初恋
タマサトエリ
初恋
「わたくしは嫌だわ、あそこでお花を買うなんて」
「わたくしも、でもあのお方、最近よく見かけるのよ、ガーベラを買うおつもり
かしら、あちらにもお花屋さんはあるというのに。嫌だ嫌だわ。早く行きましょう」
「こら、人様に指をさしてはいけません」
「だってあの男の人、不思議なお顔をしているんだもの」
「いけません。ほら、行きますよ」
「オレンジのガーベラ、一輪くださる?」
「はい、かしこまりました」
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「おい、声かけてみようぜ」
「嫌だね、お高くとまった感じがいけ好かねぇ」
「おうおう、やめとけやめとけ」
「ピンクのガーベラ、一輪くださる?」
「はい、かしこまりました」
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「あの方、久能伯爵家の御子息の婚約相手よ、確か。記事で見たもの。
来年御子息が外国から帰国されたら、ご結婚ですって。お綺麗な方だこと」
「でも、お互い一度も会ったことがないって噂じゃない。美男美女、どちらも
立派な伯爵家でもあるし、申し分ないとはいえ、何だか不憫だわ」
「赤いガーベラ、一輪くださる?」
「はい、かしこまりました」
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「でもよぉ、あぁ大人しそうに見えて、色々って噂だぜ」
「見かけによらずってのはこのことか、ひっ」
「白いガーベラ二輪、くださる? 持っていこうと思うの」
「はい、かしこまりました」
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―川瀬伯爵家ご令嬢失踪事件―
紙面が賑わったのは、まだ肌寒さの残る春の朝のこと。
当初は川瀬家、久能家、両家に憶測や疑惑の目が向けられ、
ぽつりと姿を消した花屋の噂が出回ると、似顔絵が挙がり、その顔にある傷跡の
物珍しさに、再び世間の噂は過熱した。
好き勝手に揶揄する者、憐れむ者、其々であった。
やがて誰も噂をする者もなくなり、時代の流れと共に皆の記憶から消されていき、 もはや誰も知ることのない謎である。
初恋 タマサトエリ @tamasato_e
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