15-7
柊子にとって、彼女がいる世界の、いまの季節は冬だった。
柊子の誕生日がある月、十二月だ。
それは街のどこにでも柊が飾られている季節であり、高校受験の本番が近づいてきていて、そのプレッシャーに苦しむ柊子のようすを見かねたK子さんが、合格祈願のおまじないをするために、寒さに身を縮めながらも神社へ向かおうと決心した季節。
だけど、俺がこうして犬彦さんに手を引かれて歩いている、この満天の星空の下にひろがる世界は、五月だった。
街中のディスプレイなんかは、春らしいものばかりで、飾られているのは爽やかであかるい花々のデザインが多く、柊なんて飾っている場所はまだどこにもない。
ゲームの前半のほうでは、俺はK子さんの事故は、去年のクリスマス頃にあった出来事なのかもしれないとも考えていた。
だけど柊子の話しぶりや、彼女が隠そうとしている心の傷、それらは、K子さんの死が柊子にとって、つい最近の出来事であることを教えてくれる。
小さなことだけれど、そんな矛盾がなんなのか、なかなか結論を出すのは難しかった。
それから柊子は、こんなことも言っていた。
K子さんと過ごした、今年の、夏休みについて話してくれたときだ。
『海には人がたくさんいて、混んでいた。
いつ行ったって夏休みの海は混んでいるものだ』
そんなふうに柊子は言っていたけれど、俺には、この言葉が不思議でしょうがなかった。
去年の夏休み、この近くの海は、いくつかの台風直撃のせいで波が荒れ、それがなくなってもクラゲの大量発生があり、おまけにサメまで海岸近くに姿を現したことで、この数年のあいだで最も浜辺が閑散としてしまった年なのだ。
そして、今年の夏休みは、まだやってきていない。
それから、ここもひっかかった。
夜になっても戻ってこない子供を心配したK子さんの親は、彼女の行きそうな場所、知り合いの家とかに、片っ端から電話をしていたみたいだ、と柊子は話していた。
でもこの話、ちょっと変わっていないだろうか?
もし子供が家に帰ってこなかったら、彼女の行きそうな場所や知り合いの家にじゃんじゃん電話をかけずとも、うちの犬彦さんのように直接本人にーつまりK子さん本人の携帯にー電話をかける、もしくはメールを、ラインをすればいい話なんじゃないだろうか。
仮に、彼女たちの過ごしていた時間が、もし十年以上も前のものであるとするならば、現在とくらべると当時、中学生に携帯電話を持たせていた家庭は少なかったから、とも想像することができる。
柊子は、ずっと暗渠にいるんだと言っていた。
ここは静かで落ち着くのだと。
彼女のまわりの人間は皆、口に出さずともK子さんの死を悪い方向で柊子と結びつけ、離れていってしまった。
親友の死にだれよりも心を痛めていたのは、柊子なのに。
強気な柊子は、そんな自分の気持ちを他人から悟られないよう、表には出さないようにしていたに違いない。
昔のガキだったころの俺のように、それまでの明るく元気な柊子を演じ続けていた。
だけど本当の柊子は、くたくたにくたびれていた。
だから、あらゆるものから解放されるために、あの穏やかな暗闇の世界で、彼女はひっそりと心を休めていたのだ。
いつかは、ここから出ていかなくてはいけないと、柊子はずっと思っていただろう。
でもいつしか、そのタイミングを失くしてしまった。
そして悩み続けているあいだに、ずいぶんと時間が経ってしまったということなんだ、そうだろう?
まったく、柊子だってドジじゃないか。
そう思って俺は、犬彦さんに気付かれないように、こっそりと笑った。
俺たちは本当に、似たもの同士だった。
強がりで、そのくせ臆病で、大切なひとには素直になれない、弱虫だった。
だけど、ふたり一緒なら、暗闇から外へ出ていく勇気が持てた。
土手を登りきると、フェンスのむこうに犬彦さんの車が止めてあるのが見えた。
あの車に乗って、俺と犬彦さんは家に帰る。
後ろを振り返って、暗渠を眺めるような真似はしない。
もうそこには何もないと、分かっているからだ。
犬彦さんとつないでいる手に、ぎゅっと力を込める。
するとさっきまで、そうやって掴んでいた柊子の手が、そのあたたかく確かな柔らかさを持ったその感覚が、一瞬よみがえってきて、そして消えた。
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