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 茜さんに!? 茜さんのせいでこんな悩みをもつことになっているっていうのに?

 問題の張本人の茜さんに、俺のこの葛藤について話してみろっていうのか?


 ぜったいまともな答えが返ってくるわけないだろ!

 あの茜さんだぞ!

 自分の都合のいいように言いくるめられて終わるって!

 柊子は茜さんのことを知らなすぎる!



 「ふぅん? まあ江蓮の言う通り、望んでいたような答えが、茜さんから返ってくることはないかもしれないけれど、自分の今の考えを知っていてもらうっていうのは、けっこう意味のあることなんじゃない?


 試してみる価値はあると思うけど。

 まあ、何か損するわけではないんだし。


 答えがでなくても、気持ちはスッキリするかもよ。

 今はそれでいいんじゃない?」



 インスピレーションに姿を変えた柊子は、そう言うと楽しそうに笑った。

 俺はまだ、柊子の笑い声を覚えている。


 俺はゆっくりとまた、目をあけた。


 茜さんに話してみる、か…。

 なんだかその場面を想像するだけで、ぐったりと疲れてきてしまって、だらりと上半身を机の上にうつ伏せた。


 ああーただでさえ、おれを一流の探偵に仕立て上げようと、探偵レベルを上げるための指示メールを定期的に送ってくる茜さんに、そんなこと言ったって、絶対ムダだろ…。


 江蓮君! 君はそんなつまらないことを気にしているのかい? くどくどくど…って、絶対そんなカンジに決まってるじゃんか…。


 考えるだけで憂鬱になってきた…。

 そんなとき、またしても、ブレザーのポケットに入れたままだったスマホがちいさくふるえた。


 それで俺は思い出す。

 そういえば、さっきスマホにメールがきてたっぽいんだった。


 また茜さんからの、探偵レベルアップ指示メールだと思って、ずっとほったらかしにしてたけど、そろそろ返事しなくっちゃなあ…。


 もしかすると、これがいい機会なのかもしれない、ずるずると流されたままでいないで、俺の考えていることを茜さんに伝えるべきなのかもしれない…。


 そう思って、俺はしぶしぶポケットから、スマホを取り出した。

 そしてスマホの画面を見た。



 「えっ!?」



 驚いたことに、そこにはラインのメッセージ通知がきていた。

 それも、犬彦さんからの。


  さっきのバイブは、犬彦さんからのラインのお知らせだったらしい。

 それならそうと、早く言ってくれよ、俺のスマホ!


 それを、ついうっかり茜さんからのメールだと思いこんで、ずっとほったらかしてた俺のバカ!


 俺は急いでラインをひらいた。

 犬彦さんからのメッセージを確認する。


 そこにはこんなことが書かれていた。



 『江蓮、今日は早く帰れそうだ。

 今夜は外へ飯を食いにいこう。


 焼肉はどうだ?

 個室のある店で、和牛を食わせてやる。


 今日は晩飯の支度をしなくていいぞ。

 腹をすかして早く帰ってこい。


 菓子の無駄食いなんかするなよ』



 「やっったあぁぁ!!」



 犬彦さんからのラインを読んだ俺は、すかさずガッツポーズを取った。


 まわりのクラスメイトたちは、さっきまでずっと居眠りしてた江蓮がとつぜん叫びだした、とか言っているけれど、まったく気にならない。


 俺は急いで、犬彦さんへ『了解しました!!』と返事をした。

 ついテンションが上がって、犬が肉にかぶりついているスタンプを、3つ連続で送ってしまった。

 やることをやったら、俺はまたスマホをポケットに戻した。


 みるみるうちに俺の口が、肉用の口へと変わっていく。

 ふっふっふ…今夜は犬彦さんと焼肉、あぁ…なに食べさせてもらえるのかなぁ、カルビ、タン、ロース…。

 クッパとキムチと、しめにアイスも食べたいなぁ。


 そうして俺の思考は、一気に幸せモードに突入して、ありとあらゆる不安や悩みから一時的に解放された。


 実は、犬彦さんからのラインを読むきっかけとなった、この直前に届いたメールこそが、茜さんから送られてきたものであり、それがまた、俺をとんでもない大事件へと巻き込んでいく始まりになるのだけど、このときの俺は、何も気付くことなく、ただただ焼肉のことを考えて浮かれているのだった。


 

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江蓮のふしぎな考察録2 ー暗闇のなかの推理ゲームー 桜咲吹雪 @fubuki-sakurazaki

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