第3話 サークルの先輩はやっぱりいい人だった件
「なんていうか、里山は趣味人だな。色々幅広く知ってて、すごい」
先輩はそう言うけど、私にしたら、先輩の方が凄い。
「それ言ったら、大橋さんも、ロードバイクであちこち行ってて凄いですよ」
なんて会話を交わしたり。
「最近、新型コロナのせいで、自粛、自粛で嫌になりますよね」
「まあな。里山も行きたいところ、色々行けないクチか?」
「声優イベントとか、作家さん関係のイベントとか中止されまくりですよ」
「ああ、そっち方面は密だから、って色々ありそうだな」
と愚痴を聞いてもらったり。
「これなら、ソーシャルディスタンス、出来てます、よね」
「大丈夫じゃないか?お互い後ろ向くって手もあるけど」
と先輩の家に遊びに行って、二人で過ごしたり。
ちなみに、無害な人だとわかって心を許しただけ。
最初はそう言い聞かせていた。
でも、一ヶ月もそんな事が続けば、私も認めざるを得なかった。
(私、大橋先輩のこと、好きになり始めてる)
もちろん、話してて楽しいというのはある。
ただ、彼の許容範囲は広いから、居てて安らげる。
外でのデートはまだしたことはないけど、気遣いも細かい方だし。
でも、マッチングアプリで出会った仲、と思うと、気が引ける。
今更ながら、都合のいい男性を求めて、アプリをやっていた。
付き合いのある男性は、タイプじゃないと決めつけて。
それが、この有様だ。
(私は案外、惚れっぽかったのかな)
実のところ、私は女子校出身なので、男性への免疫は低い方。
だから、色々憧れがあったり、夢を見ているところがある。
ただ、同じような友達が、性質の悪い男性に引っかかった事もよく見ている。
だから、男は狼じゃないけど、容易く信じないようにしていた。
でも、友達から聞いたことのあるような危険は全く無い。
むしろ、警戒されないように気遣いまで感じる程だ。
(大橋先輩のこと、好きになってもいいのかな)
いい人が近くにいたら付き合う。
普通のことだろうけど、マッチングアプリで会った相手でもある。
私の中の妙なプライドが邪魔をして、先に進む自信がなかった。
それに、大橋先輩だって、普通に友達と見てくれているのかもだし。
「でも、大橋先輩と恋人……」
想像すると、顔がにやけてしまうのがわかる。
ひょっとしたら、自粛期間の寂しさもあるのかもしれない。
でも、きっかけがそれでもいいか。
「よし、告白しよう!」
考えてみれば、大橋先輩もアプリをやっているのだ。
あえて尋ねるのは失礼かと思って聞いていないけど。
彼も他の女性と会っているかもしれない。
と思うと、胸の奥がムカムカするのを感じる。
これが、嫉妬、っていうのかな。
そもそも、マッチングアプリは、お付き合いするまでは、
別の女性と会っていてもOKが原則のはずだ。
本当、醜いなあ、私。
(私は、もう退会したのに)
なんて、身勝手な事を思う。自己嫌悪だ。
数日後。
「いや、美味しかった。ありがとう、里山」
「ど~いたしまして。お役に立てて何よりです」
食事を作りに行くという体で、先輩の家にお邪魔していた。
今日は、カレーライスを振る舞った。
「なんか、先輩の家行くようになって、もう一ヶ月なんですよね」
食後、だらーっと絨毯に寝そべって、つぶやく。
「最初、マッチングアプリで会ったときはビビったぞ」
「それはこっちの台詞ですよ」
隣では、先輩もごろんとなっている。
「実は、私、女子校育ちでして。割と、男性を警戒してたんですよね」
なんとなく、話したくなった。
「あー。なんとなく、感じてたよ。妙にピュアな割に、警戒心強めなところとか」
見抜かれていたとは、先輩は鋭い。
「女子校で出会いも無かったですから、いい出会いを夢見るんですよ」
「ま、いいんじゃないか。マッチングアプリでいい人見つかったか?」
その言葉に、メラメラと怒りが燃え盛るのがわかる。
何の他意もないのはわかる。でも、私だって、候補にしてくれてもいいのに。
「その。先輩。私はそういう事言われると、すっごい寂しいですよ」
怒りを抑えて、「寂しい」と伝える。
「いや、悪い。里山も、他に男性と会ってるかもだろ。気になってな」
「先輩は、私のこと、どう思ってるんです?」
勇気を出して、聞いてみる。
「正直、いい子だと思うよ。俺でいいなら、恋人になりたいくらい」
なんか、照れくさそうな声。
「じゃあ、ストレートに言ってくださいよ。脈なし宣言かと思いましたよ」
「悪い。じゃあ、里山。好きだ。付き合って欲しい」
ストレートな飾り気の無い告白。
でも、どんな夢見ていた告白よりも嬉しい。
「はい。私も、好きです。お付き合い、したい、です」
舌がもつれそうになる。
顔がとても熱い。
「先輩の事は、ほんとにお堅い人ってイメージだったんですけど」
「その面もあるし、間違ってないさ」
「すっごく優しいってのが、この一ヶ月で身に染みました」
私はしょっちゅう即レスするのに、こまめに返事くれるし。
それでいて、ちゃんと生活リズムを考えてか。
私が返信しやすい時間帯にメッセージをくれる。
他にも色々あるけど、些細なこと。
「こう、優しい、って照れくさいんだよな」
「素直に受け入れればいいと思いますけど?」
「だって、自分で優しいって思うなんて、ナルシストっぽいじゃん」
「先輩。そんな妙な見栄があったんですね」
「まあ、言われて嬉しいのは確かだけど」
なんだか、とても先輩が可愛らしく思えてきた。
「自粛は、色々大変ですけど。でも、会えて良かったです」
「俺もだよ、
「いきなり名前呼びですか」
「だ、だめだったか?」
「駄目じゃないです、
初めて、お互いに名前を呼びあった私たちなのだった。
世知辛い今日この頃だけど、今の私の心は温かい。
☆☆☆☆あとがき☆☆☆☆
考えてみると、新型コロナ禍後の世界で短編を書くのは初めてです。
長編は他にもうひとつありましたが。
あと、マッチングアプリって場もあって、いつもの私の作品より生臭みがあるかもです。この暗いご時世だから、あえてこういう話を書いてみたくなったのでした。
マッチングアプリを始めてみたら、サークルの後輩とマッチングしてしまった件 久野真一 @kuno1234
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます