もう少しだけ

きと

もう少しだけ

 窓の外の木々が静かに揺れる。その光景を見ると、外が暖かくなっているんだろうな、と少年思った。

「なぁ、いつまでいるんだ? 俺と一緒にいてもつまらないだろ」

「そんなことないよ。一緒にいるとなんか落ち着くし」

 そう答えたのは、少年のベッドに腰を掛けて漫画を読む幼馴染おさななじみの少女だった。

 少女が少年の部屋に来てから、かれこれ二時間は経つだろうか? 特に二人は話すこともしていない。少女も少年に話しかけないし、何度も読んでいるはずの漫画を読んでいるだけだ。少年もパソコンでゲームをしているだけである。とても楽しいとは思えないが、それでも彼女はなかなか帰らない。なんなら彼女は、定期的に少年の部屋を訪れて、今日と同じように過ごしていた。

 少年は、彼女が定期的に自分の部屋を訪ねる理由に気づいている。

 ――彼女は、きっと……。

「ねぇ、君は生まれ変わったら何になりたい?」

「何だよ、急に」

「別に深い意味はないよ。ただの雑談だよ」

 少年は少しだけ考えて、答える。

「……俺は、生まれ変わりたくないかな」

「ふーん、なんでまた?」

 少年は、理由までは言いたくなかったのか、少し間を開けてから、

「今まで生きてきた結果だよ。もう一度今までのことを経験するのは、いやだな」

 そう言って、少年はゲームを一度止めて、少女の方を見る。

 少女は、寂しそうな顔をしていた。

 それを見て、少年もなんだか申し訳なく思う。きっとそんなことを言って欲しくなかったのだろう。

 でも、二人は長い付き合いだ。噓を吐いても、きっと気を使わせる。だから、本心を言うのが正解だと思ったが、間違えてしまったかもしれない。

 気まずい沈黙が生まれる。少年はどうしたものかと考えていると、少女が口を開いた。

「私はさ、生まれ変わったらもう一度君を探すよ。また君と一緒に遊びたいし」

「生まれ変わったら、そんなこと忘れてるんじゃないか?」

「……君って、変なところでリアリティを持ってくるよね」

 呆れたように、ため息をつく少女。だが、その顔はなんだか楽しそうに見えた。

「そんなことも飛び越えて、君を見つけ出すんだよ。ずっと一緒だったじゃん。何とかなるなる!」

 何の根拠こんきょもないのにやけに自信満々の少女を見て、今度は少年がため息をついた。

「なんで、そこまで俺にこだわるんだよ? 俺じゃなくても友達いるじゃん」

「分かってないなぁ。君には君の良さがあるんだよ」

 少年は似たようなことを何度も聞いたが、少女も似たような答えを何度も言った。

 特別優しいわけでも、外見がいいわけでも、勉強ができるわけでもないのに。

 分からない。全くもって分からない。

「だからさ」

「うん?」

 少女は、先ほどと打って変わって泣きそうな顔になっていた。

「――もう自殺しようだなんて思わないで。あんな思い、何度でも生まれ変わったとしても嫌だよ」

 そう言うと、少女の目から涙が落ちる。

 少年は、イジメられていた。

 少年はイジメてきた者達へのせめてもの復讐として、自殺しようと自室で首を吊った。

 でも、少年は生きている。

 その理由は、幼馴染で家が隣りの少女が、彼女の部屋から苦しくてもがいていた少年を見つけたからだった。

 病院で目覚めた時、家族と少女が涙を浮かべ、喜んでいた。

 でも、少年から絶望から救われることはなかった。

 少年は、退院したその日から部屋から出てこなくなった。学校も辞めて、家族とも会話せず、ひたすらゲームをする日々。

 こんな自分に生きている意味はあるのか。そんなことを毎日考えていた。

 でもある日を境に、少女が部屋を訪れるようになった。最初は部屋にも入れず無視していたが、流石にほぼ毎日来られると根負けしてしまった。

 少女は、部屋に入って少年と何気ない会話をしたり、マンガを読んだりするだけだ。ただ何もせず同じ空間に一緒にいるだけ、といった感じだ。

 少女は、心配してくれているのだろう。それが、本心なのか、幼馴染としての世間体なのかは分からない。絶望でひしゃげてしまった心では、人を素直に見ることはできなくなっていた。

 ……正直、少年は未だに死んでしまいたい気持ちを拭えない。

 でも、もしも本当に自分に生きてほしいと思っている人がいるのなら。

 自分にまだ、笑いかけてくれる人がいるのなら。

 自分のために、涙を流してくれる人がいるなら。

「分かったよ、約束する」

 ――もう少しだけ生きてみるのも、悪くない。

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もう少しだけ きと @kito72

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