御子屋千央 Ⅱ
三
「
ハッと目を覚ますと―――わたしは
「
赤の、長い髪が垂れて、わたしの鼻先をくすぐります。頭の後ろの、彼の太ももの柔らかさが、温かさがわたしを支えます。頭部へ至る腹部の壁が、わたしの身体に降り注ぎます。包みます。包まれて。………こんなにも近くで彼の表情を、顔つきを、いろいろのものをじいっとみたのは、もう、いつぶりでありましょう。そしてこんな、こんなことが、わたしに起こってよいのでしょうか。………
「
「――――――ゆめ?」
気付けば彼の問いかけに、わたしはこう、答えていました。
「………どうした
「これは―――これはゆめか? わたしはゆめをみているのか?」
「しっかりしたまへ
そう、私に云います。
わたしのことを、じいっと見据えて。
―――見下ろして。
ゆめかもしれない。
やはり、やはり、これはゆめ。
ゆめのなかの、至福の。………
と。
手を伸ばしかけたとき、
「―――
にやり、と。
「キミというのはいったいいつまで、枕を吟味するのだね」
三白眼の瞳でぎろり、と。
わたしを瞳で睨みつけます。
あっという間に目が覚めました。
「あ、ああ―――すまない」
仕方なくわたしは起き上がりました。
「おとぼけもほどほどにしたまへよ」
はい。
と返事はしますが―――
―――妙でした。
現実。
ここは現実。
はずなのですが―――
本当に、本当にここは。
わたしの現実、なのでしょうか。
あの―――さきほどまでのわたしが目撃していたであろう―――あの恐ろしい、妙な、どうしようもない感覚どものいろいろは、たしかにわたしの、ほんとうのわたしの身に降りかかった、恐ろしい出来事の気がするのに―――その、出来事というのが、わたしはまったく判らぬのです。
思い出せぬのです。
いったいわたしは、わたくしは。………
すると、
ぎい。
と扉の開く音がして。
「オニイサマ」
と。
何度も聞いた、馴染み深い呼びかけが現れました。
―――
「また、ここにいらしたのですね」
むす、むす、と。
その、わたしの―――わたしの母方の従妹であるまゆみくんは、
どこまでもすらっとした、背高な
「これから伸びるんです」
わたしの心理を察したように、まゆみくんが云いました。
「さ、はやく帰りましょう」
「しかし―――」
「帰るんです!」
「しかし今日は」
今日は、と。
わたしは
「―――なんだね」
―――今日?
今日。
………………………きょう
今日がいったい、なんなのでしょう。
きょう。
………わかりません。
「なんだ
どうもそうらしかったので、
「どうやらそうらしい」と、わたしは彼に云いました。
「おれは別に構わんが―――」
と。
彼は云いますが、
―――ちら。
うながします。
「帰ります! 帰るんです!」
まゆみくんがぷりぷり云います。
ぐいぐいとまゆみくんが、わたしの腕を引っ張ります。
ものすごく必死です。
よっぽどわたしが、ここにいるのが―――
今日はおとなしく帰りましょう。
そう、わたしが思い直した―――
ときのことです。
「キミは健気だなあ。ハッハッハ」
「きあー! うきゃあー!」
まゆみくんが奇声を上げて、そのままたたたたたたたたと、玄関へたたたた駆け出してゆきます。
がちゃり。
ばたん、と。
扉を閉めて、いなくなります。
「ハッハッハ、ハッハッハ」
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