ様は昨日森で会った魔族ジェマや、さっき絡んできた旅人風の魔族ジェマと違う気がするんだ。


「殿下、こちらでございます」

「ありがとな。分かっていると思うが、いつものように呼び鈴を鳴らすまで誰も来させるなよ」

「承知いたしました」

 

 店員さんは恭しく頭を下げて行ってしまった。


 シャウラ様はいつもここに来ているのかな。

 誰も来させるなってどういうことだろう。わからないことだらけだ。


「ヴェルク、ミスティア、中に入るといい。心配はいらん。ここではお前たちを見ても誰も襲ってくることはない」


 一歩下がり、室内へ促してくれたシャウラ様の所作は紳士的だし、声は穏やかだった。今まで会ってきたどの魔族ジェマよりも優しい目をしていて。

 だからこそ、彼の真意がどこにあるのか、ますますわからなくなった。






 中に入ると、案内された部屋はダークブラウン色で統一されたおしゃれな内装だった。

 いつも行く食堂と全然違う。掃除は行き届いていて埃はひとつも落ちてない。


 天井には暖色の光を放つランプがぶら下がっていて、皮張りのソファはやわらかい。座り心地がよくて、一瞬でおしりが沈んだ。びっくりした。


 カーテンが開いた窓からは外の様子がよく見える。

 表通りを行き交う人でいっぱいだ。


 気を使ってくれたのか、入り口に近い席を勧めてくれた。シャウラ様は従者の女の子と窓際に座り、テーブルに立てかけてあった薄い板を取ると、くるりとぼくたちの方に差し出してくれた。


「俺様の奢りだ。好きなものを頼んでいいぜ」


 受け取って確認してみると、シャウラ様が手渡してきたものはメニュー表だった。

 シンプルだけど丁寧な細い線のイラスト付きで、どんなものを売っているのかとても分かりやすい。ただ、表示されている値段を見て飛び上がりそうになる。


「ほ、ほんとにいいのか!? すごく高いんだけどっ」

「俺様を誰だと思っている? こんなの大した金額じゃないだろう。遠慮するな」


 皇太子様からすれば大したことないかもしれないけど、初対面で奢られるのはやっぱり申し訳ないよ……。だってコーヒー一杯が食事代くらいの値段なんだよ!?

 助けてくれた上に食事までさせてくれるなんて。

 シャウラ様はどうしてここまで良くしてくれるんだろう。


「お前は決まったか、フラン」

「うん。フランボワーズのケーキとカフェオレにしようかな」


 従者の女の子はうきうきとそう答えた。即決だ。ずいぶんと慣れてる感じ。

 店員さんの口ぶりからしてシャウラ様は明らかにここの常連だろうし、フランもよく一緒に来てたりするのかな。


「ねえねえ、ミスティアは何にする?」

「——へ?」


 突然話しかけられた。

 魔族ジェマの女の子、それも年下っぽい子に話しかけられたのは初めてで、ドキドキする。


 ややつり目がちなヘーゼル色の両目は、新緑の訪れを告げる春のような色をしている。キラキラとした輝きからは、悪意なんか微塵も感じない。

 この子もやっぱり食べてない魔族ジェマだ。こわくないと思うのは、年下だからというだけじゃないみたい。

 思わず変な返事しちゃったけど、変に思われなかったかな。

 フランは頬杖をついて、ぼくに笑いかけてくれた。よかった、気にしてないみたい。


「殿下が奢りだって言う時は、ほんとに奢ってくれるから甘えていいのよ。見た目はそりゃ迫力あるしちょっとコワーイ感じだけど、他意はないから。食事代と引き換えになにかさせられるってワケでもないし」

「そうなのか?」


 ごはん一緒にしたいだけってことなのかな。

 確認の意味もこめて尋ねると、フランはいたずらっぽく笑ってこう言った。


「うん。殿下はね、ただきみたちと友達になりたいだけなのよ」


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