おばあちゃんのミクロコスモス

@mrorion

おばあちゃんのミクロコスモス

登場人物


陽子

幸俊

はずみ

瑞枝

鷺澤

カーラ

キゼット

クロエ

ケント

コイネ/母

広瀬

その他の人びと



0 物語の終わり、あるいは物語の始まり


 薄く雰囲気のある明かり。ジャズのような音楽。人々が音楽に合わせて体を揺らしている。退廃的な空気。

 高足二段分くらい段差のある舞台の上の方(2Lv)から、陽子が目を輝かせてそれを見つめている。陽子が見つめているのは、中でもひときわ美しい踊り子。

 女が一人陽子の脇に現れる。


女 おい、ガキ。

陽子 …。

女 お前のおっかさんは今晩帰れやしないよ、三人はお客があるんだから。

陽子 …。

女 分かったらさっさと出ていきな。店の邪魔なんだよ。

陽子 …。


 女、舌打ちして出ていく。

 いつまでも黙って踊りを見つめ続けている陽子。溶暗。


 明るくなると、操り人形たちと幸俊が地面に倒れている。汚れて散らかったラボの中。

 2LVに落ちている携帯電話。


 はずみ、2LVに這って出てくる。


はずみ (携帯を取る)はい!


 広瀬、2Lvに現れる。


広瀬 中川はずみさんのお電話ですか。

はずみ …はい。

広瀬 お忙しいところにすみません。私、東京自衛軍多摩分隊所属の広瀬巽中尉と申します。一つご確認したいのですが、発明家の中川陽子さんはあなたのお祖母さまで間違いないですか?

はずみ はい、そうですが…

広瀬 中川さん、残念なことをお伝えしなくてはなりません。

はずみ え、…おばあちゃんに何かあったんですか?

広瀬 今朝方、東村山市内の自宅から噴火。

はずみ 自宅から噴火。

広瀬 周囲800平方メートルに延焼しました。幸い、周囲に人はいなかったのですが…

はずみ おばあちゃんたちは?

広瀬 たち?

はずみ あ、おばあちゃんは。

広瀬 未だに発見されていません。中川さんの自宅自体は燃え残っている状態です。…ですからご連絡しました。我々の捜索にご同行願えないでしょうか。我々とお祖母さまは、友好的ではありませんでしたからね。

はずみ あたしも、もうずっと離れていたんですけど。

広瀬 それでも我々よりはご存じのはずだ。

はずみ …わかりました。ご協力いたします。


 2Lvを、広瀬とはずみが降りてくる。二人とも、状況を見て絶句。

 はずみ、倒れている人々を一人一人抱き起し、壊れていることを確認する。


広瀬 この人たちは…

はずみ からくり人形です。

広瀬 は?

はずみ あ、おばあちゃんの使ってたお手伝いロボットみたいなものです。もう壊れちゃってますけど。

広瀬 これもお祖母さまが発明なさったんですか?

はずみ まあ、そうです。

広瀬 お祖母さまは…

はずみ ここにはいませんね。

広瀬 困りましたね。他の部屋をあたりましょう。

はずみ すみません、ちょっとだけ。

広瀬 はい?

はずみ …あたし、この人たちに育ててもらったんです。

広瀬 …そうですか。では隣の部屋を見て参ります。


 広瀬退場。

 はずみ、打ちのめされながら、最後に幸俊に手をかける。とたんに怪訝な表情。

 

はずみ …あの、あの、聞こえますか。わかりますか。


幸俊動き出す。


はずみ きゃあっ

幸俊 …

はずみ あの、あなたは、

幸俊 …おはよう、陽子。

はずみ …え?

幸俊 …きみは相変わらず若々しいね。俺なんか変わらないはずなのに、すっかり年老いてしまった。

はずみ …あの、

幸俊 これでも、まだ美貌って呼べるのかな?俺はもともと思っちゃいないけど。

はずみ あの、

幸俊 くだらないことだね。すまん。

はずみ あの、誰ですか?


 幸俊とはずみ、茫然と見つめ合う。


幸俊 きみ、見た目は若いのに、ぼけちゃったんだ?

はずみ いや、ほんとに知らないです。あと…陽子じゃないです。

幸俊 冗談やめろよ。俺は見間違えないよ。

はずみ ほんとに、似てるけどちがいます。あたし、その孫です。

幸俊 は?

はずみ 中川はずみって言います。

幸俊 陽子の、孫?(笑いだす)

はずみ あの、おばあちゃんのこと、知ってるんですか?

幸俊 おばあちゃんねえ。陽子のことなら一番知ってるよ。

はずみ 今どこにいますか?

幸俊 (空を見上げる)

はずみ …往ったんですか。

幸俊 旅立った。大気圏突破したかな。

はずみ は?

幸俊 でも落ちては来ないからな。無事に重力を振り切ったんだと信じてるよ。

はずみ 旅立ったって、天国にじゃなくて?

幸俊 宇宙にだよ。

はずみ …

幸俊 天国って。だって、ここにいるじゃないか。

はずみ は?

幸俊 あの陽子は飛んで行ったよ。でもきみだって陽子だろ。天国に行くにはまだ早い。

はずみ よくわからないんですが。

幸俊 よくわからない?俺にもだ。お前はほんとうによくわからない。

はずみ …ここで、何があったんですか。

幸俊 ああ、いまわかった。きみ、ぼけたんじゃないんだね。初期化しちゃっだだけな

んだ。

はずみ 初期化?

幸俊 長い話になるけど、それじゃ、ちょっと話してあげよう。いっておくけど、これをやったのは俺じゃない。きみだ。

はずみ あたし?

幸俊 というより、飛んで行った方だな。きみがおばあちゃんと呼ぶ陽子だ。

はずみ …そうですか。

幸俊 きみ、男と来ていたね。誰だ?

はずみ あれは


 広瀬入ってくる。


広瀬 中川さん。

はずみ あ。

広瀬 妙なものを見つけました。(鯖を目の前に掲げる)…生魚ですかね。

はずみ 魚?

幸俊 鯖だ。

広瀬 うわ。誰です、この男は?

幸俊 鯖だよ!

広瀬 サバ?!

幸俊 鯖だ、そうだ、そうだよ、陽子。懐かしいな!

広瀬 この人は?

はずみ あたしにも…ただ何か知ってるみたいで…

広瀬 ちょっと君。

幸俊 きみたち、これを見て何も思わないのかい?!


 陽子、2Lvに現れる。


陽子 思うよ!

幸俊 陽子。

陽子 やっぱりあたしたちに作れないものはないんだよ。

幸俊 わかってる、わかってるよ。(はずみと広瀬に)これは俺の話だし陽子の話だ。何、日は暮れないよ。頼むから今ここで話させてくれ。

広瀬 だから誰なんだ、君は。

幸俊 想像するんだよ。五十年前だ。

広瀬 君はせいぜい四十手前だろう。

幸俊 若く見えるんだ。東京の北の外れに、東京機械高専がある。技術者になりたい若者が日本中から集まってくる。その分野に関しては、帝大にも負けないような優秀な人材ばっかりだ。

はずみ 優秀な人材。

幸俊 そう。彼らは本当に機械が好きだ、工学が好きだ。五十年前だ、戦後が過ぎて、日本の国力がどんどん強くなろうとしていた頃だ。工業機械も兵器も、時代が、国が求めてる。若者たちは目を輝かしてそれらを作ろうとする。その中に、二人だけ、ひたすら鯖を作ってるやつらがいる。

広瀬 なんでだ。

幸俊 俺と陽子だ。

広瀬 なんでだと聞いたんだ。

幸俊 いいかい、五十年前だ。全てが若くて、貧しくて、輝いていて、俺は…


 からくり人形たち立ち上がり、踊るような優雅さで退場していく。陽子は2Lvから降りてくる。タイトルロールなどを入れてもよい。


1 走る鯖の機構考察、あるいは二度と帰らぬ青春の日々


陽子 幸俊!

幸俊 陽子!

陽子 ようこそ、東京機械高専へ!


 陽子、駆け下りてきて幸俊に飛びつく。抱き合ってくるくる回る二人。

 生徒たちが数人走ってくる。



生徒A  逃げろ、また中川と加賀見の作った化け物が来るぞ!

生徒B 気持ちわりい!


 何か気持ちの悪いものがその後を追いかけてくる。そのまま皆退場。

 陽子と幸俊、にたにたとそれを眺めているが、その後に教師たち。


広瀬 そこにいたのか、気違いども!

陽子 幸俊、逃げろ、先生だ!

幸俊 お?うわ、うわあ!


 幸俊はつかまる。陽子は逃げていく。広瀬、幸俊を殴る。


幸俊 何してくれるんだよ?

広瀬 ごみ箱だの怪物だのけしかけたのはお前らだろ!

幸俊 あれはあいつらが陽子を

広瀬 (殴る)いい加減にしろ!

幸俊 何を?

広瀬 その口答えだ!

はずみ 広瀬先生、そのくらいに…

広瀬 こういう奴らは言っても分からないんですよ。この役立たず!

幸俊 役立たずはてめえだろ!

広瀬 あ?

幸俊 役立たずって言ったんだよ!工業機械が何だ、兵器が何だ?下らねえことにしか役に立たねえもの作って。

広瀬 何を言ってるんだ、お前は。

幸俊 あんたたちは何度も社会のためだなんだって言うけどな、そもそも社会なんてくだらないって言ってるんだよ!

広瀬 てめえ何なめたこと言ってやがるんだ!(殴る)


陽子、気持ち悪いものと共に駆け込んでくる。陽子の合図とともに教師らに襲い掛かる気持ち悪いもの。


広瀬 てめえ…

陽子 広瀬先生、兵器学基礎演習の課題を提出いたします。

広瀬 あ?

陽子 それです。生物兵器バイオグレムリンです。

広瀬 この怪物が!?

陽子 機能すれば何でもいいっておっしゃったじゃないですか。

広瀬 俺は模型を出せと…

陽子 模型ですよ。十分の一スケールです。

広瀬 はあ?

陽子 期限は守りましたし、よろしくお願いいたします。

広瀬 おい、この、離せ!おい!


 広瀬、バイオグレムリンに押されるようにして退場。はずみも慌てて後を追う。


陽子 幸俊、大丈夫?

幸俊 あれ、課題制作だったのか。

陽子 あんたがヒントくれたんでしょ。いくら兵器っつっても、銃作るんじゃつまらないって。

幸俊 それで…

陽子 面白いもの作ろうとしてるだけなのに、どうしてわかってくれないんだろうね。

幸俊 あいつらが箱の中にいるからなんだ。学校も箱、国も箱、社会も箱、地球も箱。全部閉じた箱なんだ。みんな箱の中しか見えない。箱の外に何があるかなんて、考えようともしない。

陽子 あたしたちは?

幸俊 俺たちは箱の外だよ。

陽子 どうしてだろ?

幸俊 知らねえ。そういう風に生まれたんだろ。

陽子 そういう風に生まれた。

幸俊 いいじゃん、別に。一人じゃないんだから。

陽子 そうだね。次は何を作ろう?

幸俊 え?

陽子 だから、次、何作ろう?

幸俊 (笑って)何作ろう?


 幸俊、客席に向き直り。


陽子 課題提出しただけなのに何が「この学校の恥」だよ。あの野郎。

幸俊 気にすんな。

陽子  気にしてないよ。でも、文化祭参加禁止がなあ。一番目立てる時なのに。

幸俊  こっそり出せねえかな。

陽子 ばれたらどかされる。

幸俊 じゃあ、先公見たら逃げるように作ったら?

陽子 頭良いね。じゃあロボットだ。

幸俊 あー。でも、神宮寺たちも兵士型ロボット作るって息巻いてたな。

陽子 神宮寺!あいつが大したもの作れるわけないのに!

幸俊 あいつらと同じもの作りたくはねえな。

陽子 他に何か。向こうが人間で来るなら、こっちも生き物じゃないと勝てないんじゃないかな。

幸俊 …勝つ?

陽子 どうせ作るなら一番精密で、すごいものを作りたいじゃない。

幸俊 違う、それだ!

陽子 違うそれだ?

幸俊 俺たちが作った「この学校の恥」が、他の奴らが作った兵器をどんどん倒していったらどうなる?

陽子 面白い!

幸俊 これで行こう。

陽子 何なら勝てるかな?ゾウ?

幸俊 目立ちすぎると思う。狼は?

陽子 意外性がないな。チンパンジーは?

幸俊 俺見たことねえよ。

陽子 あたしも。

幸俊 どうしようもねえじゃねえか。

陽子 あ、鯖。

幸俊 鯖!?

陽子 鯖は足が速いって言うじゃない!逃げるロボットにぴったりだ!

幸俊 確かにな!でもどうやって動かすんだ?

陽子 足を生やそう。

幸俊 それもそうか。

陽子 入手も容易!

幸俊 悪くねえな!

陽子 どうせなら大群で。

幸俊 じゃあ足の仕組み考えないとな。

陽子 あと防腐処理が必要だね。

幸俊 その辺はお前に任せた。後は攻撃手段だな。

陽子 一番簡単なのが、水噴きかけて相手の電気系統を破壊する手だろうな。

幸俊 でもな。内部に水があると、鯖、腐んねえか。

陽子 あー。その通りだ。じゃあ火か。

幸俊 焼き魚か。でも一歩間違えば事故だぞ。

陽子 確かに、火事は嫌だね。

幸俊 鯖の塩焼き食いてえな。

陽子 塩だ。

幸俊 塩?

陽子 塩かけたら、たいがいの機械はいかれるよ。

幸俊 そりゃかなりかけないと駄目じゃないか?

陽子 そうかな。神宮寺達が作るっつったら、あれでしょ、どうせ去年の八釼博士の二足歩行型ロボットをもとにするんでしょ?あれの欠点は人間っぽさがないことじゃない。可動性を優先したせいで、かなり隙間があることなんだよ。

幸俊 良く見てんな。

陽子 あいつらが改善できるとは思えない。たくさんの鯖で襲撃すればいけるよ。

幸俊 他の機械はどうする?

陽子 隙間がないのは厳しいな…

幸俊 鯖を重くしてぶつけたら、直接破壊できないかな?

陽子 操作が難しそうだな。ある種の金属に引き寄せられる仕組みを作るならありかも。あいつら、どうせ基盤にアルミばっか使ってんだから。

幸俊 ああ、なるほどな。足どうしよう?

陽子 ドイツのヘッケル博士が作った義肢については読んだ?

幸俊 あの、自分の体みたいに動かせる奴?

陽子 そうそう。ものすごく細かい部品の組み合わせで動いてる。システムだけなら使えると思う。任せて。

幸俊 何とかなりそうだな。

陽子 やっぱりあんたがこの学校にいてくれてよかった。

幸俊 え?

陽子 二人で組んだら、あたしたちに勝てる奴いないよ。

幸俊 当たり前だろ。

陽子 そうだね、当たり前だ。

幸俊 とりあえず、一匹買ってきて解剖してみないか?

陽子 よし。あんたお金持ってる?

幸俊 お前鯖買う金もないの?


 二人、退場。

 瑞枝、手紙を持って登場。


瑞枝 「瑞枝さん、お元気ですか。私は元気です。今度の学校の文化祭、良かったら来てください。展示場所はないけど、足の速い鯖がいっぱい走ってるのが見られると思います。幸俊がいてくれて幸せです。身体には気をつけて。いずれ帰ります。陽子」


 瑞枝、ため息をつく。


瑞枝 陽子ちゃんは、楽しそうでした。あの子が問題児だっていう連絡は学校から何度も届いたけれど、それでも、手紙の中のあの子は楽しそうでした。私といるときは、一度もそんな顔をしなかったのに。私が知っている楽しそうなあの子の姿は、もっと小さい時の姿でした。あの子のお母さんを、お店の窓の外から、うっとりして、ただずっと見つめている姿でした。


 瑞枝、手紙を持ったまま。


3 光と影、あるいは運命の寵児とそうじゃない奴


1Lvにキゼット現れる。


キゼット あら、瑞枝さん。何、それ。

瑞枝 ああ、これ、ビラです。伝単。こっそり拾っちゃいました。

キゼット あら、見せて見せて。…これ、ソ連が撒いたのかしら。笑っちゃうわね。

瑞枝 そうですね。

キゼット 本当にまた始まっちゃったのねえ、戦争。

瑞枝 ええ。

キゼット 戦後のあの苦労はなんだったのかしら。

瑞枝 ええ…

キゼット まあ、前よりは楽な戦みたいだからいいけれど。

瑞枝 …。

キゼット 陽子ちゃんはお元気?怪我はもう大丈夫なの?

瑞枝 …元気、なのかしら。時々電話や手紙が来るだけで。だけど、なんとか大丈夫みたいです。

キゼット どうしてるの?

瑞枝 東村山の方に土地を買って、そこに研究室建ててずっと籠もってるんです。

キゼット あら、あの子もお金持ちになったのねえ。

瑞枝 あの子は軍事技術者になったわけじゃないんですよ。遺産が入ったんです。あの子の親族から。

キゼット あら、親族いたの?

瑞枝 …私も初めて知りました。向こうの人たちも驚いたそうです。

キゼット あら、よかったわね。安心したわ。

瑞枝 幸俊くんみたいに、活躍してるわけじゃありません。

キゼット 活躍って言ったって、あんなの戦争に乗っかっただけじゃない。雑誌になんか載っちゃって、しれっと、この国のため、守るべき人たちのためとかなんとかって。あれは名誉欲よ。がっかりしたわ。

瑞枝 陽子より人のためにはなってると思いますけれどね。

キゼット 何言ってるの。陽子ちゃんのほうが何倍も立派よ。だって、幸俊くんが作ってるのは人を殺す機械よ。陽子ちゃんはお家に籠もってるだけでしょう?誰も傷つけてないじゃない。このご時世、誰も傷つけようとしないだけで立派なことよ。

瑞枝 そう言われれば、そうかもしれませんね。

キゼット あら、そろそろ開けなくちゃ。瑞枝さん、看板出してきて頂戴。


 瑞枝、キゼット陰へ。

 幸俊、クロエあらわれる。


幸俊 すみませんね。研究が止まっちゃって。

クロエ いえ、取材を受けるのも大事な仕事です。加賀見さんに憧れて、優秀な子供たちがどんどん軍事技術者を目指してくれれば、、軍は大助かりですよ。

幸俊 ぼくは広告塔ですか。

クロエ そういう意味では。

幸俊 すみません。わかっています。

クロエ …お仕事に戻られるんですか?

幸俊 ええ。遅れを取り返さなくては。

クロエ 分かりました。お疲れさまです。


 クロエ、退場しようとして。


クロエ 先ほど、横で聞いていたのですが。

幸俊 はい?

クロエ 本当に、昔、反戦活動をなさってたんですか?

幸俊 本当ですよ。でも、さっきも言った通り、子供の遊びでした。阿呆なおもちゃを作って、それが戦いだと思ってたんですよ。

クロエ そうなんですか…どうして…?

幸俊 ぼくだって時代に浮かされたんです。ある時、馬鹿だったって気づきましたけれど。浪費した時間を取り戻すために、この仕事に就きました。

クロエ そうですか。

幸俊 …それでは。

クロエ あ、失礼します。


 クロエ退場。

 陽子、カーラ登場。陽子は腕を振り回している。


陽子 外れだったね、全自動腕振り回しマシーン。

カーラ 何の役にも立ちませんね。

陽子 喧嘩にはちょっとは役に立つかも。スイッチ止めて。

カーラ どこにあるんですか?!

陽子 右肩…

カーラ 無理ですよ!殴られちゃいます!

陽子 なんとか!

カーラ えええ…(何とかして止める)

陽子 ふう、ありがとう。

カーラ まったくです。

陽子 ニュース鳥!


 陽子、腕を伸ばして手を握る。再び手を開くと、そこにはおもちゃの鳥が一羽。


陽子 今日のニュース。スピーカー、カーラ。

カーラ 「今日のニュース。海軍大臣訪米」

陽子 次。

カーラ 「長野県で主婦失踪」

陽子 次。

カーラ 「新型航空機エンジン実用化。…かねてより開発が進んでいた、燃費を大幅に改善した新型航空機エンジンがいよいよ実用化される運びとなった。本日午後の最終の性能試験を経て、現行の戦闘機の機体に順次搭載される見通し。このエンジン開発者である加賀見幸俊氏は、『このエンジンは戦況をより有利に運ぶ助けになると確信している』と語った。加賀見氏は二十六歳、若いながらも気鋭の技術者として名を知らしめている」

陽子 次。

カーラ 「小松菜と豚肉の煮物 材料 小松菜 豚肉 煮干し」

陽子 もういいや、ありがとう。

カーラ 今日の夕ご飯によさそう。

陽子 カーラ。材料は?

カーラ 小松菜ですか。

陽子 違う。

カーラ ああ。昨日の残りは冷凍室に入れてあります。今日新しいのが届くはずですよ。

陽子 全体?

カーラ はい。

陽子 受け取っておいてくれるかな。しばらく、いろいろやってるから。


 陽子、残っている幸俊の影を認めたかのように、ふと立ち止まるが、そのまま退場。


カーラ あの人の記憶に誰が残っているのかは言うまでもありません。でも、彼の何が残っているのかは、私の知るところではありませんでした。私はあの人でしたが、あの人ではありませんでした。つまり私はあの人の孫娘だったのです。娘では近すぎるから、孫娘。あの頃のあの人と私では、見た目の年もほとんど変わりませんでしたけれど。


 チャイムの音。


カーラ あら。(壁のボタンを押す)どうぞ。


 男が布に巻かれたケントを担いで現れる。


カーラ いつもありがとうございます。


 カーラが何かブツを渡すと、男が出ていく。ケントが残される。同時に幸俊も退場。


カーラ ようこそ。(ケントに巻きついた布を剥がす)あら、綺麗な顔なのね。加賀見さんみたい。よかったわね。何があったか知らないけれど、今度はきっと大事にしてもらえるわよ。…ここにいれば幸せよ。何も考えなくていいんだもの。


 ケント、少し身動き。


カーラ あら…


 カーラ、素早くナイフを抜いてケントの喉を刺す。ケントは再び動かなくなる。


カーラ 生きてる間はこのうちの一員にはなれないからね。


 明るい音楽。


カーラ このうちのこと紹介してあげるわ。この家は遊園地か万博みたいなものよ。それが玄関、不審者は撃退できるの。扉は回転扉なの。そっちが窓で、あの人の気分次第で色が変わる。ここは応接間兼リビングね。いろんなおもちゃが置いてあるでしょ。あっちがキッチン、特別な肥料と照明で、野菜も育ててる。それからこれが、下の階に続く隠し扉。全身用洗濯機が下にあるわ。トイレは家じゅう逃げ回ってるから、運動がてら頑張ってつかまえることね。それから眠くなったら、指を鳴らせばベッドが走ってくる仕組みになってるの。ね、素敵な家でしょう?


 舞台上のさまざまなガラクタめいた装置が一斉に動き出している。それらを見渡すカーラ。


カーラ あっちがおばあちゃんの研究室。そこにいるのがおばあちゃん。この家の全部を作った人。私のことも、そしてこれからあなたのことも。そしてあなたがこれから行くのが…冷凍室。こっちよ。


 カーラ、ケントを背負い上げて退場しようとする。

 

4 バイメタルの仕組み、あるいは道を逸れるということ


中島みゆき「世情」(イメージ)

人々が大挙して現れる。


はずみ 戦争反対!

人々 戦争反対!

はずみ 平和を守れ!

人々 平和を守れ!

はずみ 私たちはたった十五年前の、広島、長崎大空襲の惨禍を忘れてしまったのでしょうか!私たちは、あの戦争で得たたった一つの貴い教訓さえ、今手放そうとしているのでしょうか!今ここで、決してアメリカの言いなりになってはならない!再び戦争をはじめてはならないのです!


 陽子と幸俊が2Lvから顔をのぞかせている。以下、以上の台詞の間に。


幸俊 何だあれ。

陽子 ついてこう。何か分かるかもしれない。


 陽子と幸俊、こっそり列の後ろにつく。デモの波は再び動き出す。


はずみ 戦争反対!

人々 戦争反対!

陽子・幸俊 (遅れて)戦争反対!

はずみ 平和を守れ!

人々 平和を守れ!

陽子・幸俊 平和を守れ!


 人々と陽子・幸俊、そのまま退場。

 やがてUターンしてくる。人々は既にバラバラ。


はずみ ちょっとちょっときみたち。

陽子 はい。

鷺澤 見たことない顔だね。どこの子?

幸俊 どこって。

陽子 東京機械高専です。

鷺澤 は?

陽子 東京、機械、高専です。

鷺澤 高専生か。じゃああれか、君たちも学校をサボタージュしてきたのかい?

幸俊 さぼた…?

陽子 学校は、停学中です。

はずみ ふうん。何したの?

幸俊 あー、学校の奴らが作った兵器の試作品を、偉い人たちの前で全部壊しちゃったんです。

はずみ (目の色が変わる)何ですって?

陽子 私達ものすごくがんばったんです。できるだけ動きに狂いのないように、細かい歯車や回路をいくつもいくつも作って。特に狙撃の機構にこだわったんですけど、

幸俊 (止まらなそうな陽子を遮り)えっと、文化祭に展示されてた兵器の試作品を、襲って全滅させたんです。そしたらもう、ものすげえ猛烈に怒られて。停学三カ月。

はずみ あんたたち…それほんと?

幸俊 学校に聞いてくれたっていいですよ。

鷺澤 いやはや、子供かと思ったがすごい行動家だね。じゃあ、ぼく達に加わるかい?

陽子 …何してるんですか?

はずみ 決まってるじゃないの。あなたたちと同じことを、もっと、大きな規模で。


 陽子、幸俊、顔を見合わせる。


陽子 加わります。

幸俊 俺も、ぜひ。

はずみ いいわ。歓迎する。私は曾根崎。この地区のみんなをまとめてるの。大学生が多いんだけどね。で、こいつが副会長の橋場。

幸俊 加賀見幸俊です。で、これが中川陽子。

はずみ 加賀見君と中川君ね。よろしく。立ってるのもなんだし、あっちでもう少しお話しましょう。


 鷺沢以外の三人、その場でストップ。


鷺澤 あの子たちは、あっという間に活動に夢中になりました。ぼくたちが作っていたおもちゃみたいな火炎瓶やヘルメットは、あの子たちの手で強力な武器や防具に姿を変えました。


 活動家たち、バラバラと駆け込んでくる。


活動家A すげえぞ!警官隊追い返した!

活動家B こっちもだ。例のヘルメットかぶってるだけで、手出ししなくなりやがった!

活動家C これは気分いいな!

活動家A おい、中川!加賀見!いるか!

活動家B お前らの発明品がまた勝利を収めたぞ!


 陽子と幸俊、活動家たちに肩を叩かれて動き出す。


活動家たち 万歳!万歳!万歳!


 活動家たち、来た時の勢いそのままにはけていく。鷺沢も後に続く。


陽子 なんかすごい嬉しそう…

幸俊 陽子。俺、この運動に出会ってよかった。

陽子 よかったって?

幸俊 本当に未来のためになることをしてる。少なくとも、学校にいるときよりずっと。俺のやるべきことはここにあったんだ。

陽子 そうだね。本当に楽しい。あの人たちみんな、まともじゃない。

幸俊 まともじゃない?

陽子 あれ、あんたもそう思わない?

幸俊 学校の奴らよりまともだろ。

陽子 そうかな。

幸俊 だって、戦争をやめさせようとしてるんだぜ。

陽子 そうだね。

幸俊 だろ?

陽子 だね。

幸俊 …お前、本気でこの運動やってる?

陽子 やってるよ。何、吊るし上げでもしたいの?

幸俊 俺は嫌なんだよ、戦争。

陽子 あたしも嫌だよ。

幸俊 …小さい頃さ、俺によく似た叔父がいたんだ。

陽子 は?

幸俊 中身も、見た目も。陸軍に取られたんだ。戻ってきたときは、頭と心がやられちまってた。俺はその姿しか知らない。俺の未来みたいな男が、一日中暗い座敷で、なんかぶつぶつ言ってんだぜ。耐えられるかよ。

陽子 …。

幸俊 で、結局、風呂場で溺れた。自殺だったんだと思う。

陽子 …初めて聞いた。

幸俊 俺は嫌なんだよ、戦争、絶対。だから、矛盾してるみたいだけどさ、戦いたいんだよ。戦争をする奴らと。平和のために。

陽子 分かってるよ。だからここにいるんじゃない。

幸俊 お前と組んでれば、誰にも負けないと思うんだよ。どんなに国家権力が俺たちを締め付けても、お前がいれば、負けない武器が作れると思うんだよ。

陽子 そうだね。あたしたちならだれにも負けない。

幸俊 陽子、だからさ、俺、

陽子 あ。

幸俊 え?

陽子 思いついた。もっといい手榴弾の作り方!

幸俊 ……いま?

陽子 いま!降ってきた!ちょっと待って、前の試作品取ってくる。

幸俊 いや…俺取ってくるよ。


 幸俊退場。顔色を曇らせて見送る陽子。

 瑞枝2Lvに登場。


瑞枝 陽子ちゃん?

陽子 瑞枝さん。

瑞枝 …こんな時間にどうしたの?

陽子 …いろいろごめんなさい、って言いに来た。

瑞枝 そう。最近、どうしてるの?

陽子 元気だよ。幸俊も元気。瑞枝さんは?

瑞枝 私の心配するくらいなら、自分のことを心配しなさい。

陽子 …ごめんね。でも私、やっぱり学校向いてなかったんだよ。みんな、まともな人たちだから。ああいうのには、必ず嫌われるんだ。

瑞枝 そんなこと言わないの。

陽子 ねえ、瑞枝さん、ほんとに元気にしてる?

瑞枝 元気よ。

陽子 これ、重いけど。(差し出す身振り)

瑞枝 何?(受け取る身振り)

陽子 手土産、みたいなもの。拾って、今まで育ててくれて、ありがとう。それなのに、こんな頭のおかしい出来損ないでごめんね。

瑞枝 …陽子ちゃん!

陽子 お願いだから、もう私の心配はしないで。それでもっとまともな仕事に

瑞枝 いい加減にして!

陽子 ……ごめんなさい。おやすみ。(手榴弾にまたがり、異常な速さで退場)

瑞枝 待ちなさい、陽子…何その乗り物!ちょっと、陽子ちゃん…


 瑞枝、がっくりと項垂れるが、袋を開ける。


瑞枝 …一番上に入っていたのは、あの子の退学処分を知らせる手紙でした。その下に入っていたのは…きっちり、五百万円分の札束でした。ところどころ何かで汚れているようでした。返そうとしました…ですがそれから、あの子の居場所はわからなくなってしまいました。


5 ささやかな幻燈、あるいは地の底の美しい思い出


 踊り子たち現れる。後から広瀬。薄暗く色のついたダンスホールの明かり。


広瀬 良く聞け、お前ら。今夜ガサ入れがあるという情報が入った。今日は一晩中ダンスホールだ。分かったな。

女たち はい。


 広瀬退場。


クロエ 商売あがったりだわ。

キゼット でも助かったわ。こう毎日じゃ、身体が持たないもの。

クロエ そりゃそうだけど。あたし踊りは下手なのよ。

キゼット それじゃつらいわね。

クロエ …瑞枝ちゃん?

瑞枝 は、はい?

クロエ あなた大丈夫?

瑞枝 ええ…だいぶ…踊るくらいなら…

キゼット じゃ、やっぱりよかったわね。客取らずに済んで。


 鳴り出す音楽。軍服らしきものを纏った男たちが現れ、踊り子たちと踊り始める。瑞枝は途中でふらつき、他の女と交代する。

2Lvからひときわ美しく着飾ったコイネが降りてくる。男の一人がすかさず手を取り、中央へエスコート。踊り出す二人。人々は踊りをやめ、彼女らに見とれる。

 いつしか2Lvに陽子が現れ、眼を輝かせてコイネを見下ろしている。瑞枝はそれに気づき、2Lvに上がっていく。


陽子 !

瑞枝 どうしたの?

陽子 …

瑞枝 こんなところで、何してるの?

陽子 …

瑞枝 お母さんは?

陽子 …あれ。

瑞枝 あれ?

陽子 あのひと。

瑞枝 あなた、エミさんの子供?

陽子 (うなずく)

瑞枝 そう。お母さん、待ってるの?

陽子 …みてる、だけ。

瑞枝 そう。…綺麗ね。あなたのお母さん。

陽子 (うなずく)

瑞枝 本当に、綺麗ね…


 踊り続けるコイネと男。踊り子たちはいつしかいなくなり、踊り続けるコイネを、ただ二人はじっと見つめている。ゆっくりと暗くなる(暗転はしなくていい)。


6 復讐の設計図、あるいは設計図による復讐


音楽が止み、明かりがつくと、踊っていた人々はからくり人形となる。4体がわらわらと動いている。


ケント せーんそう。

クロエ 軍艦軍艦ちょーせん

ケント ちょーせんちょーせんハーワーイ

クロエ ハワイハワイハーワーイ

ケント 一本取ってぐーんかん

カーラ あなたたち!

クロエ・ケント はーい。

カーラ もう、戦時中なのよ。気を抜かないで。

キゼット …戦争が起きても、この家には関係ないんじゃないの…?

カーラ そりゃ、出来るだけ関わり持ちたくないわ。でも無視はできないのよ。丸腰のところに空爆されたらおしまいよ…ケント、あなたは前の戦争のこと少しは覚えてるでしょ。

ケント いや、俺が作られてすぐ終わったし。

カーラ (ため息)戦争は早く終わってくれないと困るの。たとえ勝とうが負けようが。

キゼット 負けても…いいんですか…?

カーラ うちには関係ないでしょ。そもそも治外法権みたいなもんだし。だけど、うちが壊されたら大変なのよ。そう、高射砲も屋根に載せなくちゃ…


 ブザーの音。カーラとキゼット、はっと顔を見合わせる。


キゼット 鷺澤さん…?

カーラ クロエ、急いでおばあちゃん起こしてきて頂戴。

 

クロエ小走りで退場。キゼット、壁のボタンを押す。鷺澤現れる。


キゼット お待ちしておりました。

鷺澤 今回はこれだけ。あ、あと頼まれてた書類も。

カーラ 本当に、いつもいつもありがとうございます。

鷺澤 …陽子さんは?

ケント すいません、今寝てて。起こしに行ってます。

鷺澤 それはすまない。それ、何?

ケント これですか!これは俺とクロエの新しい発明です。このレバー押すと、壁が回って、窓が光って、窓の鍵が開いて、で、キャンディが出てくるんですよ!

鷺澤 へえ。ひとつもらっても?

ケント はい、もちろんです!(置いてあった機械を動かす)あ、原料については聞かないでくださいね。

鷺澤 わかってるよ。


 クロエ戻ってくる。


クロエ あれ、無理。

キゼット またですか…

カーラ またか…

鷺澤 ああ、いつもの奴?…じゃあまた来るよ。

カーラ 申し訳ありません。

鷺澤 陽子さんが起きたら、身体には気をつけるように言っといて。

キゼット ご迷惑をおかけするばっかりで…

鷺澤 俺が来た時間が悪かっただけだ。じゃ。


 鷺澤、出ていく。

 入れ替わりで、陽子が現れる。


ケント あああっ!

カーラ 起きられたんですか!

クロエ 嘘だ。

陽子 誰か来てたんでしょ。面倒だったんだもん。

キゼット 昏睡のふりですか…

カーラ 演技力の無駄使いはやめてください!

ケント 鷺澤さんだよ、おばあちゃん!

陽子 え、鷺澤さん!?(窓に駆け寄る)うわあ、やっちまった。

キゼット やっちまったじゃありません…


 ピヨピヨという電子音。


カーラ あ、来た…

ケント 通信鳥!


ケントが腕を伸ばして手を開くと、一羽の鳥が現れる。


ケント コイネからの通信。スピーカー、クロエ。

クロエ …計画成功。設計図をそちらに送信する。設計図出力。p778,f2864(意味不明な文字列をつぶやき続ける。カーラが近くの机になりそうな物に駆け寄り、全力で図を引き始める)

陽子 …やった。

キゼット そうですね。

陽子 やった。やった!ねえ、キゼット!

キゼット よかったですね…。


 陽子、カーラの後ろに回り込み、書かれていく設計図を見守っている。


キゼット 戦争は新しい戦争を生む。ここに生み出されて数年しか経たない私が、それでも学んだことはそれでした。二つの対立する思想が世界を真っ二つにし、一度勝敗が決すれば、負けた方は復讐を誓いました。負の連鎖です。おばあちゃんは戦争が嫌いで、だけど、生まれつきの、戦争屋でした。


クロエ 出力終了。

カーラ 後でもう一回再生して。

陽子 でもこれでだいたいわかる。…ほう、これが国の威信をかけた新型ミサイルねえ…

カーラ ものすごい効率主義ですね。どれだけ軽量化したんでしょう。

ケント おお、かっこいい形!さすが加賀見さ

クロエ (ケントの口をふさぐ)

陽子 (笑って)かっこいいね。だけどやっぱり、考え方って変わらないのね。ねえ、機械の一番面白いとこって何だと思う?

カーラ …それを私たちに聞かれても。

陽子 機械のいいところは、人力でできないことをすることじゃない。それは結果なの。そんなことじゃなくて、ほんのちょっと力を加えるだけで、全ての部品がかみ合って、組み合わさって、たった一つの目的のために残らず、少しの無駄もなく、動き出すところなのよ。美しいの、あんたたちは、機械は。完璧な世界、箱の中の完璧な世界なの!あいつはそれをわかってない。ずっとずっとわかってない!だからこんな無茶な軽量化なんかしちゃうのよ。

ケント はあ…

陽子 だけど、おかげでこの時が来た。この時を待ってたの、ずっと…ね、正確な図面もう一回引いて、できたら持ってきて。キゼットは助手。来て。


 陽子、目をきらきらさせて退場。キゼットも慌てて後を追う。


ケント どうするんだろ、あれ。

クロエ こわい。

ケント なあ、なんでおばあちゃんって加賀見さんのこと大っ嫌いなの?俺好きなんだけどな。すごいかっこいいし。

カーラ きっと加賀見さんが軍事技術者で、おばあちゃんが戦争嫌いだからよ。

クロエ ふうん。

カーラ …あなたたち、おばあちゃんがどうして時々昏睡するのか知ってる?

クロエ めんどくさいから。

カーラ 寝たふりの時もあるけれど。

ケント 理由なんかあるの?

カーラ あの人、昔、頭に大怪我してるのよ。その後遺症らしいわ。

ケント え、俺聞いたことない。

カーラ あの人のお母さん…育てのお母さんが教えてくれたの。反戦デモの途中で憲兵隊にやられたそうよ。その怪我。

クロエ だから、兵隊嫌い…

カーラ それに、加賀見さんが裏切り者に見えるんでしょう。大怪我したおばあちゃんを見捨てたようなものだもの。

ケント ああ、そうか…だから。

カーラ …私も、嫌いよ。さ、図面引くよ。通信鳥、コイネからの通信。スピーカー、クロエ。

クロエ 「…計画成功。設計図をそちらに送信する。設計図出力。p778,f2864…」


 図面を引きだす三人。

2Lvに幸俊とコイネ現れる。


幸俊 まだ残ってたのかい。

コイネ はい。

幸俊 お疲れさま。でもあとの仕事は俺が片付ける。きみは帰っていいよ。

コイネ いえ、お疲れでしょう。お手伝いしますよ。

幸俊 きみはほんとに優秀だね。

コイネ ありがとうございます。

幸俊 発想が豊かで、完璧主義で。理想的な軍事技術者になれたと思うよ。

コイネ なれたと思う…?

幸俊 (笑う)きみ、アンドロイドだろ?

コイネ !

幸俊 俺も昔はもっといろいろ作ってたから、わかるんだ。でもきみは人間より優秀だよ。作った人に会ってみたいくらいだ。

コイネ …私も知らないんです。

幸俊 …きみも苦労してきたんだろうね。機械だからって無理していいわけじゃないんだし、今日は帰りなさい。俺なら大丈夫だから。

コイネ …ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて。


 コイネ、退場。


幸俊 理想的な技術者になれたと思う。二人で組んだら、俺たちに勝てる国なんかなかった、多分…


 しばらく立ち尽くす幸俊。図面を引いていた三人は、前の会話の間に図面を引き終わり、退場している。幸俊も退場する。退場しかかるところ、余韻をかき消すかのように、流れる棒読みの「パーンチ」という音声。何度も繰り返される。

誰もいない舞台に、陽子が飛び出してくる。


陽子 うわ、うわ、やばい


 「パーンチ」「パーンチ」


陽子 腹立つ…(壁のボタンを押す)


 大きくなる音声「パーンチ」


陽子 うわっ、そうだ…


陽子がボタンを連打すると音声は止む。ふらふらと鷺澤が現れる。


陽子 鷺澤さん…すみません…

鷺澤 ついに俺は死ぬのかと思いましたよ。

陽子 大丈夫ですか?!

鷺澤 冗談です。陽子さんは命の恩人なんだから、殺されても文句は言えません。

陽子 何言ってるんですか。

鷺澤 防犯装置ですか。

陽子 そうです。ちょうどあの子たちの手入れをしてたので…

鷺澤 ああ、だから一人なんですね。


鷺澤、腰を下ろす。陽子、素早く退場、すぐに封筒を持って戻ってくる。


陽子 すみません。あたしお茶の場所さえ知らなくて。

鷺澤 いりませんよ。

陽子 すみません、でもこちらは。やっとまとまったんです。


鷺澤、封筒を手に取って中身を出す。


陽子 これだけあれば証拠としては十分だと思います。

鷺澤 敵と内通して、新型ミサイルの設計をわざと脆いものにしていた…ということですか。

陽子 脆いのは本当です。強度は足りていません。

鷺澤 なるほど。

陽子 でも、あいつを止められる人間はもう海軍の研究所内にはいないでしょう。だから、あたしたちのやってることは国のためにもなるんです。一人の男の驕りのおかげで、日本が不利になりそうなのを防いでるんですから。

鷺澤 俺はなんでもかまいませんけどね。

陽子 そっちがあたしの書いた設計図です。比べれば、あいつの設計の脆さがわかると思います。一応あたしのも軽量化に成功してるはずですから、軍の偉い人に並べて見せて下さい。

鷺澤 わかりました。俺には難しいことはわかりませんが、そうしましょう。

陽子 それじゃ、あとは鷺澤さんにお任せします。

鷺澤 任せてください。


 ふたり、どちらからともなく握手する。


鷺澤 …今日はいつもと雰囲気が違いますね。

陽子 ああ、あの子たちがいませんから。

鷺澤 でもこれが、この家の本当の姿なんですね。こんな広い家にあなたが一人で住んでいる。

陽子 ほんとの姿?

鷺澤 ずっと一人で寂しくはなりませんか。

陽子 まさか。あの子たちはにぎやかですし、人間より賢いくらいですから。

鷺澤 でも所詮、陽子さんの作った機械でしょう。

陽子 所詮って…

鷺澤 すみません。確かに、人間より人間らしいくらいですよ。ただ、生きているという感じはしない。この家からは人の気配がしないんです。

陽子 鷺澤さん、どうしたんですか。

鷺澤 …外には出ないんですか。

陽子 なぜ?

鷺澤 もったいないと思うからです。陽子さんみたいに有能な人が、東村山の片隅に埋もれているというのが。

陽子 東村山を馬鹿にしないでください。

鷺澤 すみません。でも、今日なんかもほら、いい天気ですよ。(窓に近づき、開けようとするが)嵌め殺しなんですかこれ。

陽子 そうです。

鷺澤 最後に外に出たのはいつですか。

陽子 忘れました。十年は経ってるかもしれません。

鷺澤 …こんなことを言うと馬鹿らしいですが、世界は綺麗ですよ。

陽子 だいぶ元気になりましたね、鷺澤さん。

鷺澤 確かに俺も前はそうは言えませんでしたよ。ですが、たとえ復讐なんていう外道なものでも、生きる目標があるってだけで、世界は俺に少し優しくなりました。…あなたのくれた目標ですよ。

陽子 あたしにはそうは思えません。

鷺澤 じゃああなたは、加賀見に復讐してどうしたいんですか。

陽子 あたしも、あいつに取られた婚約者を取り返したいんです。

鷺澤 …嘘だ。

陽子 嘘です。

鷺澤 やめてください。

陽子 あいつ、綺麗な顔してると思いません?

鷺澤 …まあ。

陽子 昔はそうでもなかったんです。いつからか、美貌の技術者なんて呼ばれて、どんどんそんなふうになってったみたいですけど。世界は綺麗です。あいつもいまではその一部です。

鷺澤 …

陽子 (笑って)それに、あたし、昔やった怪我のせいで、いつ倒れるか分からなくて。それで外出たくないんです。だから、気にしないでください。

鷺澤 …それは失礼しました。

陽子 あたし、あの子たちの手入れに戻ります。

鷺澤 そうですか。それじゃあ、俺はこれで。

陽子 後は頼みます。

鷺澤 もちろん。また。


 鷺澤、書類をまとめて出ていく。鷺澤を嵌め殺しの窓から見送る陽子。ぐったりしたように床に寝転がる。


7 壊れた回り舞台、あるいは過去の後遺症


暗くなる。音声。足音、叫び声、サイレン、制止するような声。ものがぶつかる音。小さく連続した爆発音。だんだん大きくなる。

誰かの叫び声。


活動家A 「気をつけろ!機動隊だ!」

活動家B 「あいつら、おれたちを殺る気か?!」

活動家C 「中川!伏せろ!」


 大きな爆発音。

 2Lvにコイネが現れる。気づいて起き上がる陽子。

 

陽子 …お母さん?

コイネ …

陽子 お母さん…。

コイネ …

陽子 そっか、あたしお母さんのところに来たんだ…

コイネ …

陽子 でも、これでよかったんだ。ずっと会いたかった…

コイネ …この、

陽子 ?

コイネ この、(叫ぼうとする)

陽子 やめて!


 陽子ふらふらと後ずさり、うずくまる。

 明るくなる。コイネは去り、瑞枝が現れる。


瑞枝 陽子ちゃん!?

陽子 瑞枝さん?

瑞枝 陽子ちゃん!よかった、よかった、よかった!…


 瑞枝、うずくまったままの陽子を抱き締める。


陽子 あたし…

瑞枝 ごめんなさいね、だけど、だけど、神様…本当によかった…ああ、今すぐお医者さん呼んでくるわ。

陽子 待って、瑞枝さん。

瑞枝 どうしたの?

陽子 あたし、どうなってたの?

瑞枝 ずーっと眠ってたのよ。頭に怪我してね。

陽子 そっか…どれくらい?

瑞枝 半年。

陽子 半年!?うっ

瑞枝 ああ、もう…

陽子 今、どうなってる?

瑞枝 どうなってるって?

陽子 反戦運動…

瑞枝 …半年ぶりに起きたのよ。少しは忘れたらどう?

陽子 幸俊は?!

瑞枝 え?

陽子 幸俊は無事?生きてる?

瑞枝 …無事よ。

陽子 ならよかった。

瑞枝 ええ…

陽子 あいつどこにいるの?あたしがいなくて調子狂ってないかな。

瑞枝 少し落ち着いてちょうだい。お医者さん呼んでくるわ。


 瑞枝、立ち上がり退場。

 入れ替わって、医師が入ってくる。陽子身を起こす。


医師 本当に幸運でした。これだけ明晰に意識が戻るとは。

陽子 はあ。

医師 あんたのその、はあ、だって、言えなくなってもおかしくなかったんですよ。

陽子 はあ。

医師 ただ、今回の検査結果をみるに、やはり脳に損傷があるようです。その、いくつかの症状はそのせいでしょう。

陽子 …治らないんですか。

医師 完治は難しいでしょう。

陽子 わかりました。ちょっと動けないくらい大丈夫です。あたしの脳みそで一番大事な部分はやられなかったみたいですから。

医師 これはお伝えしなくてはなりませんが。

陽子 はい。

医師 もっとも出ていると思われる症状は運動障害ではなく、社会的行動障害です。行動とか、感情の制御が、まあ、普通の基準から言うと、適切にできなくなっているようですな。…これでも軽いのですが。

陽子 社会的、行動、障害?

医師 ええ。

陽子 …そうですか。…わかりました。


 医師、退場。

 陽子、ぎこちなく立ち上がる。

 はずみ(曾根崎)が入ってくる。


はずみ 中川くん。

陽子 曾根崎さん。

はずみ …我々の力は及ばなかった。あなたにも、すまないと思います。

陽子 今は、地下に潜って活動を?

はずみ そうよ。だけど、どんどんやられてる。橋場、覚えてる?あいつも徴兵されたわ。

陽子 幸俊は?

はずみ …加賀見?

陽子 幸俊も徴兵されたんですか?誰も教えてくれなくて…

はずみ あなたは眠ってて幸せだったのかもしれないわ。

陽子 え?

はずみ あいつはね、軍の研究所に入ったのよ。自分からね。

陽子 …え?

はずみ 今は軍の手先になって兵器を作ってるわ。あの醜い裏切り者。

陽子 ……嘘だ。だって幸俊はあんなに…

はずみ 私だって、あなたにこんなことを言いたくなかった。でも、これ。(陽子、新聞記事を渡す)

陽子 (新聞記事を手に取って、眼を通す)…。

はずみ …兵隊にとられるのがどうしても怖かったそうよ。何でも、戦うのは怖くないけど、気違いになるのだけは絶対にいやだとかなんとかいって。

陽子 …!!

はずみ ねえ、あなたは裏切らないわね?

陽子 …

はずみ しっかりして、中川くん。あなたの心はまだ汚れていないでしょう?

陽子 あたし、…頭に障害が残ったんです。身体も動きにくくなりました。もう、力にはなれないと思います。

はずみ …そう。私たちはそれでもいつでも待ってる。戻ってくる気になったら、連絡を頂戴。


はずみも出ていく。


陽子 …戦争が終わる前に、病院を出ようと思いました。誰にも迷惑をかけないように、一人で生きようと思いました。でも、どう考えても、私は何も変わっていませんでした。きっと壊れていたのは…(少し笑う)もとからだったのです。


 陽子、ぎこちなく歩きながら退場。


8 やっとのインターバル、あるいはトイレ休憩


幸俊、はずみ、広瀬現れる。


はずみ やっぱり、昔からおばあちゃんは同じことしてたんですね。

幸俊 やっぱり?

はずみ 死体を刻んで、繋ぎ合わせて、中に機械を入れて動かすっていう。

幸俊 気づいてたのか。

はずみ 昔、可愛がってた猫が死んで、泣きに泣いて、そしたらおばあちゃんが、大丈夫だからって言って、…次の日になったら、猫はまた動いてました。怖かった。もう、あの子じゃなかった。姿だけはあの子のまま、何か別の、おばあちゃんの作った何かになっちゃってたんです。だから…

広瀬 だから。

はずみ おばあちゃんに言ったんです。こんなことするなんてひどい、頭がおかしいんだって。おばあちゃん、そのときは何も言わなかったけど、それから段々仲悪くなって。

広瀬 でも、あなたを育てたこの、からくり人形たちもそうだったんでしょう。

はずみ …気づいてから、もう、この家にいるのが怖くて…

幸俊 そりゃ皮肉なもんだ。まあ、いいだろう。先がある。

広瀬 ちょっといいか、手洗いに行かせてくれ。

はずみ あ、待ってください。この家のトイレ逃げるんです。まだ動いてればですけど。

広瀬 は?

はずみ つかまえるのにコツが要りますから、一緒に行きましょう。

 

広瀬とはずみ、退場。

 必要ならば、ここでトイレ休憩を取ってもよい。


9 レコード針の悲鳴、あるいは聞きたくないものを聞こうとしないこと


 からくり人形たちが入ってくる。(コイネも加わっている)


ケント おかしい!ありえないよ!

カーラ ありえてるのよ!

ケント 加賀見さんはそんなことする人じゃない!間違いだよ!

クロエ ニュース鳥。スピーカー、ケント。

ケント 「海軍当局は、海軍軍事研究所の兵器開発局主任研究員であった加賀見幸俊氏が、敵国と内通し兵器の設計に関する情報を漏洩していた疑いが強まったとして、逮捕状を請求した。捜査の後、軍事裁判が行われる見通し」

クロエ ほら。

ケント 俺に言わせるなよ!ニュースが間違ってるんだ、それか軍の奴らが…

キゼット ケントくん。あまりおばあちゃんの前でその話ししちゃだめよ。

ケント 待って、まさか…

カーラ だったらなんだっていうの?おばあちゃんに刃向かうつもり?


 ベルの音。鷺澤が2Lvに現れる。


キゼット あ。電話。

鷺澤 陽子さんは?

キゼット 今呼んで…


 陽子がふらふらと入ってくる。(受話器は壁に吊り下げられた糸電話)


陽子 鷺澤さん!

鷺澤 聞きましたか、ニュース。

陽子 ええ。

鷺澤 …これでよかったんですか。

陽子 まだ、なんとも。鷺澤さんは?

鷺澤 俺ですか。…俺にも、まだ、何とも言えませんね。

陽子 それじゃあ、また、落ち着いたら。

鷺澤 陽子さん。

陽子 え?

鷺澤 俺が思っていたより、加賀見幸俊は重罪になっています。まさか軍事法廷行きになるとは思っていなかった。

陽子 でも、敵国との密通でしょう?

鷺澤 軍部がここまで真に受けるとは思えなかったんです。俺には。

陽子 …。

鷺澤 俺には設計図のことはわかりませんから。あなたとあの男の設計図の違いに、どんな説得力があったかなんて分からない。だけど、最初からあなたはそのつもりだったんですね。

陽子 どういうことですか?

鷺澤 …またかけます。


 鷺澤、電話を切って退場。ぼうっとする陽子。


ケント おばあちゃん。加賀見さんのこと嵌めたのかよ?

陽子 嵌めたんじゃなくて嵌ったのよ。

ケント どういうことだよ。

陽子 ごめんね。あたしは新しい機械を作らなきゃいけないの。ちょっと、下らないことに関わりすぎた。戦争だのなんだのって。

キゼット おばあちゃん…

陽子 馬鹿みたい。あたしはここにいればよかったのに。

ケント じゃあ、どうして…

陽子 どうして、だろうね?


 ブザーの音。一同、怪訝そうに顔を見合わせる。

 カーラが壁のボタンを押す。誰も入ってこない。


カーラ 見てきますね。


 カーラ、静かに戻ってきて陽子を見る。陽子、血相を変える。


陽子 閉めて。

キゼット それって、

陽子 ドアを閉めて!


 カーラがボタンまで飛んでいく。幸俊の声。


幸俊 陽子?いるんだろ?

陽子 …

コイネ あれは、

陽子 (コイネを睨みつける)

幸俊 出てこいとは言わないよ。俺の顔見たくないならさ。だけど、ここで話させてくれないか?

陽子 …

幸俊 そこに一人でいるんだろ?

陽子 …、

幸俊 陽子。陽子!

陽子 音楽をかけて。

キゼット 音楽?

陽子 カーラ!

カーラ はい。


 カーラが壁の円板を回すと、ダンスホールで流れていたような甘い音楽が流れだす。


陽子 さあ。踊りましょう。

ケント 踊り?いま?

幸俊 (叫び声に近い)陽子!

陽子 踊るの。踊るのよ!


陽子、自分で円盤まで飛んでいき、音量を上げる。幸俊の声は全く聞こえなくなり、扉を叩いているらしい音もわずかに漏れ聞こえるだけである。からくり人形たちは完全に戸惑いながらもぎこちなく見よう見まねで踊り始める。陽子は音量を煽りながらそれを見つめている。

幸俊、2Lvに駆け上がる。


幸俊 陽子!

陽子 あたしは新しい機械を作らなきゃいけないの。新しい、箱の中の世界。箱の中の完璧な世界。この箱を手に入れたの。あたしの箱、あたしだけの箱。この中に完璧な世界を作るの、だいぶできてきた、だけどまだ足りない、まだ足りない!あんたにはわからないわ。あんたは内側を選んだの。ちっぽけな箱庭の内側の世界、でもね、ここから見たらあんたの方が外側なの。外側からなんか言ってたって、誰も耳を貸さないの、知ってるでしょ?ねえ、あんたがそこにいるだけで、今でも、この瞬間でも、あんたは私を馬鹿にしてるの、わかる?わかってるの?だからあたしもあんたを馬鹿にする。踊るの。もっと美しく。踊るの!


 幸俊は陽子と同じように何らかの独白を叫んでいるが何も聞こえない。人形たちに疲労の色が見え始める。突然ぶつりと切れる音楽。一同、ぴたりと止まる。


キゼット (止まったまま)…いつこの奇妙なダンスパーティが終わったのか、誰にもわかりませんでした。覚えているのは、音楽、足音、おばあちゃんの叫び声、そして、流れ込む窓の外の夜の闇…それだけでした。


 糸が切れるように、暗くなる。幸俊退場。


クロエ 次の日、加賀見さんは身柄を拘束されました。


 陽子を残し、全員退場。しばらく舞台上で呆然と立ち尽くす陽子。


10 ゼロックス・コピーの射程、あるいは失われたものは二度と戻らないということ


 薄暗い空間。鷺澤が現れる。


鷺澤 陽子さん。

陽子 鷺澤さん。…元婚約者さんから、連絡はありましたか。

鷺澤 …ありました。でも、そんなことはもうどうでもいいんです。

陽子 もうあたしたちの計画は終わりました、無事に。これ以上の接触は危ないと思います。

鷺澤 陽子さん。本当に、ここまでのことを、最初から。

陽子 ここまでのこと。

鷺澤 もう新聞でも見たでしょう。検死は俺がしました。

陽子 最近、うちの機械全部止めてしまってて。…

鷺澤 じゃあ、お見せします。車に乗せてきたんですよ。少し待っててくださいね。


 鷺澤は人の大きさの包みを舞台袖から引きずってきて、押し付けるように陽子に渡す。陽子は重さに耐えきれず、ほとんどそれを抱き締めるように受け取る。


鷺澤 …あなたがご自分のロボットを作るときに、散々扱ってきたものですよ。

陽子 なんであの子たちのことを。

鷺澤 これでも、軍医、ですからね。樹脂でできた人工の皮膚と、死んだ人間の皮膚の見分けぐらいはつきます。

陽子 …。

鷺澤 やっぱり知ってたんじゃないですか。じゃあ、欲しかったでしょう。煮るなり焼くなり、あとはお好きにすればいい。

陽子 …。

鷺澤 ねえ、どうしてあなたは、こいつをそこまで憎んでたんですか?俺でさえ、自殺に追い込もうとまでは思っていなかった。

陽子 …こいつは、殺したんです。

鷺澤 誰を。

陽子 あたしにとって、誰よりも大切だった親友を。殺して、成り変わったんです。

鷺澤 …

陽子 殺して、綺麗な人間に成り変わって、綺麗な世界の中で、人を騙しながら、人殺しの道具を作るようになったんです。あたしを見捨てて。それとも初めから、親友なんかじゃなかったんでしょうか。

鷺澤 俺はあなたを責めるつもりはないんですよ。たとえあなたが人殺しでも。だってあなたは俺を助けてくれたんですから。

陽子 助けてなんかいません。注文した死体が生きていただけです。

鷺澤 病院にまで連絡したんでしょう。外の世界が大嫌いなあなたが。どうせ死にかけだったんですから、そのまま殺せばよかったのに。

陽子 ちょっとした気まぐれです。

鷺澤 あなたは確かに、やさしい人です。たとえ人殺しだったとしても、マッドサイエンティストだったとしても。

陽子 …

鷺澤 だから、あなたが暗い思いを抱えてこのまま壊れ続けていくのを、俺は見ていられないんです。外に出ればいい。窓を割ればいい。憎しみはその死体にぶつけて、それで終わりにしましょう。復讐は終わったんです。あなたはその先の人生を生きなくちゃいけない。

陽子 …ありがとうございます、鷺澤さん。でも、あたしの人生はここにあるんです。この世界で、ここだけが、あたしのための場所なんです。

鷺澤 どうして。

陽子 ここがあたしの作った場所だから。鷺澤さん、あなたの復讐こそ終わったはずでしょ。あたしなら大丈夫です。楽しいことがいっぱい待ってますから。でもこれは、もらっておきます。きっと楽しいことに使えます。

鷺澤 …なんだか、あなたはそう言うような気がしていましたよ。

陽子 え。

鷺澤 半分くらいわかってて、来たんです。恩を返せないのだけが残念です。きっといつかその報いが来るでしょうね。俺にも、あなたにも。…さようなら。


 鷺澤、軽く頭を下げて退場する。

 陽子、床に横たえていた包みを解く。中には幸俊の死体。しばらく見つめる。


陽子 …自殺…


 陽子、突如きびきびと動き出す。道具の入った箱や小さな機械類、ピアノ線等を揃え、幸俊に覆いかぶさるようにして作業を始める(客席からは手元が見えないように)。時間が経過するように、明るくなったり、暗くなったり。。ついに頭を縫い綴じ、作業は完了する。

 陽子、幸俊を仰向けに寝かせ、首筋のスイッチを押す。

幸俊起き上がる。陽子を見つけ、しばらく見つめる。


幸俊 おはよう、陽子。

陽子 …


 幸俊立ち上がり、陽子に近づき、その肩に触れる。陽子は突如絶叫し、幸俊を突き飛ばす。倒れた幸俊にのしかかるようにして首筋のスイッチを切る。そのまま幸俊の上に重なるように倒れ、再び悲鳴を上げようとするが、叫びにもならず泣き崩れる。メスを探し、手に握り、手首に衝動的に当てようとする。が、ふと顔を上げる。


陽子 そうか、…あやまちは、二度と繰り返しませんから…


 暗転。


11 タイムラプスカメラ、二重露光、あるいはいわゆる走馬灯


明るくなると、陽子と幸俊はいなくなっている。

パフォーマンス。からくり人形たちが、部屋を奇妙な、色とりどりの機械で飾り付けていく。舞台は一部の隙もなく、さまざまな部品で埋め尽くされる。そのさらに隙間を埋めるように、からくり人形たちは壁や床にもたれかかり、ストップ。

音楽と共に、美しいというにはやや狂気を感じるほど色と物のあふれた舞台がしばらく展観される。

駆け込んでくるはずみ。まだ幼い。


はずみ ただいまー。だれかいないの?


 ケントが立ち上がる。


ケント お、はずみ、お帰り。

はずみ あれ、ケントだけ?

ケント カーラとクロエもいるよ。でも今は作業中。もうすぐキゼットが帰ってくるはずだから、そしたらおやつにしよう。

はずみ おばあちゃんは?

ケント  おばあちゃんは今日も一日、自分の部屋。


 キゼット、玄関から立ち上がる。


キゼット あら、はずみちゃん、お帰りなさい。駅前のパン屋さんでコロネ買ってきたのよ。

はずみ すぐ食べよう。みんなの分ある?

キゼット ちゃんと六人分。

はずみ …おばあちゃん、コロネいらないかなあ。

ケント いらねえんじゃないかなあ。


 カーラ、クロエも立ち上がる。


カーラ あらはずみちゃん、お帰りなさい。

クロエ コイネは買い出しに行ってるけど。

キゼット それは冷蔵庫に入れておきましょう。はずみちゃん、カスタードとチョコだったらどっちがいい?

ケント はずみが一番先かよ!

クロエ だだこねない。

はずみ カスタードがいい。

ケント 俺も。

キゼット はいはい。


 袋を抱えて、コイネが静かに立ち上がる。


はずみ ねえ、おばあちゃんの部屋行ったらだめかなあ?

カーラ おばあちゃん、コロネはいらないと思うわ。最近甘いもの嫌いだから。

はずみ うーん、そうじゃなくてさあ。もうすぐ、終戦から、十年なんだって。

キゼット …そうね。

はずみ だから、学校で、おうちの人に戦争の時のことを聞きましょうって。

ケント 俺たちだっていくらでも話してやるよ。

はずみ あれ、ケントたちも生きてたの?

ケント 何言ってんだよ、おまえが生まれたときからいただろ、俺たち。

はずみ え、じゃあ教えて!

カーラ はずみちゃん。

はずみ なに?

カーラ おばあちゃんには戦争のことを話しちゃだめ。

はずみ …どうして?

カーラ おばあちゃんは戦争で辛い思いをしたのよ。

はずみ 勝ったのに?

カーラ 勝っても負けても、戦争で人は死ぬの。

はずみ …

カーラ だからおばあちゃんは多摩自衛軍の言うことも聞かないのよ。戦争も軍隊も、おばあちゃんは嫌いだから。おうちの人に戦争の時のことを聞きましょうなんて、きっと自衛軍の人が学校に来て言ったんでしょう?馬鹿らしい。そんな宿題、しなくていいわ。

キゼット カーラさん。…はずみちゃん困っちゃうでしょ。

カーラ …ごめんなさい。…お腹すいてないから、コロネ、冷蔵庫にでも入れておいて。


 カーラ、早足で退場。


はずみ なんか怒っちゃった…

キゼット あなたにじゃないから。安心しなさい。

クロエ …おばあちゃんの考えていること。私たちには、分からないんだ。

はずみ え?

クロエ おばあちゃんは戦争嫌い、だけど。どうしてなのかは、わからない。

はずみ 人が死ぬから?

コイネ んなことないって。

キゼット いつ帰ってきてたの。

コイネ さっき。ねえはずみ、おばあちゃんはミサイル作ってたんだよ。

はずみ え?

ケント やめろよ。

コイネ なんでさ、戦争の時のこと話してあげてるんじゃん。軍の一番頭のいい技術者が作ったのよりも、さらにいいミサイルだった。効果は抜群だったよ。

キゼット コイネ。

コイネ 勝っても負けても戦争で人は死ぬって、その通りだけどさ。おばあちゃんは、大事な人を殺されたんじゃない。殺したほうなんだよ。

キゼット いい加減にして!

コイネ 別におばあちゃんを責めてなんかいない。…ただ、みんなあの人のことがわからない。そうでしょう?

はずみ でもさ、

キゼット どうしたの。

はずみ 戦争中だったんだから、仕方ないと思うけどな。ごちそうさま。

キゼット 食べ終わったの。

はずみ うん。ねえ、そのこと宿題に書いてもいい?

ケント もう少し、当たり障りのないやつにしよう。なんか話してやるよ。


 ケントとはずみは退場。


コイネ あの人は、寂しい人だったよ。

クロエ あの人?

コイネ 今になればわかる。あの人も、おばあちゃんのことがわからなくなっちゃったんだ。怖かったんだ、きっと。

クロエ おばあちゃんが?

コイネ そう。可哀想。

キゼット もう、やめましょう。…せめて、あの子が無事に育つまでは。

コイネ (笑って)そんなに長い間?

キゼット そう長い間でもないわ、きっと…

 

  キゼットとクロエは自然に退場。コイネはぼんやりとその場に残っている。薄く笑っている。

  2Lvに陽子。1Lvにはずみ。


陽子 お母さん。どこに行くの?


 コイネ、陽子を見上げる。


はずみ おばあちゃん、どこにいるの?

陽子 あたし?あたしは空き地で遊んでた。工場の近くの。

はずみ おばあちゃん、何してるの?

陽子 機械がいっぱい捨ててあるの。あたし、機械見てるの、面白くて好き。

はずみ 何が面白いの?おばあちゃん。

陽子 いろんな小さい部品が組み合わさって、動いてるんだな、って、分かる。あのね、ラジオ。あたし直したんだよ。捨ててあったやつ。ね、お母さん、すごいでしょ。

はずみ 何が?

陽子 …ごめんなさい。

はずみ 他にやることないの?

陽子 …ごめんなさい。でもね、友達出来たんだよ。加賀見幸俊。工場の子。あたしと遊んでくれたの。好きなんだって。機械。あたしと一緒。もう一人で遊んでる子じゃないから。大丈夫だから、ねえ、お母さん。

はずみ あたしにはわかんないな。

陽子 …だけど、あたし、他の女の子と遊べない。お人形遊びもおままごとも面白くないの。あの子たちだってあたしのこと仲間に入れてくれない。幸俊は、加賀見幸俊は…

はずみ それはおばあちゃんが部屋から出ないからでしょー。

陽子 いっぱい頑張ったよ、話しかけてみたけど、でも…

はずみ ねえ、どうして部屋から出てこないの?

陽子 …

コイネ・はずみ ねえ、どうして?

陽子 あたし…

コイネ あんたはどうしてそんな子供なの?

陽子 …ごめんなさい。

コイネ あたしにちっとも似ていない。醜い。あんたの父親、大体見当がつくわ。気持ち悪い男だった。

陽子 …。

はずみ ねえ、おばあちゃん、生きてる?

陽子 …

はずみ 中学校の入学式行ってくるよ。帰ってきたら制服見せるね。

陽子 …

はずみ おばあちゃん、たまには外でないと健康によくないと思うよー。

陽子 …お母さん、たまには休まないと健康によくないよ。

コイネ ふざけたこと言わないで、誰のせいで休めないと思ってるの。

陽子 ごめんなさい。

コイネ あんたが可愛くて育ててんじゃないのよ。…あの人の子じゃないって分かってたら、おろしてた。

陽子 …

コイネ ぼーっとしてないでなんか役に立つことしなさいよ!

はずみ おばあちゃーん、なんか役に立つもの、できたの?

陽子 わかんないの。何が役に立つのか。役に立つって何なのか。ねえ、お母さん。

コイネ あんたは気持ち悪い上に馬鹿なの?

陽子 …ごめんなさい。

はずみ おばあちゃん。…おばあちゃんの話、少しだけ、聞いたよ。コイネに。

コイネ お母さん、お母さんって言わないで、鬱陶しい。

はずみ ねえ、どうして忘れられないの、その人のこと。忘れちゃえばいいんだよ。

陽子 …だって、たった一人の家族なんだもの…


 コイネ、倒れる。


陽子 …お母さん。

はずみ おばあちゃん。ね、ミケが。

コイネ …もう死ぬわよ。

はずみ  そんなの嫌だ。

コイネ …別にあんたは心配しなくてもいい。瑞枝って、あの地味な、おとなしい子。あの子があんたの面倒見てくれるって。…変な子。

陽子 嫌。

コイネ 偉そうなこと言うんじゃない…!どこまでもお前…

陽子 ねえ、お母さんの生きられる方法考えたの。今のあたしにはできないけど、でも、人間の体だって、いろんな部品が集まってできてる。お母さんは肺がだめになっただけでしょ?だからあたしがいつか、機械の肺を作って、お母さんにあげればいいんだ。肺だけじゃない。内臓も、手足も、目とか、歯とかだって作れるようになるよ、だからそれまで、

コイネ (本気で恐怖したように)この、気違い!!

陽子 …。………、


 コイネ、動かなくなる。


はずみ おばあちゃん、あたし大学受かったよ。

陽子 …

はずみ 奨学金ももらえそうなんだ。…この家、出る。

陽子 …そう。

はずみ あたしさ、この家…

陽子 何?

はずみ …やっぱりいいや。連絡先はみんなに伝えてあるからね。

陽子 …たまには帰っておいでよ。


 はずみ、退場。

 コイネ、起き上がる。


コイネ おばあちゃん、結局、最後まで言わなかったんだね。

陽子 何を?

コイネ おばあちゃんのクローンだって。

陽子 知らなくていいのよ。あの子はここを出ていった。これからまともに生きていくんだ。

コイネ おばあちゃんの代わりに?

陽子 …。


 コイネ、しばらく陽子を見ているが、そのまま退場。


12 


 幸俊、陽子の傍に現れる。


幸俊 陽子。

陽子 …

幸俊 君が作ったんだろ、たまには電源くらい入れろよ。

陽子 幸俊はあたしにそんな風に話さない。

幸俊 俺だってずっと地下室じゃ寂しいんだよ。

陽子 幸俊はあたしにそんなこと言わない。

幸俊 いろいろ試したけど、なんだあれ、陽子、相当すごいシステムで鍵かけてるんだな。全然外に出られない。

陽子 あんたはあたしにそんな風に話さない!!地下室で死んでろ!!

幸俊 そうだね。本当の俺なら、君のシステムくらい破れるだろうな。

陽子 …あんたは、ただの記憶装置だ。

幸俊 そうか。

陽子 あいつの記憶を抱えて、永遠に眠っていればいい。

幸俊 それと、君の記憶もか。

陽子 …

幸俊 俺に抱えさせたところで、それは君から消えないよ。


 幸俊、退場。


13 地下の天国、または地上の地獄


 カーラに案内され、若者が入ってくる。カーラは退場。


若者 取材のご承諾をいただき、ありがとうございます。

陽子 …いや、私の孫も今大学生ですから。他人事に思えなくてね。

若者 お孫さんがいらっしゃるんですね。

陽子 もう遠くへ行ってしまいましたけれどね。

若者 そして、今回の論文の梗概なのですが、なんといいますか、このような…(紙を渡す)

陽子 …戦争中の、政府による不当な処刑について。

若者 はい。戦争から二十年経ってやっと、政府の側について批判的な研究ができるようになってきました。次の修士論文では、いくつかの事例をもとに当時の政府の政治犯への非人道的な扱いについて統括したいと思っています。

陽子 はあ。

若者 それで、お手紙でも申しましたが、私がお聞きしたいのは…

陽子 加賀見幸俊について、ですか。

若者 はい。私が入手した資料の中に、中川さんのお名前がありましたので。

陽子 …そうですか。それで、何を?

若者 まず…加賀見さんとは、失礼ながら、どういったご関係だったんですか。

陽子 は?

若者 いえ、その…資料の方でいくつか気になる点がありまして。中川さんは軍の関係のお仕事を?

陽子 違いますが…

若者 そうですか。では加賀見さんの仕事のサポートなどをなさったりは…

陽子 するわけないでしょう。

若者 (手元のファイルをさがし、手紙を取り出す)…こちらのお手紙についてはご存知でしょうか。

陽子 ちょっと待って。…それ、…

若者 …ご存知ですか。

陽子 あいつの字。


 若者、手紙を差し出す。陽子は一瞬の躊躇の後手に取る。目を通すが、焦燥を隠しきれない。


若者 お読みになったことは。

陽子 ありません…

若者 ご遺族から譲り受けました。ご遺族はあなたのことを知らないと仰っていました。…どういう人物か調べてくれると嬉しいとも。

陽子 …あいつとは、子供の頃からの知り合いでした。あいつが兵器の研究者になるのを私は許せなくて、袂を分かちました。…それだけです。

若者 その手紙は、どういったことを言っているのでしょうか。

陽子 私にも分からない。もう覚えてもいません。確か自殺したのよね?死ぬ前に書いたの?

若者 おそらくそれより前、逮捕拘留の直前でしょう。…彼の死は不審な点が多いのです。遺体が秘密裏に処分され、ご遺族の元に戻りませんでした。自殺する原因となったソビエト連邦との内通というのも証拠がほとんどなく、複雑な研究所内での政治関係がもととなった濡れ衣のようです。自殺というのも本当かどうか、いまでは確かめようもありません。…私が伺いたいのは…

陽子 ごめんなさい。…何も覚えていないの。

若者 この頃、加賀見さんとやりとりは…

陽子 なかったわ。ずっと縁が切れてたの。ずっと。あいつのことなんて今日まで忘れてた。この意味も全く分からない。きっと他の人に出すつもりで、混乱して私の名前を書いたのよ。ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに。

若者 …いえ、こちらこそ不躾に申し訳ありません。ですがもし、思い出したことなどありましたら、またお聞かせ願えれば…。

陽子 ええ、ええ、思い出したらね…ねえ、これ…

若者 ああ、原本はあるんです。差し上げます。

陽子 ありがとう。


若者、出ていく。

陽子、ふらついてうめき声を上げる。


カーラ (駆け込んできて)おばあちゃん?おばあちゃん!


 からくり人形たち、続々と駆け込んでくる。


陽子 大丈夫…大丈夫…


からくり人形たち、陽子を寝かせて、手当。2Lvに幸俊が現れる。

陽子、ほとんど譫言のようにかつての言葉をつぶやき出す。以下、二人の声は重なる。


陽子 ★あたしは新しい機械を作らなきゃいけないの。もっと新しいもっと美しい箱の中の世界。箱の中の完璧な世界。この箱はずっとあたしのもの、あたしの箱、あたしだけの箱。この中に完璧な世界を作るの、だいぶできてきた、やっとよくなってきた、だけどまだ足りないまだ足りないまだ足りない!あんたにはわからない、ずっとわからない、わかってたまるものか、外側の世界が、生まれたときから永遠に外側の世界にいるってことが、何もない、誰もいない、醜い、荒れ果てた、冷たい、暗い、だから、この中は、この中だけは、決して、決して、決して…


幸俊 ★逮捕状が出たのを帰ってきてラジオで知った。もうすぐ軍の奴らが来る。逃げないよ。いつかこうなると思ってたから。これができるだけ早く届くといい。声なら耳に入らなくても、文字ならきっと目に入る。

 俺は陽子が憎らしかったんだ、ずっと。陽子は狂うと云うことを全然怖がってなかった。箱の外側に、世界の外側に、本当に行こうとしてた。だから俺に作れないものが作れる。気づいたんだ、俺は内側にいるために戦っていたんだと。それを知ったら、陽子も俺を憎むと思った。本当にそうなった。

 陽子が考えたんだろう。見せられたんだよ。あんなに完璧なもの、陽子以外の誰にも作れない。だけど一つだけ、あれは少し繊細すぎる。外部からの衝撃には強くても、部品が一つ壊れると内部から駄目になる。…いくつか直しておいた。

 あれからずっと考えてたんだ。俺たちはやっぱり同じだよ。俺も陽子も内側だ。外側なんてない。ないんだよ。俺たちはちっぽけな箱にいるわけじゃない。大きな、外側の無い、宇宙に包み込まれているだけだ。東村山でもいい。俺は家の外にいて、陽子は家から出てこない。だけど俺たちは二人とも東村山の中だ。

 陽子、この世界は綺麗だよ。そして陽子もその一部だ。あのミサイルがどれだけ完璧に美しくても、この世界と同じだけ美しく作るのは不可能だ、でも、陽子、たとえお前が自分で作れなかった世界の美しさに絶望しても、その一部のお前が一番美しい朝はきっとやってくる。俺は何度も美しい朝を見た。陽子が見せてくれた世界の輝きの中で。

 大丈夫だ、お前に俺は殺させない。俺を忘れるな。死ぬまで俺を憎みながら、幸せに生きろ、陽子。どうか元気で。さよなら。


陽子 中川、陽子様へ、加賀見、幸俊…

 

 2lvの幸俊の傍に若者が現れる。幸俊に触れると彼は動かなくなる。


若者 余談ではあるが、加賀見の不審な死後に導入された新型ミサイルは、皮肉にも加賀見の最後の指摘による改善で非常に安定した動作を手に入れた。最初の投入から三年の間に、このミサイルが奪った命は七十万近くに上ると見積もられている。しかしながら、核兵器の開発により、新型ミサイルの覇権は長くは続かなかった。

ケント いつかこうなると思ってた。

クロエ こうなる?

ケント 復讐に来るって。

カーラ 今さら復讐なんて馬鹿馬鹿しすぎるのよ。あの戦争が終わってから、おばあちゃんがどんな思いで生きてきたかこれっぽっちも知らないで。大人しく死んでいればいいんだわ。

キゼット おばあちゃん…


 陽子むくりと起き上がる。


陽子 …それなら、宇宙の果てに行かなくちゃ。

キゼット は?

ケント おばあちゃん?

陽子 ああ、あんたたち。もうお仕事はおしまいよ。お疲れ様。

クロエ おばあちゃん?

陽子 さあ、あとは店仕舞い!あの男が認めたものは、何もかもさよならよ!

カーラ ちょっと、落ち着いて、おばあちゃん。

陽子 おしまいだって言ってるでしょ!


陽子、カーラにとびかかり、首のスイッチを切る。カーラは突然ぐたっと倒れる。それを見て他のからくり人形たちも凍りつく。


陽子 何、店仕舞いはいや?じゃあ、最後に派手にやる?

人形たち ……。

陽子 そうか。そうか、それならいい!それじゃあ、殺しあえ!あたしが動かしてやった死体ども、夢はおしまい、死体に戻るときよ!

人形たち ……。

陽子 もう何の、何の意味もないの!殺しあえって言ってるでしょ!早く!


 陽子はカーラのスイッチを入れる。カーラは無表情のまま起き上がり、近くにいたクロエに襲い掛かる。咄嗟にクロエも防戦し、ケントとキゼットも加勢する。コイネが飛び出してきてカーラに味方し、三対二の取っ組み合いが始まるが、やがてそれらは互い互いの争いへと転化していく。てんでに武器を取り出し、殴り合う(ゆっくりと、パフォーマンス)

陽子一人はその中央で、床に図面を引き始める。図面を引きながらの呟きは、いつしか叫びへと移り変わる。


陽子 あたしがあんたを殺した。この図面であんたを殺した。あたしの図面はあんたを殺した。それがあたしの、何よりの誇りだった。なのに、死んでいくあんたが、お前が、壊れたあたしさえもこの世界の一部だと、美しいと呼ぶなら、あたしはもう、何も作れない。手を伸ばすな。触るな。壊れたものを許そうとするな。絶望だけを残したお前が、絶望さえも奪おうとするな。あたしの手に入らなかったものを、あたしが本当に欲しかったものを教えるな。鯖を飛ばし、人を騙し、いのちを嘲笑う。それがあたしだ、それだけがあたしだ。人殺し、人殺し、そうだ、人殺し……!

 ミサイルの技術は忘れちゃいない。忘れるものか。二十年間、何を作っても、ミサイルの設計だけは忘れなかった。お前の設計なんか超えてやる。そうだ、あたしのミサイルも弱かった。お前の指摘がなければ完璧じゃなかった。だから作り直す。何度も何度も作り直して、何度も何度もお前を超えてきた。いまではほら、あたしのミサイルは大気圏だって超えられる。そうだ、これがあたしの答えだ、幸俊、見ていろ!あんたがこの世界を美しいと呼ぶのなら、天国なんか突き抜けて、あたしは、お前から、影も形も見えないところに行ってやる!


 爆音。からくり人形たちは一斉に倒れる。しばらく爆音だけが響き、誰も動かない舞台。陽子はゆっくりと立ち上がり、振り向く。陽子は2Lvへの階段を上がっていく。上りつめたところで立ち止まり、廃墟となった自分の家を見る。


陽子 あ、鯖――


 爆音に重なるすさまじい轟音、即ちミサイルの発射音。暗転。



14 直されたラジオ、そして懐かしい曲のリクエスト


 明かりがつくと、開幕時と同じ状況。2Lvに幸俊が腰掛けてぶらぶらしているところだけが異なる。広瀬とはずみが立ち尽くしている。


はずみ それじゃあ、大気圏って言うのは本当に。

幸俊 俺が嘘なんてついても仕方ないだろ。

広瀬 まさか…宇宙ミサイル技術まで持っていたとは……

幸俊 多摩自衛軍とはだいぶバチバチしたんだろ?それでもそんな評価ってことは、見くびられたもんだね。

広瀬 我々の想定にも限度はある。

幸俊 まあ、以上が俺のお話だ。君のことも、全部本当のことだ。

はずみ まあ、薄々感じてはいたんです。子供の頃の記憶の中にあるおばあちゃんに、ひろわれっ子の私がどんどん似ていくの。…あたしも死体だったらどうしようかと思ったけど。

幸俊 そうかい。

広瀬 ……我々は一度基地へ戻るが、君にも同行願えるか。

幸俊 そうしたら俺はどうなるんだい?

広瀬 そもそもお前はどうして動いてるんだ?

幸俊 簡単さ。陽子が出してくれたんだ。出かける前に。

はずみ え、出してから爆風喰らわせたんですか?嫌がらせじゃないですか。

幸俊 陽子は言ってたよ。自分はいなくなる。だからここから先、お前が抱えていくのは、もういないお前の記憶と、これからのお前の記憶だけだ、って。

はずみ ……

幸俊 広瀬…少尉だっけ。

広瀬 中尉だ。

幸俊 ご同行しよう。ただ、壊さないでくれよ。二十年前のものとは言え、俺には高度な設計技術のノウハウがインプットされてる。もちろん再学習だって可能だ。あのミサイルの改良者の、俺の頭脳を壊す損失はわかるよな?

広瀬 私の一存では決めかねる。ただ、私は可能な限りそのように取り計らうと約束しよう。

幸俊 (しばらく広瀬を見つめるが)ま、そんなとこかね。あんたみたいな中尉じゃそれで上々だ。

はずみ 待って。

幸俊 なんだい?

はずみ 鯖は?鯖は結局、どこから来たんですか?

幸俊 それは俺にもわからない。

はずみ え。

幸俊 でも、俺はうれしいな。陽子も死ぬまで覚えててくれたんだから。鯖が走って、俺たちが勝つ、結局俺と陽子が求めたのは、それだけのことだったのさ。

はずみ おばあちゃんと、あなたが。

幸俊 いや、本当はそれでもない。俺たちが求めたのは、ただ……。ねえ、陽子。

はずみ はずみです。

幸俊 やっと俺たちは仲直りできるんじゃないかな?今では二人そろって、陽子の作品なんだから。

はずみ え?

幸俊 ねえ、中尉さん。

広瀬 私に言われても。

幸俊 ここを去る前に、一つだけ頼みがあるんだ。少し待ってくれ。


 幸俊、廃墟の中から一台のラジオを見つけ出す。地面に置いてアンテナを立てると、ダンスホールで流れていたようなあの甘い音楽が流れだす。


はずみ 待って、それどうやって鳴ってるんですか。

幸俊 俺と陽子で直したラジオだ。忘れたのか。

はずみ でもそれラジカセじゃないじゃないですか。

幸俊 せめてものこの箱の思い出だ。一曲、踊って行こう。君の夢だっただろ。

はずみ 夢じゃないですし、あたし踊れませんけど。

幸俊 お母さんの真似をすればいい。

はずみ お母さんって……

幸俊 大丈夫。すぐに思い出すよ。もう何も忘れなくていい。


 幸俊ははずみの手を取って踊り出す。はずみは全く踊れていないが、やがてダンスホールの情景をなぞるように、なめらかに踊り出す。倒れていたからくり人形も立ち上がり、広瀬も共に、皆で踊り出す。箱の中の美しい情景。

 2Lvに陽子が一人現れる。その情景を見つめ、膝をつき、愛おしそうに手を伸ばすが、2Lv から1Lvに、その手は決して届くことがない。照明は陽子にのみ絞られていく。それでも手を伸ばし続ける陽子の姿も、やがて宇宙の果ての闇の中へと消えて行く。甘い音楽が流れ続ける中、溶暗。


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