第2話 サークルの先輩とマッチングしてしまった件

「え?これ、大橋先輩だよね」


 よく考えずに、「いいね」が来た相手に、「ありがとう」を返す作業中。


『モトさんとマッチングが成立しました』


 というメッセージが来ていたので、相手のモトさんの写真を見てみようと。

 いつものノリでプロフィール写真を開いてみたのだ。


「いくらうちの大学大きいと言っても、ホント?」


 身バレを恐れて隠れてマッチングアプリをやってる人はいる。

 うちのサークル女子も、寂しさからか、やってみている人を知っている。

 でも、サークルの男子、それも大橋先輩とは。


 滅茶苦茶気まずい。


 大橋先輩は先輩で、「里山、マッチングアプリなんかやってたのかよ」


 と思ってそうだ。付き合いは浅いけど、そういう軽いのを嫌ってそうなイメージ。

 

 私としては別に嫌いなわけじゃない。

 ただ、私が入学した時には、既にCOVID-19による自粛が始まっていた。

 だから、サークルの先輩とか同期とも、イマイチ仲良くなれていない。

 ましてや、私は引っ込み思案な方だから、なおさらだ。


 ただ、対面で会った事は数える程。

 大橋先輩は私に興味がなさそうだったし、私も、少し違うなと思っていた。

 なんていうか、私の求めているオタ臭がしないのだ。

 オタクが多いサークルだけど、「進撃の巨人好きなんです!」という

 明らかに一般人な男子や女子もしばしば入ってくる。

 大橋先輩もそういう「皆知ってる作品」の話をするタイプだった。

 だから、濃い目のオタである私とは住む世界が違うと、そう思っている。


 しかし、このまま何も切り出さないのも、気まずい。


【はじめまして、リヤといいます。マッチングしてくださってありがとうございます。色々お話聞けると嬉しいです】


 もはや定型文と化した最初の挨拶を打ち込む。

 いや、相手が大橋先輩なわけで、ちょっと違う挨拶もかけるかもしれない。

 しかし、「大橋先輩ですよね」とかいきなり書けない。


【こちらこそ、ありがとうございます。モトといいます。よろしくお願いします】


 大橋先輩も無難な返事。

 でも、大橋先輩に、もしもこれバラされたら嫌だなあ。

 そういうタイプじゃないと信じてるけど、噂はすぐ広まるものだし。


【ところで、モトさんも大学生さんですよね。どこの大学ですか?】


 言うまでもなく、同じ、東鴨川ひがしかもがわ大学だ。

 でも、こんな状況でどう話を切り出せばいいのか、わからない。


【東鴨川です。ちなみに、リヤさんは?】

 

 ああ、これ、答える流れだよね。


【私も同じです。というか、もうぶっちゃけませんか?】


 お互いに腹を探りあっていても仕方がない。


【やっぱり、里山さとやまか。続き、ラインでやるか?】


 一応、お互いにラインを交換しあったくらいの交流はある。

 本来、ある程度メッセージを交わしあってから、ライン交換が普通だ。

 ただ、こっちで妙な芝居しても仕方ないよね。


【はい。じゃあ、ラインでお願いします】


 いや、本当何を言われるのだろう。

 色々憂鬱だ。でも、とりあえず。


【すいません。色々と】


 まずは謝っておく。特に、自己紹介文を盛った辺りとか。


【別に謝らなくても良いと思うけど。俺もやってたわけだし】


 それもそうか。って、本題はそこじゃない。


【でも、自己紹介文盛ってたの気づきましたよね。色々】


 BLも乙女ゲーも、漫画も小説も何でも嗜むディープ系オタ。

 それが、サークルでの私の位置づけだ。

 ただ、自己紹介文でどう書いたかというと。


『ちょっと、最近、息が詰まるなあと思って。

 いい出会いを探して登録してみました。テニスや旅行が大好きな大学生です。

 休日は、音楽を聴いたり、紅茶を楽しんだりしています。

 肩肘はらずに話し合える方がいいなって思います。

 まずは、お話から、よろしくお願いします』


 大嘘にも程がある。私はイベントとか除けばインドア派だ。

 大体、休日に音楽を聴くより、オタ向けショップで同人誌を漁る方が多い。

 私の大きい本棚には同人誌がぎっしりあるくらいだ。


【まあ、意外だったけど。それくらい別にいいんじゃないか?】


 と大橋先輩の返事はあっさりとしたものだった。


(お堅いと思ってたけど、サバサバしてる方なのかな)


 色々微妙な目線で見られると思っていたのだけど。


 そういえば、大橋先輩の自己紹介文を見ていないことに気づく。

 えーと。


『COVID-19で、出会いが減り、寂しく感じることが多くなりました。

 アプリで友達から、というのも我ながらどうかと思うのですが、

 私なりには、真剣です。

 休日は、ゲームしたり、ロードバイクであちこち走ったり。

 最近は出来てませんが、サークル仲間とあちこち遊びに行ったりしています。

 まずは、お話からでよければ』


 へー。そういえば、やけにスリムだなと思ったことがあった。

 それは、ロードバイク趣味のせいだったのか。

 小難しい本読む印象があったけど、普通にゲームもやるのか。

 など、少し、今まで知らなかった先輩の事を知れた気がした。


【それはどうも。でも、先輩、ロードバイクとかやるんですね】

【ま、ストレス解消も兼ねてるけどな。ロードバイクはいいぞ?】


 サイクラーの人は、こういう物言いを良くする。


【私も運動不足ですし。考えときます。ところで、通話しませんか?】


 私は、そんなに文字をばんばん打つのは得意じゃない。


【じゃあ、続きは通話で】


 というメッセージとともに、着信。


「で、改めて、こんばんは。大橋先輩」


 今は午後十時。大学生が寝るには少し早い時間だ。


「こんばんは、里山。ほんと、思ってもみなかったよ」


 と電話口の向こうから、くっくっと笑いが聞こえてくる。


「私もですよ。大橋先輩、アプリとかやるイメージなかったです」

「俺も同期からお勧めされてな。一ヶ月プランだけやってみることにした」

「あー、男性の方はお金かかるらしいですね」


 女性は無料だから、気にしたことはなかったけど。


「そうそう。半年とか一年プランにすると月辺りは安くなるらしいんだけど、そこまで熱意も持てないし。いい出会いが見つかれば、くらいの気持ちだったよ」

「私も、同じ感じです」


 無料だからやっていただけで、特に期待していたわけじゃない。

 もしかしたら、今の自粛のさなかだから、いい人いるかもなーと。

 そう思っただけだ。


「ところで、前から聞いてみたかったことあるんだけど。いいか?」

「ええ。どうぞ?」


 はて、何をだろう。


「実際のとこさ、BLの世界ってどんななんだ?」


 はいい?


「言ってもいいんですが。男性が知ったら、絶対引きますよ?」


 だって、妄想の中で男子と男子をカップリングしてる人種だし。

 大橋さんも、お堅いイメージがあるので、チャラい先輩と

 脳内カップリングしてみたことがある。

 それくらい業の深い人種なのだ。


「別に引かないと思うけどな」

「じゃあ、本当に引かないでくださいね……」


 今更、大橋先輩に引かれても何とも思うものか。

 ヤケで、あの作家さんの最新作が素晴らしいだの。

 オメガバースの話だの。色々を語ってみた。


「で、さすがに、ドン引きですよね?」


 少しの期待と、不安をないまぜにしつつ、聞いてみる。


「そうか?面白そうだと思うし。何なら買ってみようかと思ったぞ?」

「いや、さすがにそこまで理解示してもらわなくても大丈夫ですよ」


 きっと、先輩は、傷つけないように言ってくれたんだろう。


「本気だって。今まで全く知らなかったから。もっと聞かせてくれよ」

「ええ!?理解有りすぎですよ。先輩」


 これ、本当に語っちゃっていいんだろうか。

 腐女子友達じゃないと、女性でも引く話だけど。


「別に趣味の方向で、色眼鏡で見る方がおかしいだろ」

「それは正論ですけど……」

 

 しかし、その正論で世の中を見られる人がどれだけ居るか。

 ともかく、彼が恐ろしく柔軟な思考をしているのはわかった。


 こうして、なんとなく大橋先輩と毎晩ラインで話すようになった私だった。 

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