エピローグ

 授業の終わりを告げるチャイムの音。


 その聞きなれた無機質な音によって、呼び起こされるように、俺は閉じていた目をそっと開いた。


 窓から差しこむ午後の太陽の光、カーテンがそよぐ影、がたがたとイスが動かされる音、騒がしいクラスメイトたちのおしゃべりの声。


 遠い過去の夜の記憶から、俺の意識は、今いる日常のなかに帰ってきた。


 このゆるい午後の空気のなかの光が、やけにまぶしく感じられて、俺はぱちぱちと瞬きを数回くりかえした。


 ぬるい光と、クラスメイトたちの喧噪の空気に包まれながら、俺はかるくため息を吐いて、頬杖をつきながら考えた。


 いま俺がもんもんと考えている悩み事について、もしも柊子に話すことができたならば、彼女はいったい、なんて俺に答えてくれるだろう。


 人の心の中に踏み入って、それを暴くような真似をする、探偵なんか…推理なんて行為は、もうやりたくない。


 けれど、俺のまえに現れる、不思議なできごと…それを考察することは、それまで俺が知ることのできなかった新しい世界を見せてくれた。


 自分の持ちえる力をすべて出し切って、真実への扉をひらく。

 そうして眼前にひろがる新しい世界は、それまでの俺がいかに、無知で視野の狭い子供であったのかを教えてくれるのだった。

 

 俺は、もっともっと、そんな世界が見てみたかった。


 でも、そんなことを考えるのは、やっぱりよくないことだろうか?


 未知の世界を知りたいと思う気持ちと、でもそうする過程でだれかを傷つけてしまうかもしれないという不安、そんな相反する考えのあいだで揺れている俺は、やはりどうしようもない偽善者なんだろうか?


 柊子、俺はどうしたらいい?


 俺はもう一度目を閉じて、あの懐かしい暗渠の暗闇の感覚を思い出そうとした。

 そこに佇んでいた、柊子の気配を。


 そうすると、なんだか柊子が、俺の目の前に立っていてくれるような気がした。


 俺のこの悩みをきいた柊子は、どんな反応をするだろうか。


 ぎゅっと俺は意識を集中する。

 あの暗闇のなかで、ゲームをしていたときと同じように、深く深く。


 きっと、柊子は…まず俺の話をきいて、そうだな、「バッカじゃないの」とかって言いそうだな。

 いや、そんなことは自分でもわかっているんだ、そういうことじゃなくて、俺が柊子に相談したいのは、一体俺はこれからどうすればいいのかってことで…。



 「江蓮ってば、そんなことも自分じゃわからないわけ?」



 うっ、悪かったな。

 だからヒントでいいから、これから俺はどうすればいいのか教えてくれよ。



 「そうだなぁ、確かにこんなマヌケな悩み、犬彦さんには言えないよね。

 とにかく今の自分の正直な気持ちを、茜さんには話してみたらどう?」


 

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